第29章 シアワセのカタチ②
両親の荷物もあったので、東京駅からはタクシーに乗り、家まで直で向かった。お昼は食べていないということで、事前に晴子さんに電話をかけ、両親を連れていくことを伝えた。稀莉ちゃんにもアプリで連絡を入れておいて、「OK」とスタンプが返ってきた。本当にOKなのだろうか?いまだ私はどう説明するべきか、脳内会議が繰り広げられている。
『この子が彼女っていっちゃおう』
『今じゃない、まだ早い。今年度でいいのだからまだ次がある』
『そうやって逃げるの?早く懸案事項は無くそうよ』
『簡単に言うなよ。今すぐ同棲解消になったらどうするの?』
どうやら裁判長は逃げ出したらしい。答えはまとまらないまま家に辿り着いた。
扉を開け、いつものように挨拶をする。
「ただいま」
「お邪魔します~♪」
「お、お邪魔します」
平気そうな母と、緊張している父親を見ていると私の精神は父親譲りなのだろうかと思う。
足音が聞こえ、心臓が高鳴る。リビングからかわいい子が出てきて、こちらへやってきた。
「ようこそ、奏絵さんのお父様、お母様。一緒に暮らしています佐久間稀莉と申します」
……相変わらずの美少女だ。登場しただけで雰囲気ががらっと変わる。両親もびっくりしている。それにこの挨拶だ。役をつくりにつくっている。
「遠路はるばるお越しいただきありがとうございます。どうぞご自分のお家のようにくつろいでください」
好印象しか与えないお淑やかな服装と、丁寧な挨拶。彼女が先に歩き、リビングの扉を開ける。
早速、両親から小さな声で話しかけられる。
「なによ、あのかわいい子!」
「……あれが芸能人というものか、お父さんびっくりしたぞ」
「同じ声優の女の子だよ」
「今の声優さんってあんなに可愛いのね」
「私だって可愛いでしょ」
「……おう」
なんで反応が鈍いのか。
リビングに入ると、今度はエプロン姿の晴子さんが出迎える。
「こんにちは、柳瀬晴子と申します。どうぞお座りください」
これまた丁寧な応対に、両親は素直に椅子に座る。
「飲み物は紅茶とコーヒー、どちらがよろしいですか」
「紅茶で」
「お、同じので」
両親がそう答えたのを聞き、ティーポットを傾け、カップに注ぐ。いい香りだ。
「すぐにお料理もお持ちしますので、少々お待ちください」
両親は口を開け、感心しっぱなしだ。そりゃそうだ。娘の家に来たと思ったら、どこかの偉い人みたいに手厚いもてなし。私だって面食らっている。
次々と運ばれる豪勢な料理。
「お口に合えばよいですが」
いただきますと言い、食事を始める。口に入れて、嬉しそうな顔の両親を見て安心する。
「美味しいわ~。あなたお店開けるわよ。すごいわ」
「上手いな。うん、うまい」
「恐縮です」
見ている稀莉ちゃんも満足気だ。まずは胃袋から両親の心を掴むと。
「奏絵、いい暮らしをしているのね、安心したわ」
「それはよかった」
一人の時の荒んだ部屋からは考えられないだろう。掃除の行き届いた綺麗な部屋に、豪勢な料理、一緒に住んでいる人も礼儀正しい二人。何も文句はないはずだ。
むしろ心配になるのは娘の様子の方で、母が稀莉ちゃんに話しかける。
「この子ガサツで、ご迷惑かけてないかしら?」
「いいえ、私の方が迷惑かけてばかりで、奏絵さんには頼りになってばかりです」
「この子が頼りに?」
「ええ、その背中をずっと追っかけてきました。頑張り屋さんで、笑顔が素敵で、面白い人なんです」
「あらやだ、あんたこんなに褒められているわよ」
母親が私の背中をバンバンと叩き、ちょっと痛いが嬉しい。次は父親からの質問だ。
「奏絵は仕事でも頑張っているんですか」
「はい、声優としても、アーティストとしても大人気なんです。ここ数年でさらに人気が増しています。お仕事も役のことを考え、必死に練習する頑張り屋さんです。それにラジオの仕事も彼女なしでは考えられません。言葉がポンポンと出てきて、ラジオの相方として仕事しやすい、欠かせない人なんです」
「ほう、そうなんですか。頑張っているんだな奏絵」
「あぁ、うん」
両親の前でべた褒めで照れる。稀莉ちゃんも変なこと言わずに、ストレートで褒めるから顔が熱い。
「私からの話ばかりでは何ですから、奏絵さんの青森の時の話を聞かせてもらえませんか?」
「え!?」
今度はこっちの番とばかり、稀莉ちゃんが笑う。やばい、私の小さい頃?何があった?何か変なことしてこなかった?
そんな混乱する私とは裏腹に、母が嬉しそうに「いいわよ」と言い、話し出す。
「幼稚園の頃はごっこ遊びが好きでよく近所の友達と遊んでいたわ。けど、それだけで飽き足らず、私も何度も参加させられたわ。今思えばあの頃から演技するのが好きだったのかしら」
「もうお母さん!」
「お風呂ではいつも大声で歌っていて、よく聞こえたぞ。それこそ家を出ていく高校生ぐらいまで、ずっとそうだったな」
「もうお父さん!」
「反抗期はあったけど大きな病気も怪我もなく、健康的な子だったわね~。今はひねくれちゃったけど、感情にまっすぐでよく泣き、よく怒り、よく笑う子だったわ」
「そうだな、でもこれ買って、あれ買ってとねだられたことは少なかったな。だから急に声優になると言い出した時はびっくりしたな」
「ああ、突然だったわね。でもちゃんと叶えたのだから何も言えないわ。意外と度胸があったのね」
稀莉ちゃんがメモでも取らんとばかりに、うんうんと相槌を打ちながら身を乗り出し、聞いている。
「そうなんですね~、奏絵さんの小さい頃の写真みたいですね」
「今度来るとき持ってくるわ」
「はいぜひ!」
「いいから!重いでしょ?」
「じゃあ、今度うちに来てもらいましょう。佐久間さんと柳瀬さんなら大歓迎だわ」
「ああ、お父さんも許すぞ」
恥ずかしい話ばかりされて落ち着かないが、ともかく好印象だ。それこそ実家に連れて来ていいというぐらいに二人の評価は高い。
「デザート持ってきますね」
「私も手伝います」
料理を一通り食べ終えたところで、稀莉ちゃんと晴子さんがいったん席を外し、親子3人になる。
「素敵な人たちじゃない」
「うん、良い人たちだよ」
「安心したわ~。でもあんまり迷惑かけるんじゃないわよ。いい年なんだから自分でできることはしっかりと」
「わかっている、わかっているって」
「そうだぞ、お母さん。忙しい仕事なんだから助け合えばそれでいい」
「もうお父さんは甘いんだから。ともかくとってもかわいい子たちだわ。うちの娘にもなってほしいぐらい」
「……冗談でもやめてよ」
冗談で、ないとしたら。
どうする?言っていいのか。この流れなら言えるのでは?
私の中の一人が止める。
今じゃない、濁していいのでは。本当に今じゃないのか?
どうして言えないの?間違い?そりゃ間違いかもしれないけど、この私の気持ちは間違いじゃない。
言えない関係なのか?言えないことはしてない。稀莉ちゃんを大切にしている。両親ならわかってくれる、きっと。
二人が戻って来て、デザートのプリンとコーヒーが並ぶ。
「甘いわね~」
「昨日食べたホテルのより上手い」
いずれ言うのだ。言わなくちゃいけない。それに両親に隠したままでいるのは良くないと私の心が責める。
「お父さん、お母さん聞いてくれる」
「うん?何よ」
何も悪いことではない。
「黙っていたことがあるの」
私が選んだ。彼女が選んだ。二人で決めたんだ。
「あの、その」
言え、言うんだ。
「稀莉ちゃんは、私のラジオの相方、同じ声優だけじゃなくて」
それこそ声優になる!と飛び出していったあの時より緊張して、私は言葉にした。
「とっても大切な人なんです」
両親の顔がまともに見られない。
「本気でこれからのことを考え、一緒に暮らしているの」
言った、言ってしまった。
恐る恐る顔を上げる。
「何を言っているの奏絵?」
そこには「冗談でしょ?」とでも言いたげな冷たい顔があった。
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