第28章 曖昧オフライン⑤

「どう、奏絵?」


 お姉さんにより化粧を終えた稀莉ちゃんがこちらを見る。


「っ」


 思わず息を呑む。


「ちゃんと見てよ」

「……いい」

「もっと褒めてよ」


 彼女がそう言うも私は顔を背ける。

 なにこれ。この感情。

 すごくきれいで直視できない。

 自分でも焦る。ただ化粧をしただけ、それにイベントの度に多少なりとも化粧した彼女を見ている。それなのに見違えるほどに良くて、心が騒ぐ。

 知っている。素材は元から抜群なのだ。それが本気を出したら化ける、化けまくる。もう子供ではない、大人の女性だ。


「顔がいい……」

「はい?」

「すごく素敵だよ、稀莉」


 素直に賛辞を送る。負けだ。お手上げ。

 彼女は私の言葉に満足したのか、笑顔で店員さんに購入の意志を伝える。


「これください!」

「はい、ありがとうございます」


 本当敵わない。先に惚れたのは稀莉ちゃんのはずだが、今では私もかなりの重症だ。顔だけじゃない。見た目だけじゃない。声だけじゃない。全部含めて好きなのだが、それでも改めてこの顔は卑怯である。抜群に可愛いよな……。

 購入する彼女の後姿を見ながら、よく普通に一緒に暮らしていけているなと思う。毎日化粧し出したら、心臓が持つ気がしない。



 × × ×

 初めてのデパコスを堪能し、帰り道もウキウキだ。「これから化粧もたくさん覚えるんだ~」と嬉しそうに稀莉ちゃんが話す。来て良かった。本当綺麗な稀莉ちゃんが見られて、良かった良かった。うん、破壊力抜群すぎだった。

 駅を降り、家まで同じ傘に入りながら歩く。


「ねえ、稀莉ちゃん」


 彼女は「ん?」とカワイイ声を出す。いまだに横の彼女を見られず、前を向きながら私は話す。


「改めて言うね、私のかの」

「待って」


 言い終える前に遮られる。

 

「もうわかっているよ、それに今はいい」


 彼女になってください、付き合ってください。

 改めて、言葉にすることを止められた。 


「その言葉に甘えちゃうから」


 わかっていると言い、カタチにすることを拒まれる。

 甘える。どこまでもストイックで、その彼女の強さは私を困らせる。

 気にしていた棘は抜けない。何もしなければ痛みはないけど、目に見え、触るとチクチクと痛い。


「でも」

「今は頑張る時なの」


 頑張る時、そういう彼女の声は強くない。

 ……稀莉ちゃんの現状はわかっている。


 主演が全然とれていない。


 『空飛びの少女』の2クールが3月に終わり、映画は決定しているものの、それ以降メインの役を稀莉ちゃんはとれていないのだ。

 同棲の条件の『1年で主演5本』が1本も達成できていない。ラジオの復活や同棲でドタバタしていたこともあり、その現実を直視してこなかった。

 

「ともかくオーディション受けないと」


 いや、そんなことはないはずだ。稀莉ちゃんだって何度もオーディションを受けているし、希望を出しているだろう。彼女が現実を一番理解しているだろう。

 けど、結果は出ていない。

 そもそも主演を1つ取るだけでもかなり幸運なのだ。単に実力だけでとれるものではない。


「あんまり根詰めないでね」

「今頑張らなくて、いつ頑張るの」


 私の心配も振り払う。


「ごめん、そうだよね」

「でもありがとう。こうやってちょっとデートできるだけでだいぶ救われているわ。リフレッシュできるし、また前を向ける」


 その言葉は普段なら嬉しい。


「私は、負けない」


 けど、危うい。

 しかし前を向く彼女に、私と一緒にいるために頑張ろうとする彼女に、「あんまり頑張らないで」、「気を張りすぎないで」とはいえない。


「……」


 最適解が浮かばない。

 何か言う前に、マンションの前に着いた。

 少し考えたかったので、「コンビニ行ってくるよ」と言い、彼女は「わかった」と一足先に家に帰っていった。


 雨が強まり、傘に叩きつける音が強くなる。

 そんな中一人歩く。傘がやけに広く感じられる。


「うまくいかないな」


 同棲(仮)を始めた。

 楽しいこともたくさんある。彼女との時間が増え、嬉しい毎日だ。稀莉ちゃんのことがますます好きになる日々。監視役の晴子さんもいるが、むしろ料理などご馳走になっており、非常に助けられている。

 何も問題ないのだ。

 楽しい。嬉しい。私が選んだ愛おしい日々。

 同棲をして良かったと、声を大にして言える。


 でも、完ぺきではない。

 危うさと、脆さを含んでいる。

 条件が達成できなければ、この幸せは終わる―。

 そう、このままではバッドエンドが待っているのだ。この暮らしが始まったばかりだというのに、互いに終わりを意識してしまうほどに、達成の壁は高い。

 終わる。そうならないために頑張る。でも料理の腕はともかく、どうにもできないこともある。

 

「私に何ができるだろうか……」


 空はまだ晴れない。

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