第31章 逆さまワガママ②

 稀莉ちゃんと一緒に住んでいるか。

 突然の質問に「何処から漏れた?誰から聞いた?」と困惑しそうだったが、思った以上に心は冷静だ。


「どうなの?」

「一緒に住んでいる」

「そう、躊躇わないのね」


 きっと誰かに聞いてもらいたかったのだと思う。知って欲しかった。でも言えない、言えるわけがなかった。バレた今は開き直っている。

 

「唯奈ちゃん、どうしてわかったの?」

「誰かに聞いたとか、噂が流れているとか、探偵を雇ったとかそういうのじゃないわ。雰囲気」

「雰囲気、か。わかっちゃうかな?」

「距離感、会話の違和感。稀莉とあんた、両方を前から知っている人間ならわかってしまうわ」


 わかってしまうか。わかってしまうのか……。それなら、植島さんやラジオスタッフにはとうに気づかれているんだろうな。


「で、稀莉ちゃんと住んでいるかを聞きたくて呼び出したの?それなら安心して、もうたぶん終わるから」


 自嘲気味に話す。条件の達成もできず、イベントで変えるきっかけも失った。あとはただ終わりが来るのを待つだけの日々。幸せは一瞬で消える。でもそれでいい。同棲は終わるが、私たちの恋は終わりじゃない。終わりじゃないと必死に言い聞かせる。

 

「そう」


 罵倒、問い詰めるでもなく、短く答える。

 ……いまだに意図が読めない。てっきり「私の稀莉と一緒に住みやがって、きー」と怒られるのかと思った。落ち着いた雰囲気は“らしく”ない。


「私はね、稀莉があんたと出会わなければ良かったと思っている」


 淡々と話し出すのを、静かに聞く。


「でもね、空飛びの空音のあんたがいなければ、きっかけが無ければ稀莉は声優にならず、私に会うことはなかったのよね」


 「あんたがいなければ成立しないの、悔しいことに」と、彼女は言葉を続ける。

 私がいなければ、唯奈ちゃんが稀莉ちゃんと会うこともなかった。

 

「稀莉が声優にならなかったら、そのまま役者を続けて、俳優になっていたと思うわ。そう褒めるほど稀莉には演技の実力があるもの。中堅、ベテラン声優にも負けないレベルで演技が上手。新人なんかに負けるわけがないわ。あの子は一流の役者なの」

「でも稀莉ちゃんが選んだ道だよ。きっかけは私でも、彼女は選んだ」

「そうね。そこをとやかく言うつもりはない。稀莉は声優になってよかったと思う。声優の方が役の幅は広い。それこそ異世界や、宇宙や、過去や未来に飛ぶんですもの。性別関係なく、種別関係なく演じる。こんな自由すぎる仕事はないわ」


 「稀莉の天職よ」と言う彼女に同意する。今は恵まれていないが、彼女の仕事がなくなることはないだろう。主役、準主役にこだわらなければ、だ。そう思うほどに、演技力はずば抜けている。


「だからこそ、欠点もあった。役にのめり込めるけど、自分がなかった。素を出すのが駄目駄目だった。何かにならないとあの子は輝けなかった。だからラジオもイベントトークも下手くそだったのよ」


 それは私も実感している。最初のラジオはひどかった。必死に何とかしようと考えたものだ。


「でもあんたが変えた。稀莉はラジオでもトークでも輝けるようになったわ。ありがとう」

「あぁ、うん……?何でお礼言われているの?」


 「素直に受け取っておきなさい」と言い、やっと彼女が笑った。でもその笑顔は苦々しい。


「悔しいけど、私じゃないのよね」

「……唯奈ちゃん」

「敗北宣言、ってわけじゃないわ。負けたつもりはない。一方で、稀莉を変えた責任を持て!とも言わない」


 唯奈ちゃんも稀莉ちゃんのことが好きだ。

 それがLOVEかLIKEかは知らないが、同棲相手が目の前にいる以上彼女は一番ではない。一番になれなかった。

 でも、彼女は私を気遣う。


「私はね、稀莉に笑っていて欲しい。それはあなたの隣じゃないと駄目だわ」

「そんなことっ」

「あるわ。私といる時の笑顔と、あんたといる時の笑顔、全然違うもの。ムカつくぐらいに」


 私の背中を押してくれる。

 彼女なら事情を、条件を話したら、答えを教えてくれるだろうか。違う、それは自分で、自分たちで考えることだ。これ以上甘えるな。

 でも、どうしたらいいの?

 嬉しい。言葉は嬉しいんだ。でもその嬉しさを素直に消化できない。

 結局変わらない。変えられない。前を向いてもどうにかなる問題じゃない。


「また難しい顔している」

「……ごめん」

「本当悩んでばかりよね、吉岡奏絵」


 悩まないことなどない。声優になって悩んでばかりだ。いや、声優を言い訳にするな。前向きな声優さんだってたくさんいる。これは私の本質で、弱みで、暗い部分。でも、それは私だけじゃないと知っている。稀莉ちゃんだって、唯奈ちゃんだって持っているマイナス。


「私だって悩んでばかりよ」

「悩まなそうだけど」

「うるさいわね。そもそも何でこんな話をあんたにしているの?私の何の得があるわけ?同棲が解消したら、私が稀莉と一緒に住めるかもしれないじゃない?」


 そうだ、彼女にとっては都合がいいことだ。……稀莉ちゃんの意志は置いといて。


「それに歌。本当にあんたに負けて悔しいんだから。あんた、すっごく良い声で歌うじゃない。何でその歳まで歌ってこなかったわけ?自己アピール足りなすぎ」


 怒っているようで、褒めている。わけがわからない。ただ思いつくままに言葉にするのを私は受け止める。

 

「あー違う。そういうことが言いたかったわけじゃない。私も話しながら、何を言っているのかわからない。自分でもよくわかってないの」


 脈絡がない。

 励ますために来た。違う。

 このお姫様は勝手に言いたいことを言うために来たんだ。

 私だって、稀莉ちゃんだって言えないことがある。でも、唯奈ちゃんだって同じなんだ。ムカつくし、羨ましいし、ぶちまけたい。けど我慢して、大人ぶって、楽しそうに笑顔を振りまいている。正直な想いを、好きの意味を隠して、我慢して、綺麗な言葉を並べる。

 たぶんこんなことを真正面から言えるのは、私だけなんだ。

 私が敵だからこそ、言える。

 そして、そんなライバルを励ましちゃうこの子はどこかズレていて、優しくて、素敵だ。

 

「でも、そういうものだと思うの。わかったようで、わからない。わからないようで、わかっている」

「……わかる気がする」


 きっと理屈じゃない。気づいたら、そうなっていた。言葉にしても、はっきりしない。ふわふわした思い。それを必死に台詞に、歌に私たちはしようとする。少しでも伝われと、声にする。

 風が吹き、金色の髪が揺れた。

 彼女は小さく笑いながら、口にした。


「好きよ、吉岡奏絵」

「……え?」


 唐突な言葉に、今度こそ頭が混乱した。

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