第28章 曖昧オフライン②

 扉を開けるといつもの光景がある。


「おはようございます!」


 私に気づき、ラジオのスタッフから声が返ってくる。お馴染みのスタッフの、何度も聞いた声。実家のような安心感がそこにはある。

 番組をつくる上でメンバーがこうも変わらないのは珍しい。主要なスタッフは固定でも、ちょくちょくスタッフが変わることは多い。それももう2年間やり切った、3年目なのだ。同じメンバーでずっとやれていることは奇跡に近いだろう。

 そう、ただでさえラジオ番組の終わりの危機を迎えたのだ。今こうやって収録できることは非常にありがたく、嬉しいことだ。

 奥へ進むと構成作家の植島さんもいた。


「おはようございます、植島さん」

「ああ、おはよう、吉岡君」


 だが、植島さんだけが今日はいつもと違った。スーツで、髭もきちんと剃られており、髪はもじゃもじゃだがそれでも整えられている。


「今日はきっちりとした格好ですね?」

「いつもジャージな人に言われたくない」


 それは1年目の印象で、最近はそういうこともないのだが、初期に植え付けたられた印象というのはなかなか払拭できない。

 

「なんか大事な会議があったんですか?」

「いや、今日の初仕事はこれだ」

「この後会食とか?」

「最近領収書切るの厳しくてさ、全く行かなくなった」

「じゃあ何でこんな正装しているんですか、もしかして今日でこれっきりラジオ最終回なんですか?」

「……いや、終わらないけど。吉岡君忘れている?」

「へ?」


 アラサーに近づいたからって物忘れが激しくなった?……自分で自虐するのツラい。


「おはようございます、佐久間稀莉です」


 答えが出ぬまま、稀莉ちゃんがやってくる。もう高校生ではないので、制服を着てくることはない。ワイドシルエットの濃い紺色のパンツに、ゆったりとしたシルエットのトップスは白を基調としながら、青のボーダーが控えめながら映える。厚めのスポーツサンダルは雨の時期には適した格好といえよう。

 しかし朝に家で会ったのに、またお昼に仕事場で会うとは何だか変な感覚だ。一緒に来ても良いのだが、同棲バレを防ぐためわざわざ出る時間をずらしている。念には念をだ。


「じゃあ打ち合わせを始めようか」

「え、私の疑問には答えてくれないんですか?」

「打ち合わせをすればわかるよ」


 大事な回だということに気づいたのは、すぐだった。


***

奏絵「始まりました」


稀莉「佐久間稀莉と」

奏絵「吉岡奏絵がお送りする……」


奏絵・稀莉「これっきりラジオ~」


奏絵「今日もじめじめ!」

稀莉「梅雨は嫌になっちゃうわね。移動も億劫だわ」

奏絵「気分もどよーんと沈みがちだよね」

稀莉「でも今日はそんなじめじめを吹き飛ばす、記念すべき回よ」


奏絵「今日の放送でこれっきりラジオが第100回を迎えました!」

稀莉「わー、めでたい」

奏絵「100回って凄いね。初めての体験です」

稀莉「長く続けるって凄いわ。そんな大事な回だというのに、忘れていたのは誰でしょうか」

奏絵「うう、私だよ。いちいち何回って意識しなくない?番組の初めに『今日は第何回放送です』と言わなくなったし」

稀莉「でも台本の表紙にはきちんと第何回って書かれているわよね?さすがの私も97回ぐらいからは意識し出したわ」

奏絵「いや、だってさ、台本基本使わないし……」

稀莉「ちゃんと仕事しなさいよー」

奏絵「いや稀莉ちゃんの台本もただの落書き帳だよね?有意義なことは何も書いてないよね?」

稀莉「それでは始めましょう、今夜は一人っきりじゃなーい」

奏絵「置いてかないで~」


稀莉「『吉岡奏絵と佐久間稀莉のこれっきりラジオ』は、あなたの暮らしを彩るお店、〇×と」

奏絵「刺激的な毎日をさらに刺激する炭酸飲料、▽□の提供でお送りします」


~CM~


奏絵「100回続けたことってなかなかないよね」

稀莉「意識してすることは確かにないわね。それこそ縄跳びとか、腹筋とか腕立てとか」

奏絵「え、そんな回数こなすの?稀莉ちゃん、筋トレガチ勢!?」

稀莉「声を出すにもまず体からよ。適切な筋肉。って、よしおかんも弛んだ身体じゃないわよね」

奏絵「うーん、陸上やっていたおかげかな。それに最近は歌のレッスンに振り付けもあるからよく動いている」

稀莉「あんなにお酒飲みなのにね」

奏絵「最近は控えているでしょ?」

稀莉「私にはわかりませーん」

奏絵「わからないわけ……あるよね」

稀莉「どっちなの!?」


稀莉「はい、おたより読むわよ」

奏絵「あれ、よしおかんに報告だーのタイトルコールは?」

稀莉「もう必要なくない?飽きたでしょ?」

奏絵「雑!」

稀莉「はい、読むわよ。ラジオネーム『ワサビメドレー』からよ」

奏絵「さん付け、ちゃんとさん付けしなさーい」

稀莉「省エネよ、エコよ」

奏絵「そんなところで環境に配慮しないでー」


稀莉「うるさいわね、読むわよ。『稀莉ちゃん、よしおかん、こんにちはー』、はい、こん」

奏絵「また省エネ!」


稀莉「ツッコミもエネルギー使うから無視します。『僕は昼休みは毎日サッカーしに

グランドに出る陽キャなんですが、最近は雨の日ばかりで外に出られず、クラスで静かに過ごしていて暇です。静かに読書もできず、机に突っ伏す毎日。陽キャの私には辛い時期です。お二人は空き時間って何をして時間をつぶしますか?』」


奏絵「全然陽キャじゃない!陽キャは雨の日だってきっとはしゃぐ」

稀莉「そうね、教室でも騒がしくしてそう。友人に囲まれてずっと話題が尽きなそうだわ」

奏絵「そうって、稀莉ちゃんは陽キャじゃないの?」

稀莉「陽キャに見える?」

奏絵「陽キャであっても可笑しくないカワイイ容姿だよね。まあでもお淑やかな雰囲気もあるかも」

稀莉「……もう1回言ってください」

奏絵「お淑やかではない……か」

稀莉「そっちじゃない!」

奏絵「私は雨の日はクラスの友達とトランプしたり、高校で大会近い時は楽器の練習していたかな」

稀莉「陽キャ!」

奏絵「それぐらいで?」

稀莉「読書か昼寝以外は陽キャです」

奏絵「陽キャセンサー厳しすぎる!」


稀莉「で、質問にも答えときましょうか。空き時間何をしますかって?」

奏絵「最近はスマホでゲームかな」

稀莉「この人、意外とガチ勢過ぎて引くんだけど」

奏絵「稀莉ちゃん演じるアイドルステップのシャルちゃんが可愛すぎるのが悪い。今月のレインコート姿が良すぎてですね」

稀莉「目の前の私より私のキャラに夢中なのよね……。えげつない額かけているし……」

奏絵「嫉妬?」

稀莉「ええ、そうよ」

奏絵「否定しない!?」

稀莉「私にお金ください」

奏絵「あげるか!」

稀莉「私に課金すれば、実質キャラに課金されるのよ」

奏絵「う、うん?」

稀莉「まぁ置いといて、収録と収録の合間ってけっこう時間あくわよね。余裕持って移動するからだけど」

奏絵「そうだね、遅刻は厳禁だから早め早めの行動が大切。空いた時間は台本チェックしたり、漫画読んだり、小説読んだりかなー。私がデビューしたころは小説や雑誌持ち歩いていたけど、今は携帯一つで済んじゃうから便利だよね」

稀莉「そうね、複数仕事あると台本をそれなりの数持ち歩くし、できるだけ持ち物は少ない方がいいわ」

奏絵「あとはちょうど空いた人と一緒にカフェで話したりとかかな~。次まで時間ある時はちょっと話しましょう~ってなるかな」


ぐー


奏絵「……すみません、めっちゃお腹の音が入りました」

稀莉「朝ご飯、あんなに食べてたじゃない」

奏絵「そうだね、そうそう、きりちゃ、え、ああああ、収録前にそう、そうなの!オニギリ食べていたよね」

稀莉「何をそんなあせ……、そ、そうね!収録前に食べていたじゃない」

奏絵「で、でも今日はしょうがない!だって、100回記念で豪華な料理が」

稀莉「音声じゃわからない!」

奏絵「用意してくれるなら、ご飯抜いてきたのに」

稀莉「そしたらもっとお腹の音が入るわ」

奏絵「お腹の音フェチの人は大歓喜だね」

稀莉「いないわよ、そんな人。……いないわよね?」

奏絵「世界は広い」

稀莉「知りたくない!」

奏絵「ともかく早く食べようよ。せっかくの100回記念だよ」

稀莉「私食べているから喋ってってー」

奏絵「ラジオのかけ合いとは」

***


 朝ご飯のくだりがカットされず、少しだけ頭を抱えた。大丈夫、バレない。バレないよね?

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