第28章 曖昧オフライン③
100回目の放送も無事撮り終え、小休憩。今日は2本録りなので続けて101回目だ。目の前に並べられたご飯を食べながら話をする。
「植島さん、100回だからってスーツの必要はなかったですよね?」
「そうだが、カタチから入るもんだよ。たまには気合いれないと」
私たちは毎回SNSの告知で写真を数枚とるが、構成作家さんが映ることはない。植島さんクラスの敏腕作家だと検索すれば顔は出てくるが、自分から前に出るキャラでもない。
「それにしても多いわね」
お嬢様の稀莉ちゃんがいうほど、テーブルには社交パーティーのように料理が並べられている。ピザに、寿司に、ケンタに、ドーナッツ。うん、カロリー高めである。
「まだケーキもあるから」
「この番組、予算余っているんですか!?それならもっとロケに行きましょうよ」
そう言いたくなるほど、今日は豪華すぎる。数ヵ月前の私なら涙が出るほど喜んでいたが、悲しいかな、メイドさんに餌付けされた今、日々の食事で満足しすぎている。舌が肥えるのも考え物だ。
「よしおかん、何なの収録中のあれ。咀嚼音をお楽しみください!って」
「ごめん、ちょっとした放送事故だったよね……。二人とも無言でかすかに音が聞こえるだけなんて」
「わかっているならやるな!と言いたいけど、私もやったし、共犯者だわ」
「大丈夫、租借音フェチいるから。最近はご飯食べている動画上げている人も多いよね~」
「ASMRってやつよね。世界は広い……」
「確かに食事音を聞くのはちょっとと思うけど、意外と需要あるんだろうね」
「口をきちんと閉じて食べなさいと言われて育ってきたのに……」
「うん、それが正しいよ。あ、でもいい音なるグミあるよね。噛むと意外とパリッとして」
「あーこないだ収録の時に貰ったわ。確かに面白い感覚だったかも」
声だけじゃない。演技や、ラジオの音声、歌声を超えて、意外な物が流行る時代だ。ドラマCDでささやいたり、罵ったり、添い寝風だったり、色々なジャンルが開拓されてきたが、その幅はどんどん広がっている。
「音が売れる時代だもんね」
「困ったらよしおかんの耳かきCDだしましょう」
「小さい頃おかんに膝枕して、耳かきしてもらった頃のことを思い出すね……ってやかましい!」
いや、混沌としている。音だけでなく、映像も込みでが当たり前となっている。それは本人がそのまま顔を出したり、バーチャルYouTuberのキャラクターとして声を出したりとテレビ局、ラジオ局の枠にとらわれず、羽ばたいている。私や稀莉ちゃんにVTuber的なオファーは来ていないが、周りでやっている声優さんもいる。再生数による収益、投げ銭など、稼ぎ方も変わってきている。キャラを演じるというよりは本人の素を出し、それが視聴者に受け入れられている。本人の個性が評価される点はラジオも同じだが、それ以上に曝け出しているといえるだろう。
土俵は違う。でも少し脅威を感じている。
「はいはい、101回目の放送に入る前に、ここでちょっと話そうか」
植島さんが空気を変える。
「3年目のラジオの目標を」
自然と私と稀莉ちゃんの背筋が伸びる。
「佐久間君が復活して、すっかり、いや今まで以上に面白いラジオになったと自負している」
「そう」
「ありがとうございます」
「しかし、止まっていては駄目だ。攻めすぎても駄目だが、それでも停滞させてはいけない」
2年目は攻めすぎたかもしれない。ラジオの賞の記念に雑誌撮影までは良かった。しかし番組テーマソングづくりは失敗した。曲自体は良くできていたが、問題だったのは私たちの実力差だ。
自分でも言うのも何だが、私には歌の才があった。それは稀莉ちゃんを傷つけてしまうほどだった。彼女は一度歌えなくなってしまった。そして私たちは距離を置く決断をし、稀莉ちゃんは一度番組から離れた。
稀莉ちゃんの成長、克服により、再び戻って、一緒に歌えるようになったが、でもまたテーマソングを出すなどはしないだろう。同じことはもうできない。もう一度はないのだ。
「イベントはやりたいわ」
稀莉ちゃんの提案に私は首を縦に振る。
そうだ、これっきりラジオのイベントをやったのは、約1年前。前回はイベントを機に、稀莉ちゃんは離れていった。あの想いを払拭すべく、夏、秋にはぜひイベントをしたいものだ。
「いいね、久しぶりにグッズ出したい」
「まだ前回の在庫も残っているしね」
残っているのはきっと団扇だろう。社内に無料配布して、早く捌けて欲しい……。
「せっかくだからどこかの大学の文化祭に行って、イベントをするのもいいかもしれない」
「あ、面白いですね、それ。じゃあ稀莉ちゃんの大学に」
「絶対に嫌だ!」
言葉以上にすごく嫌そうな顔をしている。でも同級生さんに仕事姿を見られたくない気持ちはよくわかる。私も大学の人たちには仕事のことひた隠しにしていたものだ。
「いいじゃん、稀莉ちゃんの大学を見てみたいし」
「普通に来ればいいじゃない」
「いや……、さすがに普段の女子大生の中では私浮くって……」
「頑張れ」
「励ますな」
キラキラとした女子大生の中で耐えきれる自信が無い。
「それにしても3年目なのね」
「馬鹿言っているんじゃないよ♪」
「よしおかん、なにそれ」
私の代わりに植島さんが答える。
「佐久間君にはわからないか、『3年目の浮気』だよ」
「はぁ!?」
「いやいや、そういう歌なの!」
「でも吉岡君世代でもないよね」
それもそうだ。これでも平成生まれで、私が生まれる前の曲だ。でも何かと聞く機会はあり、コミカルな曲調と歌詞に少し笑ってしまう。
「なによ、この歌詞!」
携帯で調べた稀莉ちゃんが憤る。
「浮気なんて許さない!」
「まぁまぁそういう心情も少しだけわかるな~っていう歌なんだよ」
「両手をついて謝っても許してあげない」
浮気は絶対に駄目。するつもりないけど、そう心に深く誓った私であった、マル。
閑話休題。話を元に戻す。
「ともかく感謝を伝えたいですね。イベント、文化祭、収録映像でも、何でもいいからリスナーさんが喜ぶ、これからを期待してくれる、そんなことをしたいです。……抽象的ですみません」
「そうね、私もよしおかんと同じ気持ちよ」
同じであることは嬉しいし、いつも通りであることは難しい。普通であることに感謝すべきなのだ。
けど止まっていたら時代に置いてかれ、人々は離れていく。中にはそれでいいと残ってくれるリスナーもたくさんいるだろう。でも変わり映えのない毎日を、新規の増えない番組を会社や、偉い人は許さない。
変わらなくてもいい。でも進んでいくしかない。時代も、業界も変わり続け、模索し続ける。正解はわからないし、失敗するかもしれない。
「わかった。まずはイベントだ。文化祭もやる方向で調整しよう。さらに他のことも考える、二人も案が思いついたらどんどんいってくれ」
「「はい」」
「今年はラジオ番組の最優秀賞を目指そう」
「「はい!」」
今までだったら、「私達なんて……」と言っていたが、今はためらわない。やれることは何でもやろう。そして1番を目指そう。
3年目はさらにパワーアップする。もっと盤石に、もっと知ってもらって、もっと私たちは輝くんだ。二人なら、私達ならできる。
……残った料理はスタッフさんが美味しくいただきました。
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