第29章 シアワセのカタチ⑤

 1年ぶりの「これっきりラジオ」単独イベントだ。決定が嬉しく、植島さんにどんどん質問してしまう。


「福岡ってことは飛行機ですよね?」

「そうなるね。新幹線でも行けなくはないが約5時間かかるからね。高所恐怖症とかないよね?」

「平気よ」

「大丈夫です!」


 『空飛びの少女』で空音を演じた二人だ。実は高所恐怖症なんです、と言ったらキャラが違うだろう。いや、本人とキャラが似る必要はないんだけど。


「稀莉ちゃん、さっそく本屋でガイドブックを買いにいこうよ」

「こらこら、遊びに行くんじゃないわよ。でも美味しいものは食べたいわね」


 グルメ天国の福岡、その中心の博多だ。ご当地グルメの「もつ鍋」、ご飯にもお酒にも合う「辛子明太子」、豚骨ラーメンの代表格「博多ラーメン」、たくさんの美味しい食べ物がすぐに思い浮かぶ。考えるだけで楽しくなってくる。


「せっかくだから楽しまないと。なかなか行けないからね。それにその地を存分に楽しむのもファンへの恩返しだよ」

「そう?」

「リスナーがより身近に感じられるから」


 ファンが、リスナーさんが住んでいる場所。その土地の食べ物、場所、空気を知ることはリスナーさんが親近感を覚える要素ともなる。


「そうだ、せっかくなら博多の名物や名所をラジオで募集しようか。地元リスナーだけじゃなく、遠くから来てくれる人にも知って欲しいし」

「いいわね。でも募集で来た場所は行きづらいわね。事前にファンがいたら……」

「そしたらその時だよ」


 リスナーと同じ屋台でラーメンを食べる。旅先なら、そんなことも起きてしまうかもしれない。


「はいはい、二人とも喜んでくれるのはいいが、それより前にイベントで何をするかを考えよう。次回打ち合わせ時にある程度固めるからアイデアよろしく頼む」

「「はいー」」


 というわけで今日のラジオ収録は終了だ。

 あまり期間もないので、SNSでイベントをすることを本日中に告知するらしい。早い。今からファンの反応が楽しみだ。

 「さて、帰るか」とドアの方を見ると、女性がガラス越しにこちらを覗いていた。「誰?」と思い、近づくと目が合う。その女性は嬉しそうに手を振ってきた。


「瑞羽じゃん!」


 そこにいたのは西山瑞羽だった。私の養成所の同期で、10年来の友人だ。

 すかさずドアを開け、話しに行く。


「どうしたの?局で会うなんて久々だねー」

「ラジオのゲストで呼ばれたんだ~。で、終わって歩いていたら、ちょうど奏絵と佐久間さんがいて思わず覗き込んだわけ。今日の収録は終わり?」

「ちょうど終わったところ」

「そうだ、良かったら飲みに……って、佐久間さんと打ち合わせとかある?」


 後ろを振り返る。この後私は特にないが、稀莉ちゃんは事務所に行くと話を聞いていた。でも話は振っておく。


「ないけど、良かったら稀莉ちゃんも一緒に」

「あー、ちょっと奏絵に相談……、というか報告がありましてですね」


 瑞羽は私と二人で話したいらしい。稀莉ちゃんと目を合わせ、ウィンクが返ってくる。「仕方ないわ、行ってきなさいよ」の合図だろう。 


「え、なにそのアイコンタクト!?二人通じ合いすぎじゃない!?」


 目は口ほどにものを言うようで……。これはこれで逆に不自然で、失敗だった。ともかく稀莉ちゃんの許しをもらい、同期とのサシ飲みのため街へと繰り出した。



 × × ×

 やってきたのは、雰囲気の良い個室居酒屋だ。

 稀莉ちゃんと晴子さんのいるグループに「今日は友人の相談で飲んできます、すみません><」と連絡して、承諾も得ているので本日は思う存分飲むことができる。


「奏絵、最近凄いよね。大活躍じゃん。CDもけっこう売れているでしょ?」


 対面に座る瑞羽が私の最近の仕事ぶりを褒めてくれる。防音もしっかりとしているお店なので仕事もプライベートなことも話しやすい空間だ。


「CDはそうでもないよ。配信も正確な数は聞いていない」

「謙遜して~。こないだ加入しているサブスクのランキング1位に奏絵の名前があってびっくりしたよ。さすが私の同期!」

「そっちこそ、こないだグループでドーム公演していたよね。大成功だったみたいじゃん。ダンスの合わせとか大変でしょ」

「大変、大変。でもめっちゃ痩せる」

「私もグループ入ろうかな」

「全然痩せているくせに」

「最近、良い物食べ過ぎでね……」


 余計な気遣いもしないので、お互いどんどん言葉が出てくる。でも、彼女が呼んだのは近況トークのためじゃないはずだ。


「で、報告ってどうしたの瑞羽?何か話したいことあるんでしょ?」

「実はさ……」

「うん」

「結婚するんだ」

「お、……おお!本当!?おめでとう!」


 聞きなれない言葉に、一瞬理解できなかった。

 結婚。同期の瑞羽が結婚だと!


「ありがとう」


 お酒のせいだけでなく、紅くなった顔を見るに冗談ではないことがわかる。

 

「って、急すぎない?付き合っている人いたの!?」

「実は2年くらい」

「教えてよー」

「いやー、なかなか同業者に話しづらくない?」

「え、お相手は声優さんなの?」

「違う違う、一般男性」


 よく聞くワード。一般男性。


「一般男性の一般って何?」

「普通ってこと?」

「普通の男性?」

「普通じゃない男性って何?」


 単に声優、役者以外、名前を出して売っている人ではない、という意味で『一般』だ。いつのまにそんな「一般」の人と出会ったのやら。


「一般の方とどうやって出会うの?」

「出会うものは出会うのだよ」

「合コンとか?」

「しないしない。このSNS時代怖くてできない!」

「実は婚活パーティーいってたとか」

「もっと怖い!職業は何ですか?声優ですって答えられない!」

「で、実のところ誰なの?」

「一般は一般だよ」


 名前は言ってくれない。せめて写真はと思うが、もしや、


「私の知っている人じゃないよね?ラジオ局の人とか、まさか植島さん!?」

「ないないないない!それにあの人既婚者じゃん」

「え、そうなの?」

「ラジオ2年近くやって知らないの?お子さんもいるよ」

「知りませんでした……」


 初めて知った事実。

 案外近いと知らないもんだ。あの人自分の話はさっぱりしないからな。指輪もしている印象はない。って、今はうちの番組の構成作家の話ではない!

 

「ともかくおめでとう。式はするの?」

「大々的にはやらない予定。家族だけかな~」

「そうだよね。なかなか大勢呼んでは難しいよね」


 同業者を呼ぼうにも、休日を空けることはなかなか難しい。前もってキープすることもできるが、準備する方も大変だろう。やるならこじんまりとしたものにならざるを得ない。


「でもウェディングドレスは着たい」

「ぜっっったいきれいだよ。あんなに小っちゃかった瑞羽が、ウェディングドレスか……感慨深い」

「会った時にとっくに成長期は終わっているから!」

「でもでも泣いちゃうな。写真、絶対見せてよね」

「もちろん。奏絵の今後の参考のためにもね」


 今後、か。


「私は……するか、わからないし」


 言葉をつい濁してしまう。暗くなるのも嫌なので、「いいから続けて」といい、話を戻す。


「本題は、結婚することをファンに言う必要があるかどうか、なんですよ」


 題名、「いつも応援してくださっている皆さまへ」、「大事なお知らせです」というやつだ。オタクさんたちが「あっ」と息をするのを忘れてしまうタイトル。


「あー、それは悩むね」

「うちの事務所の方針では基本しないんだよねー。している人もいるはいるけど、ほとんどしていない」


 それでも悩むものだ。言った方が誠実なのか、別に騙しているわけではないが、後ろめたくなってしまうのか。


「瑞羽ガチ勢はいなくなっちゃうかもしれないからね」

「うーん、どうだろう。いるのかなガチ勢?いたとしたら祝福してくれると思うんだけどな。ほら、私も来月で30じゃん。三十路超えたらファンも許してくれるかな……って」


 養成所の同期だが、学年は瑞羽の方が一つ上だ。確かに三十路なら許される感じがする。


「まぁ昔ほど抵抗はなくなったよね。ファンは祝福してくれるイメージだよ」

「でもショックを受ける人もいるんだろなーと思うと複雑。でも声優の私としてはありのままを受け入れて欲しいよね。別にライブや、イベントは出続けたいし、まだまだ活躍するつもりだからさ。声優はこれからも続けていく」


 そもそも言うべきことなのだろうか、という意見もある。

 結婚。声優の純粋な仕事においては関係のないことだ。しかし声優が一種のアイドル化している現状では言うべきとも思う。個人を慕って、グッズやCDが売れる。それなら、真摯に……となるのだろうか。アイドルや声優は偶像で、現実を持ち込むな、ともなるのかもしれない。知りたくない人だっているはずだ。知らなければそのまま好きでいられるかもしれない。でも、それって嘘ついている?ともなる。難しい。


「色々考えなきゃいけないんだね……」

「奏絵だって色々考えているでしょ。正直どうなの?」

「どうって」

「佐久間さんとの関係」


 ……バレバレか。同期には隠せないものだ。

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