第31章 逆さまワガママ③

「す、き……?」


 好き?唯奈ちゃんが私のこと好き?

 待て待て待て待て、唯奈ちゃんが好きなのは稀莉ちゃんだ。稀莉ちゃんと仲良くしている私は天敵、ライバルのはずで、可笑しい、違う。

 さっきまでの流れはなんだ。唯奈ちゃん自身が言っていたじゃないか。「悔しいけど、私じゃないのよね」って、稀莉ちゃんが私の隣じゃないと駄目だと言っていたのは誰だ。


「な、なんで!?」

「何でってそういうもんだから仕方ないじゃん」


 どこに兆候があった?

 接点はある。けど、それは全部稀莉ちゃんに関係することで、私とのイベントではない。アフレコで最近一緒になることも増えたが、決定的なことは起きていない。ないのだ、私を好きになる要素が。ないの?無いは無いで悲しい。いやいや、私が好きなのは稀莉ちゃんで、10代なら誰でもいいというわけではなくてですね。

 ……本当に困惑している。

 

「ハハハハハ」


 突如、唯奈ちゃんが大笑いした。


「ど、どうしたの?」

「真剣な顔しちゃって、アハハ」

「……はい?」

「あーおかしい」

「え、え?」


 どういうこと?


「嘘、冗談よ」

「はい!?」


 嘘かよ!


「何、真剣に考えているのよ?困惑した顔は傑作だったわ。まさかぐらっときちゃった?」

「こないこないよ!」

「嘘の嘘」

「良かった~。いや待って、嘘の嘘って実は本当ってこと?」

「どうでしょう~」

「茶化さないで!」

「慌ててくれるんだ。稀莉に言っちゃおう」

「それはやめて!」


 タチの悪い冗談だ。……冗談だよね?

 問いただす前に、先に彼女が口を開く。

 

「吉岡奏絵。あなたに足りないのは、つまりそういうことよ!」

「どういうこと!?」


 頭がハテナで埋め尽くされる。どういうことなんだ??


「あんたが稀莉のことを好きでいようと、稀莉があんたのことを好きでいようと、私には関係ないの。私があんたを好きになっちゃいけない理由はない。告白を止める権利はないの」

「いや、関係あるよね?不倫ではないけど、す、推奨はされない」

「でも恋は止まらないわ。どこまでいっても自分勝手でワガママなの。相手を思いやることが正解ではないわ」

「実らないとわかっていても?」

「そうよ、誰が好きって言っちゃいけない、って決めたの?」

「社会?」

「社会なんて知ったことか。あんたには強引さ、ワガママが足りない!」


 びしっと決め顔で彼女はそう言った。おいおい、シャッターチャンスじゃないぞ、そんなに止まらなくていい。


「ワガママを言う年齢では……ないよ」

「歳は関係ない」

「って言ってもさ……」

「吉岡奏絵はさ、常に大人であろうとするよね。良くも悪くも、良き人であろうとする」

「……そうだよ」


 その通りで何の反論もできない。

 声優という特殊な仕事を選んだのに社会からはみ出ないように、嫌われないようにふつうであろうとする。とっくにふつうの道は踏み外しているというのにだ。親のいうふつうに、皆のいうふつうに囚われている。


「考えすぎなの。もっとワガママで自分勝手になりなさい」


 それができないと決めつけて。

 悪いことばかり考えて、それしか答えがないと諦めて、納得して。


「稀莉を幸せにするんでしょ。それぐらいの本気を見せなさい」


 本気。本気のつもりだった、精一杯だった。

 でも、私の“限界”ではない。


「なんとかなるものよ」

「てきとーな……」

「てきとうよ。私の人生じゃないもん」

「そりゃそうだけど」

「なんとかならなかったら、あんたと稀莉を私が全力でフォローしてあげる」


 ……心強い。

 唯奈ちゃんが言うと、大丈夫な気がしてくる。


「唯奈ちゃんはどうしてここまで言ってくれるの?」

「二人が好きだからに決まっているじゃない」


 今度の言葉は嘘じゃない気がした。



 「じゃあお参りしていくから、吉岡奏絵は帰れ!」と言われ、その場を後にした。本当にお参りにきたの?ついで?あの告白は本当に演技だったの?嘘?冗談?それとも……わからない。全然わからない。

 けど、わかった気がした。


「ワガママか……」


 そうだ、その通りだ。

 その4文字が私の壁に小さな穴を開けた。

 本当、“彼女”も“彼女”も強いと思う。何回目の人生なんだと思うほどに、強い。私の方がお姉さんですなんて言えやしない。

 ワガママ。

 そう、どんだけ彼女のワガママに付き合ってきたと思っている。

 あの子は私の迷惑なんか考えずに思いのままに突っ込んできた。年齢とか、性別とか、社会とか、色んなもの関係なしに、憧れに、好きに、自分の気持ちを押しつけてきた。

 だから、私が1回ぐらい我儘を通してもいいはずだ。

 『考えすぎ』。

 その通りだ。結果、失敗ばかり気にして、立ち向かわない。何で受け入れているんだ?そう、私は変えられる。二人で変えてきた。


「ありがとう、唯奈ちゃん」


 嘘の告白をしてでも、私に気づかせようとしてくれた。……私たちのこと大好きすぎだ、嬉しい。今度、面と向かってちゃんと言おう。その際には甘いドーナッツでも差し入れてさ。



 × × ×

 家に帰ると真っ先に部屋に行き、ノートを開く。

 思い付くアイデアをペンで殴り書く。

 やることはわかった。あとは聞こえが良い説明を加えれば、それっぽく見せる仕掛け、舞台を整えればいい。

 ワガママ、これは私のワガママだ。

 でもそれでいいんだ。諦めるのは、挫けるのは、後悔するのは全力で走り切った後でいい。

 本当にするの?と不安がる自分を一蹴する。しなくてどうする、自分。



 部屋から出て、扉をノックする。不安そうに顔を出してきた彼女に私は、わざとらしいぐらいに明るい声で宣言した。


「稀莉ちゃん、私のワガママを聞いて!」


 誰のものでもない、私の心。ちゃんと聞いてあげられなくて、ごめんね。

 やっと裏切る覚悟ができた。

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