第31章 逆さまワガママ④

***

奏絵「はじまりました、これっきりラジオ、特別配信」

稀莉「ドキドキ同棲!?スペシャル、ちゃんと料理できるかな?」


奏絵「このスペシャル配信では、二人が同棲しているかのように仲良く、お料理しちゃう企画となっています」

稀莉「楽しくやれるのかしら……」

奏絵「稀莉ちゃん、何で不安そうなの?」

稀莉「だって、吉岡さんが1番苦手なことは料理ですよね?」

奏絵「よそよそしい!そうだよ、そうだけどこの5回で一気に上達するんだよ!」

稀莉「私は5回も持ちこたえられるんでしょうか」

奏絵「仲良く!同棲しているかのように!楽しく!やるんだよ!まだ1回目なのに暗すぎる!」

稀莉「死なないように頑張ろー☆」

奏絵「そんな企画じゃないから!」


奏絵「さてさて、第1回目は何をつくるんでしょー」

稀莉「こちらです!」


稀莉「ハンバーグ!」


奏絵「……無理じゃない?」

稀莉「無理じゃないでしょ?」

奏絵「1回目からハードル高すぎるよ。まずはお米を炊きましょうとかさ」

稀莉「難易度低すぎる!」

奏絵「そうか、レンジでチンしたらできるんだね!」

稀莉「そんな魔法ありません!では、さっそく始めていくわ」


稀莉「ちゃんとレシピあるから見るわよ。まずは玉ねぎをみじん切り」

奏絵「なるほどね、みじん切りね」

稀莉「本当にわかっているの?」

奏絵「任せてって。玉ねぎを置いて、上から包丁で」

稀莉「待って、皮もむかずに、しかも玉ねぎが丸い不安定なままで切ろうとしないで」

奏絵「あーなるほど、そういう流派もあるよね」

稀莉「流派とかじゃないから!?」


奏絵「はい、皮をむきました。よし、切るぞ。あ~~玉ねぎが転がって~」

稀莉「なんなの、ツッコミ疲れする番組なんだけど!いいわ、私が切るわ」

奏絵「ああ、ここは任せた」

稀莉「何で上から目線なのよ。縦半分に切って、ヘタや根などをとるわ」

奏絵「なるほど~」

稀莉「いや常識だから、感心しないで欲しい。平らな面を下にして」

奏絵「切っていくんだね?」

稀莉「端から切り込みを入れていきます」

奏絵「切らないだと!?」

稀莉「横から切り込みを入れたら、やっと切るわ」

奏絵「お~すごい。細かく切れていく!あれ、稀莉ちゃん泣いているの?」

稀莉「べ、別に泣いているわけじゃないから。う、うえええええ、よしおかんの馬鹿……」

奏絵「ガチ泣き!?それによしおかんさんが何かやらかしったっぽい!?」

稀莉「いったい何をやらかしたんでしょうか、ふふふ」

奏絵「怖い!まぁ当然演技ですよね、演技!」


奏絵「じゃあ私はボウルにひき肉とパン粉を入れて、そこに卵を入れます。よし、卵を割って、あっ……」

稀莉「あっ……ってなによ、あっ……って。……そこには無残に机で割れた卵があったのでした」

奏絵「後でスタッフが美味しくいただきます」

稀莉「スタッフに机をなめさせるな!」

奏絵「今度は大丈夫だから。あっ……」

稀莉「もう帰りたい」

奏絵「大丈夫、ボウルに卵の殻も一緒に入っただけだから。カルシウムたっぷりだよ」

稀莉「取り除きなさい」

奏絵「カルシウム……」

稀莉「殻はいらない!」

奏絵「……はーい、先生」

稀莉「何で私が教える立場なのよ!」

***


 番組スタッフを集め、ホチキス止めしたA4の紙を渡す。

 企画書、とは呼べないほどの陳腐なものだが、私は提案する。

 

「料理配信?」

「そうです、イベントが中止になった代わりに何かやりたいんです」

「ふむ」

「料理をすることで、より私たちの素、らしさを見せられるかなーって」

「いいね、いいよ。確かに何かやりたいと思っていた」


 植島さんも乗り気だ。スタッフたちも、台風で中止になった博多のイベントがショックだったのだろう。ついでにグッズも売ろう、レシピ本出そう、ディスク化したら売れるんじゃないかと好意的な意見をあげてくれる。


「題して、『これっきりラジオ、ドキドキ同棲!?スペシャル。ちゃんと料理できるかな?』でどうですか?」

「くそださ」


 稀莉ちゃんから辛辣なツッコミが入るも、笑顔だ。


「でもいいわ。イベントの代わりといっては何だけど、私もリスナーに何かしたいと思っていた」

「うん、ありがとう。植島さん、1回じゃもったいないんで、5回ぐらいやりたいです」

「反応を見てからだけど、きっとウケるだろうし、いいんじゃないか」

「で、最初は配信だけど、リスナーの生の声が聞こえるように1回は生放送にしてほしいんです」

「うーん、いいと思うけど、でも流血沙汰は勘弁だよ。生放送での包丁を使っての料理は禁止。指の小さな怪我でも事務所に怒られるからね。リスナーさんを心配させたくない」

「そうですね、それはオッケーです」


 安心で、一息つく。良かった……、でもここからが始まりだ。まだ反撃への第一歩だ。

 相変わらず表情のわからない植島さんが私に問いかける。


「新たな化学反応ってことでいいかな、吉岡君?」

「はい、面白い番組にします!あ、もちろん料理でふざけたりはしないので、あくまで真面目に、私たちの素を見せます」

「……素を見せた結果、凄惨な料理で放送事故にならなきゃいいけど」

「それはそれで……、5回で私たちの成長過程をみせつけるよ」


 私の案は受け入れられ、早速1週間後に収録となったのだ。


***

奏絵「はい、焼き上がりました~!」

稀莉「待って、カタチが変!」

奏絵「……どっちが稀莉ちゃんがこねて焼いたものでしょう?」

稀莉「一目瞭然よ!」

奏絵「じゃあせっかくだからお互いのを交換して食べようか」

稀莉「えー……」

奏絵「そ、そんなに嫌がらなくても」

稀莉「仕方ないわね、食べるわよ」


稀莉・奏絵「「いただきまーす」」


奏絵「うんうん、美味しい!」

稀莉「……味はまあ大丈夫ね」

奏絵「ほんと大丈夫?ちゃんと焼けている?生焼けじゃない?変な物入ってない?」

稀莉「卵の殻は入ってないわ」

奏絵「も、もう忘れてって~」


奏絵「思ったんだけどさ」

稀莉「……うん」

奏絵「ギャグばかりの番組で、同棲感なしのバラエティーになっちゃったね」

稀莉「誰のせいよ!」

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