第31章 逆さまワガママ⑤

 第1回の配信は「ハンバーグ」と難易度が高く、私のあまりの出来なさにスタッフが反省したのか、第2回は「目玉焼き」づくりとなった。……まぁここでも失敗したわけだが、再生数と評判はかなり良かった。さらに配信の最後に博多で売るはずだったイベントグッズを宣伝することで、通販の売れ行きも上々だった。

 そしてリスナーの反応が届いたラジオの放送が始まった。


***

奏絵「始まりました」

稀莉「佐久間稀莉と」

奏絵「吉岡奏絵がお送りする……」

奏絵・稀莉「これっきりラジオ~」


奏絵「皆さん見てくれましたか~?」

稀莉「もちろん見たわよね。見てない人はこのラジオを聞いたらすぐに見ること!」

奏絵「そうです、私たちの料理する姿が動画で特別配信しているんです!」

稀莉「思った以上に、再生されているらしいわ」

奏絵「高評価も多くて嬉しいね」

稀莉「低評価を押した人はリスナーではないよわよね?」

奏絵「脅さない、脅さない。料理配信をみたリスナーさんからおたよりがたくさんきていますので、早速読んでいきますよ」

稀莉「時空の歪みがあるから、1,2回の感想がきているけど、放送されているころは4回まで終わっているわね」

奏絵「皆は配信分を見終わっているわけかー。3、4回目は上手くできているかな?」

稀莉「……ちゃんと1、2回の動画を見返してから発言しなさい」

奏絵「え、そんなまずかった?」


稀莉「それはおたよりを読めばわかるわ。ラジオネーム『まん丸さん』から。『稀莉ちゃん、よしおかんさん、こんにちはー。料理配信見ました!イベントがなくなり、ガッカリしていた気持ちを吹き飛ばすほど爆笑しました。ただ料理をつくるだけ。なのに、こんなに面白い。天才か。特に、狙ってやっていないよしおかんの料理スキルに天性の笑いの才能を感じます。料理ができなすぎて、包丁のまな板を叩く音だけそれっぽくするよしおかんには爆笑しました。5回といわず、ずっと続けて欲しいです』」


奏絵「う」

稀莉「野菜を切るのが駄目だからって、音だけでもできる風を装っていたのにはドン引きだったわよ」

奏絵「普段の音声ラジオなら完全に騙せたけど、動画配信だったのが負けだった」

稀莉「いやいやいや。嘘は良くない!カメラがバッチリ映していてよかったわ」

奏絵「カメラマンめ、ばっちり抜きやがって……。そこの画像をキャプチャしてSNSに貼るんじゃないぞ!」

稀莉「それにしてもテロップもTV番組風にこだわっていたわね」

奏絵「スタッフがかなり乗り気で編集頑張ったそうです。ありがたいけど、余すことなく伝える必要ないからね!?適度にカットしていいんだよ?」

稀莉「他にもおたよりがたくさん来ているから読むわよ」


奏絵「了解。ラジオネーム『お魚サンプル』さんから。『稀莉殿、吉岡殿、料理配信拝見しました。吉岡殿の料理の下手さに、二人の仲に亀裂が入るのではと不安でしたが、稀莉殿が必死にフォローする姿に、ありだな…!と思いました。できた料理の食べさせ合いも最高でした。本当に同棲しているかのような、きゃっきゃ、うふふなやり取りが楽しく、永遠に配信してほしいです。ディスクも販売してください。お願いします、スタッフさん!期間限定の配信じゃ勿体なさすぎる出来です、ぜひご検討ください』」


稀莉「いや、当初は仲の良さアピールの企画だったのかもしれないけど、実際は過酷なんだけど」

奏絵「え、食べさせ合いとか好評みたいだよ?」

稀莉「味が薄かった」

奏絵「そんな味噌汁みたいな評価を!」

稀莉「それに何なの?焼いている間暇だからって、歌い出すのは何?」

奏絵「歌を聞かせて、気持ちを入れようかなっと。料理は愛情らしいし、気持ちを注入したら美味しくなるかなって。ほら、萌え萌え」

稀莉「きゅーん☆ってするか!」

奏絵「してるじゃん!大丈夫、距離はとって、唾は飛ばないようにしたから!」

稀莉「そういう問題じゃない!」

奏絵「でも稀莉ちゃん、器用だよね。料理経験そんなないはずだけど、無難にできちゃったよね」

稀莉「レシピ通りやればいいだけじゃない」

奏絵「天才かっ」

稀莉「普通のことで褒められたくない」

奏絵「いいなー、稀莉ちゃんはいいお嫁さんになれるね~」

稀莉「よしおかんは来年30だったわね」

奏絵「年齢非公表!」

稀莉「嘘つけ、wikiに生年月日ちゃんとのっているわよ!」

奏絵「情報社会怖い。いいんだ、料理できなくても。電子レンジで全部できるんだから」

稀莉「文明の利器から脱しなさい。練習すればできるわよ」

奏絵「さてさて、3,4回目の配信、5回目の生放送がどうなっているか見物だね」

稀莉「どの口がいうの!?」

***


 私の目論見通り以上に、好評だ。

 私の料理スキルがマズイってことは露呈してしまったけど、順調なものは順調だ。

 同棲の条件を達成するために、番組を利用して私の料理スキルを向上させる。それにイベントの代わりに稀莉ちゃんの気持ちもリフレッシュさせることができている。


 わけではない。

 舞台は整った。

 

 オレンジ色に空が染まる中、私は街を歩く。

 着いたのは、私の所属する事務所だ。

 扉を開くと、私のマネージャーである片山君が私に気づき、話しかけてきた。


「吉岡さん、お疲れ様っすー。配信番組みたっすよ」

「こんにちは、うーん事務所には見られなくないですね」

「めっちゃ爆笑したっす。料理であそこまで爆笑させるなんて天才ですか」

「褒められているような、貶されているような」

「褒めているっすよ!3回の放送のホットケーキひっくり返しの失敗は芸術でした」

「……ありがとう?」


 よく見られている。私の想像以上に動画は再生され、ラジオへの、私への注目度は高まっている。事務所が注目するのは当然だ。今後、この事務所でもこういった配信がもっと増えていくかもしれない。


「で、今日は事務所に何の用事っすか?台本でも取りにきたんすか」

「うーん……、そんなところです」


 違うが、今はそういうことにしておく。会話が終わり、私は何度か訪れた場所に向かおうとした。

 けど、やっぱり一言でも言っておくべきだと思った。


「片山君、ありがとうね」

「へ?」


 マネージャーの「どうしたんすか?」と驚いた顔を忘れられない。でも、それでも私は止まらないと決めたから。


 扉をノックする。

 事前に話がしたいと連絡はしていた。

 何度か訪れた場所。

 あの日、新作の空音が稀莉ちゃんであると伝えられた。

 あの日、私が主役でない、新作の『空飛びの少女』のゲストオファー、最終話上映イベントでの歌唱を依頼された。


 でも、今日は違う。

 突き出すのは私だ。


 扉の先には、ニコニコと笑顔な事務所の社長と、ビシッとした表情の秘書さんがいた。

 

「どうしたんだい、吉岡さん。最近は配信も順調だね。それに次のアルバムもそろそろ出来るんですよね。ライブでお客さんがまた熱狂するのを見られると思うと、嬉しいな~」


 ズレ。

 いや、当然だ。私が今からすることを予知できるわけがない。


「社長、こちらを受け取ってください」

「え、これは」


 私が出したのは白い紙。


「辞表です」


 社長、隣の秘書さんまでも表情が一変した。

 辞表、退職願、退職届。呼び方は何だっていい。

 私はこの事務所を辞める。

 事務所に不満が……ないこともないが、これは私の都合だ。

 そう、


「これは私の覚悟です」


 私のけじめだ。

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