第29章 シアワセのカタチ

第29章 シアワセのカタチ①

 言えたらどんなに良かっただろう。

 堂々としていられたら、素直に好きだと公に言えたら。


 普通だった。

 私にとっては普通だった。

 でも、その普通は認められない。


 なら、この世界を捨てる?そんなことできるはずない。私は、世界も彼女も両方欲しい。どっちかなんて選べない。

 選べないから欲張るから、辛い。

 そう、世界は都合よくできていない。

 


 × × ×

 午前の収録を終え、そのまま東京駅へ向かう。朝、知らされた突然の来訪に気は乗らないが、無下にすることはできず、足を運ばざるを得ない。

 中央地下一階コンコースの待ち合わせスポット、『銀の鈴』に行くと見知った顔があった。


「こっちよ、奏絵、奏絵~」


 これでも顔の割れている声優なのだから、マスクや軽く変装しているとはいえ大きな声で名前を連呼しないで欲しい。


「久しぶりお母さん、お父さん」

「おう、奏絵」

「青森に来た以来ね」

「足はもう大丈夫なの?」

「いつのことだと思っているよ」


 母親が倒れたと聞き、急ぎ青森まで駆けつけたのは一昨年の冬だ。仕事が忙しかったとはいえ、今年の正月も実家には帰らなかった。新幹線でほぼ乗り返せず行けるとはいえ、帰る決断は容易くない。アーティスト活動を始め、ライブ続きだったのだ。それでなくとも色々なことが重なりすぎていた。


「帰らなくてごめん」


 でも帰らなかったのは事実で、両親には心配をかけただろう。素直に謝る。


「忙しいのは知っているわ、歌手になったものね。いい歌ね、アルバムの……」

「え、聞いているの!?恥ずかしいんだけど!」

「お父さんは透明ミライが1番好きだぞ」

「お母さんはリスタートかしら。かっこいい歌よね」

「こんなところで私の持ち歌の話をし出さないで!」

「何よ、よくカラオケで歌うのよ。お母さんの友達からも好評だわ。これうちの娘の歌ですって」

「知りたくなかった!」


 東京にいてもマイペースだ。え、娘の曲ですって紹介されているの?超恥ずかしいんですけど!

 このまま話されるのは困るので、ひとまず駅内の喫茶店へ移動する。

 私の対面に二人が座る。皺や、白髪。見た目から二人とも歳とったな……と思うものの、雰囲気は変わらず、相変わらず元気だ。良きことで。


「奏絵、ライブの関係者席をちゃんと送りなさいよ」

「東京まで来るのは大変でしょ」

「大変だけど、せっかくの娘の晴れ舞台なんだから行くわよ」

「お父さんも行くぞ」

「そんな子供の発表会じゃないんだから」

「いつまでも子供よ、30になっても」

「まだなってない!」


 まだ29歳だ。アラサー、ギリギリ20代。まぁ口で言っているほどそんなに気にしていない。……本当だよ?たぶんそれは稀莉ちゃんの存在があるからで、良くも悪くも安心してしまっている。「善処します」といって、歌手活動の話すからずらす。


「二人は昨日からいたんだよね?どこか、いったの?」

「浅草に、スカイツリーよ。初めてスカイツリーに上ったわ。あいにく雨だったけど」

「そりゃ梅雨だからね」


 定番の東京観光スポットだろう。浅草寺で写真を撮ったの、仲見世通りは人が多かったわ、揚げまんじゅうを食べたと感想を述べ続ける母に、ひたすら相槌を打ち続ける父親。バランスがとれた二人だ。まぁ楽しんだようで何よりだ。

 で、


「なんで東京に来たの?」


 わざわざ観光のためだけに、ということはないはずだ。こっちに来るのだって安くないし、時間がかかる。よっぽどのことがないと来ないだろう。


「やっちゃんのところに子供が生まれたのよ」

「やっちゃん……あぁ」


 やっちゃんというのはお母さんの妹の娘さんだ。私の従妹ということになる。私より年下だったよな……。その従妹さんにお子さんが生まれたということで会いに来たというわけだ。ただ住んでいるのは東京ではなく、埼玉だ。せっかくだから東京観光も兼ねているのだろう。


「それはおめでとうって、なんで私に連絡が……あるわけないか」


 連絡先すら知らない。私って仕事以外の交友関係狭いな……。


「子供さんも大きくなったらあんたのアニメを見るかもよ」


 嬉しいような、どこか悲しいような。子供がアニメを見てくれるのは嬉しいことだが、知り合いのお子さんとなると心はちょっとだけ複雑だ。


「今日行くの?」

「明日よ。今日はあんたに時間を使う予定」

「ちゃんと前もって連絡してよ……。午後は収録なくて空いているけどさ。明日も仕事だし」

「明日は休日よ?」

「声優にカレンダーは関係ない」


 むしろカレンダーの休日こそイベントが入ったり、生放送があったりして忙しい。


「あらそうなの。仕事があることはいいことね」

「そうだね、そうだけど」


 母親に言われるのは何か違う。


「私に何処を案内させる気?」

「観光ガイドとしてあんたを頼る気ないわ」


 大学を入れて10年以上東京に住んでいるので少しはあてにしてくれてもいいのに。


「奏絵の家に行くわよ。どうせ汚いんでしょ。掃除してあげる。食事もロクなもの食べてないだろうし、少しは作り置きしとくわ」


 キタ。

 私の住む場所に行く。予想された事態だ。

 前までだったら私の汚部屋に案内していたが、それはそれで説教されそうで怖いが、今は私だけの家ではない。


「汚くないし、食事もちゃんとしている。あの家から引っ越したの」

「あらそうなの。ちゃんと連絡しなさいよね」

「メールはしたよ、メールは」

「アプリで連絡しなさいよ」

「入っているの?」

「スタンプだって使えるんだから」


 適応力が高い。


「でさ……」


 言わないといけない。誤魔化しきれない。


「一緒に住んでいる人がいるんだ」


 母親より、先に父親が目を見開き、口に出す。


「奏絵、男、男なのか!?」

「男性じゃない!女の子!」

「ルームシェアってやつね」


 母親の方が落ち着いている。


「まぁ……そういえばいいかな」

「何人で住んでいるの?」

「3人」

「そう、それならお邪魔するのは迷惑かしら」


 私には遠慮ないが、他の人がいるとなると母も大人で、気をつかう。


「ううん、話はしてある。来ても大丈夫だよ」


 今朝、稀莉ちゃんと晴子さんに両親が東京に来ていることは話した。「もしかしたら連れてくることになるかも?」と私が言ったら、晴子さんは張り切っちゃって「じゃあ今晩はご馳走つくりますね」と言ってくれた。稀莉ちゃんも「いずれ会うなら、早めに挨拶をするべきね」と承諾してくれた。

 問題はない。けど、どこまで話していいのかは、決めかねている。

 

「よかったら、うちに来てよ」


 結論は出ぬまま、呼び込んでしまう。

 思えば、人を呼ぶのはこれが初めてだった。

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