第31章 逆さまワガママ
第31章 逆さまワガママ①
「うわあああああ」
「違う、もう一度」
「う、うわわわ」
「可愛さなんていらない。目の前で仲間が死んだんだぞ!?もっと悲壮感ある叫びを」
「きゃああああ」
「違う違う、全然違う!」
音響監督の激しい注文が新人声優ちゃんに降り注ぐ。……こうなっては駄目だろう。何が正しいか、間違いなのか、新人声優ちゃんはわからなくなってしまう。
「橘と、佐久間はちゃんとできているんだ。何で君はできないんだ」
私と稀莉の名前が出され、その場にいる私はばつが悪い。
「ごめんなさい、うまく演技ができなくてごめんなさい」
とうとう新人声優ちゃんが泣き出してしまう。
「……いったん休憩だ」
音響監督の一声でアフレコが止まる。いたたまれない空気が流れる。
まだ新人ちゃんは泣いたままだ。ブースにいた声優さんたちは、逃げるように部屋から出ていく。あーもう、誰か新人声優ちゃんに声をかけてあげてよ!先輩でしょ?部屋に残ったのは新人ちゃんの他、私と稀莉だけだ。2年目の私に背負わせるな!稀莉もなんかぼーっとしているし、私が手を差し伸べきゃいけないじゃん。
悪態つきながらも、それでも私が何とかするしかない。このまま切り替えらず、アフレコが終わらなかったら私も困る。
「お水のみな。あとは深呼吸。落ち着くよ」
涙目のまま私を見て、うんうんと力強く頷く。
「ありがどうございまず……」
「あー泣かない。ハンカチ持っている?ちゃんと拭きなさいよ」
「はい、ありまず、拭きまず……」
私の言うことを素直に聞き、無地のハンカチで悲しみを拭う。私に話しかけられ、涙は止まり、少しは落ち着いたみたいだ。
「どうしたら上手くできるんですかね?」
「私に言われても」
「音響監督は二人ともできているって」
あの音響監督め……。
「実際にやられているのをイメージするとか?」
「私、仲間が剣で斬られたりしたことありません」
「私だってないわよ!そういうのは想像するの!ねえ、稀莉?」
座ったままだった彼女に話を振り、こっちを見た。
「何?」
「何って聞いてなかったの?」
「戦っていた」
可笑しなことを言う。
「佐久間さんはどういうことを意識しているんですか?」
「意識?」
「演技する時どういうことを考えているか、工夫しているかってことよ」
可笑しな話だ。彼女は役者経験があるとはいえ、声優1年目。2年目の私たちがアドバイスを請う姿は変だ。でも、そう思うほど彼女の演技は抜群だ。
「何も考えていない」
「はい?」
「え?」
思わず新人声優ちゃんと共に驚いてしまった。
「その人になるだけでしょ?」
その言葉を聞いて、この子は別次元の人なんだと思った。
× × ×
台風が去った後は真夏日が続いた。台風が来たのが嘘かのように毎日暑く、洗濯物が良く乾く。
日程が少しずれていたらと思うが、過ぎた日はもう戻らない。
「げんきないじゃーん、かなかな」
同業者に声をかけられる。私をかなかなと呼ぶのは東井ひかりだ。本日は午前からアフレコで収録スタジオに来ていた。ちょうどAパートが終わって休憩になったところだった。
「そう見える?」
毎回何かあるとすぐに周りに指摘される。そんなに顔によく出ているのだろうか。
「元気なくても、良い演技ができてしまうのがムカつく」
「褒めてくれてありがとう、唯奈ちゃん」
「褒めてない」
右隣に座っていたひかりんの次は、左に座っていた橘唯奈ちゃんに話しかけられる。彼女はこのアニメのメインヒロインで、今話数は友達役の私とひかりんと会話が多い。
「かなかなが元気ない理由はイベント中止になったこと?」
「そうだね、それだよ」
他にもいろいろあるが、同棲のことなど説明はできない。
「あー、ラジオイベントが台風で中止になったのよね」
「まぁしょうがないよね。そういうこともあるよ。私も何度かあったかな」
「ひかりんもあるんだ。私は今まで急に中止とかなかったからさ」
「特にライブが中止になると辛い。グループのライブで千秋楽!って時に中止になって、『今までの練習の成果は……』って項垂れた」
それは辛い。ラジオイベントとは違い、何度も練習してきただろう。それに一人じゃなく、団体だ。スケールとかけた時間が違いすぎる。
共感する二人をよそに、唯奈ちゃんは言う。
「私は今まで延期も中止も無いわね」
「さすが唯奈様!」
ひかりんも思わず褒める。強運の持ち主だ。運も才能。
「お天道様も私に味方してくれるようね。ありがたい限りだわ」
「前言ったライブの時も確かに晴れていたなー。そうそう、ひかりんも唯奈ちゃんのライブ行ったよね」
「去年行ったね~。かなかなもいたいた。ライブめっちゃよかった!ライブBDも買ったよ~」
「……どうも」
急に褒められて、さっきまでの威勢を失う。
「唯奈ちゃんのこないだのアルバム良かったよ。特に2曲目の『青空に負けないように』が凄い良かった。あの曲って唯奈ちゃんが作詞したんだよね?歌詞が心に響いてさ」
「う、うるさい!事細かに解説すんな!も、もう!私よりランキングが上のくせに!いまだあんたのアルバム抜けないんだけど」
「そうなの?ごめん」
「謝るな、ほんとむかつく!」
「かなかな、紅白が見えてきた?」
「絶対にない」
大晦日に全国の茶の間にお届けなんて絶対に無理だ。恐れ多すぎて、想像すらしたくない。
「紅白はないけど、武道館やアリーナで歌ってみたいよね。唯奈ちゃんは武道館で歌ったことあるよね?」
「ええ、すごく良かったわ。お客さんの席が360度配置されているから皆の楽しんでいる顔がよく見えるの」
「360度かー、自分の立ち位置を見失いそう」
「そこはバミリ、テープがあるから」
「円状なら、ドームが私はよかったな~。普段野球やっている場所で歌うのは面白かった~」
皆、歌手活動やグループ活動しているので話に花が咲く。
アーティスト活動をこれからも頑張っていけば、私もそのような大きな場に立てるのだろうか。ドームか、単独ではなかなかに難しいだろうが、想像するとワクワクする。
「そろそろBパートいきます」
音響監督の合図で休憩も終わる。
白熱しすぎた会話で元気が戻り、Bパートも順調に終わった。二人には感謝だ。終わって背伸びをすると唯奈ちゃんが話しかけてきた。
「あんた、この後空いている?」
「え、次の仕事までは時間あるけど」
「ちょっとツラ貸しなさい」
……何かしでかした?
アニメでこういった場面見たことあるぞ。「ツラ貸しな」と主人公が不良さんに言われ、校舎裏に呼び出される。あれあれ……。
アフレコ会場近くの神社に来た。ちょうど人はいない。お参りでもするのだろうかと思ったが、そんな雰囲気ではない。
「どうしたの唯奈ちゃん?」
「あんたさ……」
怒ったような口調ではない。
「稀莉と一緒に住んでいるの?」
でも、目つきは鋭かった。
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