第29章 シアワセのカタチ⑥
結婚まで打ち明けてくれた同期に隠せない。それに隠したところでもう遅いだろう。とっくに何かがあるとは瑞羽にバレている。
「稀莉ちゃんとは」
「うんうん」
「……一緒に住んでいる」
「え、マジ?」
「マジマジ」
瑞羽が持っていた枝豆の殻を机に落とした。さすがそこまでとは思っていなかったのだろう。
「……け、けっこう進んでいるね、びっくりした」
「でも稀莉ちゃんの実家のメイドさんも一緒に住んでいる」
「なんだそりゃ、ウケる」
「ウケるな」
「アニメの話じゃないよね?」
「現実なんだよな……」
監視役でメイドが来るなんて普通ではありえない。まぁ両親が来るよりは遥かにマシであるが。
「一緒に住んでいるってことは、そういうことでいいんだよね」
「……ご想像にお任せします」
そういうことって何だろう。自分でも説明はしづらい。
「で、どうするの?」
「どうするって」
「……どうするんだろう」
質問した瑞羽が首を傾げてしまう。
「結婚……、とはならないわけじゃん」
「そういう国や、区もあるけど、別にそれは目指しているわけではないしね……」
「私だって、ファンに言うか悩んでいるのにさ、奏絵のはもっと言えないよね」
「まぁ……ね、一部ファンは喜びそうだけど言えないよね」
「親には?」
「稀莉ちゃんの親には同棲する前に話した。うちの両親はこないだ来て説明したけど、あんまり納得はしてくれなかったよね」
「うーん、難しいよね……」
難しいの一言で片づけられないほどに、難しい。
「一緒にいられれば良かったのにさ。稀莉ちゃんの両親からは条件つけられるし、うちの両親も簡単には理解してくれない。それに稀莉ちゃんも仕事があんまりうまくいってないし、私は私で歌手活動など色々考えることがあるし、なかなかうまくいかないよね」
喋る私の顔も険しいだろう。
「そういう時は日常から抜けて、ぱーっと旅行に行ったりさ」
「そうそうラジオのイベントで福岡に行くことになって、そこで気分転換できるかなと思っている」
「ちょうど良かったじゃん」
ただそれは一時的な癒しで、ずっと続くわけではない。問題が解決しない限りずっと気持ちは晴れないだろう。そして問題が解決する、もしくは解消するのに今年度末までかかるのだ。
「奏絵はどうなりたいの?」
「……どうなんだろうね。一緒にいて、一緒に笑えたら幸せだと思っていたけど。別に籍を入れたいとか、皆に認められたいとか全然ないし。何だろうね、それ以上がないんだと思う」
稀莉ちゃんとは一緒にいて、話して、デートして、旅行して、仕事して、ラジオしていられれば良いのだ。そりゃ、たまにはイチャイチャもしたいけど……、でも多くは望まない。望まないのか?
瑞羽に私から問いかける。
「瑞羽はなんで結婚するの?」
「形式上?」
「夢がない」
「なあなあで行くのがよくないっていうか、ケリをつけたいというか、証明というか、わからん。ともかく婚姻届けとか、指輪とかで気持ちを形にして安心したいんだと思う」
私と稀莉ちゃんだってそうだ。
誓約書を書かされた。ピンキーリングを送った。キスをした。
そういった行動、証で示してきた。同棲だって愛情のカタチだ。
でも、その先のカタチは思い浮かばない。
たぶん一生悩み続けるんだと思うと、気持ち良く酔えなかった。
× × ×
家に着いた頃には22時をまわっていた。「ただいま」と小さく挨拶し、リビングに入ると晴子さんがいた。
「おかえりなさい、吉岡さん」
「ただいま、晴子さん。稀莉ちゃんは寝ちゃいました?」
「いえ、今日は遅くまで練習するといっていたのでまだ起きていると思います」
一度顔は見ておきたいと思い、稀莉ちゃんの部屋の扉をノックをするも返事がない。寝っちゃったのかな?と思い、そっと扉を開けるとヘッドフォンをした稀莉ちゃんが台詞の練習をしていた。こちらに気づき、ヘッドフォンを外す。
「ごめん、練習中だったんだね」
「おかえり、奏絵。明日、テープオーディション用の録るから練習していたの。楽しかった?」
「うん、楽しかったよ」
「良かった」
前までだったら飲み会で事細かに話した内容、あったことを聞いてきたのだろうが、今は同棲している安心か私への信頼か、短い言葉で終わる。
いや、違う。そうじゃない。きっと今の稀莉ちゃんはそこまでの余裕がない。
「あのね、稀莉ちゃん聞いてほしいことがあるんだけど」
トゥルル。
私が言い終える前に稀莉ちゃんの電話が鳴った。
「ちょっと待って、事務所から」
遅い時間の電話だ。大事な連絡のはずなので、「うん、早く出て」と快く承諾する。
「え、役受かったんですか」
オーディションの結果の連絡、吉報だ。
良かった、これで稀莉ちゃんも少しは落ち着けると小さくガッツポーズをする。
「え、ええ……、私が受けたのはメインの女の子なんですけど」
しかし、話を続けるに雲行きが怪しくなる。
「サブだったらいらないです。何よ、動物の役って、おります」
稀莉ちゃんの肩を掴み、思わず止める。
「ちょっと稀莉ちゃん、稀莉ちゃん!」
「すみません、保留にします。何、奏絵?」
不機嫌な顔でこっちを見るが、折れない。
「何って、受かったんでしょ、役もらえたんでしょ?何で降りようとしているの」
「メインじゃないもの。サブ役の、しかも動物の役よ?」
「いや、だって」
「サブの役受けて、スケジュールが埋まって、別のメインで決まった時バッティングしたら受けれないでしょ?ただでさえ、時間がないんだから選り好みしないと」
「いやいや、おかしいよ。どんな役でも頑張らないと。主役が偉い、違うよ」
「私が欲しいのは主役やそれぐらいのメインだけ。私は奏絵と同棲を続けたい」
目の前に立ちはだかるのは、稀莉ちゃんの母親からの条件。
『1年で主演5本』。
そしてそれが今1本も達成できていないという現実。
でも、それでも役に、貴賤はない。サブがいるからこそメインが輝き、アニメが成り立つのだ。どんな役だって大事で意味がある。そして選んでくれたのだ。意図や意志があって、稀莉ちゃんをその役として選んでいる。適当にルーレットで決めたわけではないのだ。
「待って、稀莉ちゃんよく考えて。私と稀莉ちゃんは声優なんだよ。役に選ばれたんだよ。詳しい設定はわからないけど、動物だって立派な役だよ。それが欲しくて頑張った人だっているんだから、だからよく考えて」
「……ない」
「え」
「わからないよ、奏絵には!」
でも、言葉は届かない。
「考えているよ、しっかりと考えている。考えた結果が、全部欲しいからこうするしかないんじゃない!」
「稀莉ちゃん……」
私といたいがための決断。それが彼女を傷つける。
「私は必死なの。奏絵にはわからないかもしれないけど、一生懸命頑張っているの!」
わかっている。わかっているが空回っている。
けど、仕事も順調にもらえ、アーティスト活動が順調な私が何をいっても嫌味にしか聞こえないだろう。
「出てって」
「え」
「早く部屋から出ていってよ!」
彼女の剣幕に押され、部屋から出ていくしかなかった。
「……違うよ、稀莉ちゃん」
一人廊下で呟く言葉は虚しく、壁を隔てた彼女には響かない。
大事なのは同棲を続けることじゃない。声優でいらなれなくなったら、元も子も無い。
でも稀莉ちゃんだって必死なんだ。それは間違いかもしれないけど、彼女なりのうまくいくための方法なのだ。
『仕事に真摯に向き合いなさい』
親に言われた言葉が響く。そう、稀莉ちゃんだって、そうなんだ。真摯に向き合う。声優という仕事に人生を懸ける。
そのためなら、やはり……と出てくる言葉を飲み込む。
ただ今は、
「やってしまった……」
という大きな後悔だけが残る。話したかったことは違う。感情的になる必要なんてなかった。誰よりも近くにいるのだから、もっと寄り添うべきだった。
私が稀莉ちゃんの1番の味方にならなければいけなかった―。
酔いはとっくに醒めていた。
次の日、稀莉ちゃんと会話することはなかった。
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