第29章 シアワセのカタチ③
心のどこかで期待していた。血の繋がった人。誰よりも私に1番近かった人たち。
でも母から出てきた言葉は否定的なものだった。
「奏絵とこの子が付き合っているっていうの?」
「そうだよ、稀莉ちゃんは私の……彼女だよ」
「そうです、お母様。私は奏絵さんとお付き合いしています」
彼女、付き合っている。
ハッキリとしてこなかった関係を、端的に表す言葉。
「付き合っているって、あなたたち女性同士じゃない」
それがどうした、とは言いづらい。一般的ではない。アニメや漫画ならなんて、世界的に最近はなんて、両親には通じない。
「ねえ、お父さんからも言ってあげて。おかしいわ、間違っている」
「間違ってない。訂正して、間違ってなんかない!」
「お、落ち着け、お母さん。奏絵も声を荒げないで。自分らの感覚では間違っているかもしれないが、二人は真剣に考えているんだ。奏絵も大人だ。色々なことをわかった上で選んだはずだ。好きになることは悪いことではない。悪いことではないが……」
頭ごなしには否定しないが、それでも父の言葉も歯切れが悪い。
「そりゃ自由かもしれないけど、それでも限度があるわ。世間体が……」
「世間体って、お母さんのために私があるんじゃない!」
「この親ふ」
母親もギリギリのところで言い留まる。親子喧嘩を、稀莉ちゃんや晴子さんに見せるために話しているのではない。
「奏絵さんのご両親方、私から話をさせてください」
晴子さんが口を挟む。
「稀莉さんの両親の承諾も得て、この生活は実現しています。しかし奏絵さんのご両親には遅れての報告となり申し訳ございません。でも二人は清い関係で交際をしています。そのために監視役として私がここにいるのです」
必死にフォローする言葉。
「稀莉さんは奏絵さんに憧れて声優になりました。奏絵さんは稀莉さんと一緒にラジオをするようになり、変わりました。二人がいることは、一緒にいることは良いことなんです。私はそう思っています」
そして彼女の想い。
「どうか温かく見守ってくれませんか」
「そう言われても……」
ただ母の困惑は戻らない。
母の視線は私ではなく、稀莉ちゃんに向かった。
「ねえ、佐久間さん。気の迷いじゃないの?」
「違います」
彼女からは力強い否定がすぐに返ってきた。
「憧れを好きと混同している」
「違います」
「もしくはそうね、ラジオでずっと一緒にやって居心地よくて、好きを勘違いしているんじゃないかしら」
「心地よくて、ずっと一緒にいたのはそうですが、違います。私のは恋で、愛です」
頑なに否定する稀莉ちゃんを説得するのは無理と察したのか、母は私にターゲットを戻す。
「奏絵、バレたらどうするの?あなたは公にこの子と付き合っているっていえるの?」
痛い所を突かれる。
バレたらあまり良いことにはならないだろう。公に言って応援してくれる人もいるかもしれないが、批判や遠ざかる人も出てくるだろう。
「仕事のこと、事務所のこと、将来のこと、まだ学生だっていうじゃない。あなたが全部背負えるの?」
「違います、お母様。私がそうしたいんです」
私が口にする前に、稀莉ちゃんが先に言う。
「そうだとしても、責任者はあなたよ奏絵。ねえ、奏絵。あなた声優やって何年目?ちゃんと稼げているの?」
「稼げているのは知っているでしょ。歌手だって最近はやっているし」
「なら、今までの平均年収は言える?」
「それは……」
今はいい。それなりに稼げている。
だが、今までとなると別だ。空音主演以降の声優としてのギャラはとても誇れるものではない。
「またそう戻る可能性もあるのよね。仕事がもらえなくなることも、声が出なくなることもあるかもしれない」
「お母さん、いいすぎだ」
「言うわ。お父さんは甘いの。私は奏絵にずっと幸せに生きて欲しい。若い時に無理して、それで人生は終わりじゃない。奏絵、あなたはまだまだ生きるの。まだ短い時しか生きていないの。ちゃんと考えなさい」
「ちゃんと考えているよ。私は声優として一生生きていくし、稀莉ちゃんとも幸せに生きていく」
ちゃんと考えている。勢いもあったが、きちんと二人で考えた、話した結果だ。幸せってなんだ。ここで稀莉ちゃんを選ばない人生が幸せだと言うのか。
「奏絵、お母さんも混乱しているんだ。そう、お父さんだって混乱している。奏絵に大切な人がいるのは薄々わかっていたが、それがまさか女の子だとは思っていなかったんだ。すぐに理解してほしいと言われても、簡単に納得はできない。だから……、その考えさせてくれ」
ただ親目線から見れば最もだ。いや、まだ理解してくれている。私のことを必死に考えてくれている。
どちらも幸せであることを考えているから、タチが悪い。
「ただひとつ、お母さんにもだ。奏絵の人生は私たちのものではない。奏絵の人生は奏絵のものだ」
「ありがと」
「ただ、何かあった時はいいなさいよ。もっと早く言えば、私だって……」
母は悪くない。理解してくれ、という方が難しいのだ。
困らせた私が悪い。
「ごめんなさい、佐久間さんに、柳瀬さん。あなたたちが素敵な人ということは今日で十分にわかりました。奏絵がこんなに生き生きしているのはあなたたちのおかげでしょう。こんなに反抗する子だと思っていませんでした。でも、それでも理解の得られる道ではありません。それも表舞台として生きていく人間なら」
「奏絵の選んだ人だ、たとえ若い女の子だとしても。それに悪い人とは思えない。この短時間で素敵な人だとわかった。でもお父さんも簡単には認められない」
正論、当然の考えで、私は反論できない。
「ねえ、奏絵。あなたはどうして声優でいたいの?」
「……私の声で人を笑顔にしたい、感動させたい、人生を変えたい」
必死に絞り出した言葉を、母は「そう」と言い、
「今一度、そのことを考えなさい。あなたの本当の目的を。仕事に真摯に向き合いなさい」
と締め、最初は笑顔で溢れていた家庭訪問が後味悪い形で終了となった。
両親はこの後埼玉へ向かうということで、家前にタクシーを呼び、「また連絡しなさい」と言い、去っていった。
残されたのはいつもの3人。けど、そこにはいつもの空気はなく、申し訳なさが半端ない。
「稀莉ちゃん、晴子さん。ごめんなさい」
「ううん、私も甘かった」
稀莉ちゃんの落ち込んだ顔を見たくて、両親を呼んだのではない。
「それにありがとう、晴子さん。晴子さんの言葉嬉しかったです」
「いえ、何も解決になっていません」
重苦しい空気は続く。
性別が違ったらよかったのだろうか。普通だったらよかったのだろうか。……そういうことではない。
失敗、とはいえない。両親に完全否定されたわけではない。ある程度の理解は得られた。けど、道は簡単ではない。
……何でこんなに迷うのだろうか。
わかっている、自分でどこか間違っている、と認めてしまっていることに。
たぶん人の話だったら、「辞めときなよー」、「大変だよ」と軽く否定するかもしれないし、「頑張ってね」、「応援している」と本心では思ってないことを口にしてごまかしたかもしれない。
恋って、愛って、好きって。
必死に正当化しようとして、自分の想いが全てだと思おうとして。彼女がいたから頑張れたという事実を美化しすぎて。一人が辛すぎて、二人じゃなければ駄目だ、と思い込んで。
――ただ一緒にいられるだけで良いのに。
私は声優、吉岡奏絵。
役者で、アーティストで、ラジオパーソナリティーだ。
そこに、稀莉ちゃんの彼女という属性はいらない。
……いらない、なんて言えないよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます