ある日の収録⑦

***

奏絵「ラジオネーム『未完の蜜柑大使』さん。『よしおかん、稀莉さま、こんにちはー』」

稀莉「はいはい、こんにちはー」


奏絵「『推しのアイドルがグループから卒業することを発表し、ショックを受けています。これから一人で頑張ってほしい!と思うものの、メンバーとの関係性が好きな私は複雑な気持ちです。お二人はこのような時どうしますか?今まで同じような経験があったらぜひ教えてください』」


稀莉「重いわね……」

奏絵「単推しだけど、箱推しでもある感じなのかな、蜜柑大使さんは」

稀莉「箱推し?」

奏絵「グループ全体を応援する人のことだよ。特定の人だけじゃなく、グループだからこそ好きな人ってことかな」

稀莉「ふーん、じゃあ私は単推しなのね」

奏絵「何の!?」

稀莉「え、よしおかん単推しのことだけど」

奏絵「…………えー、恥ずかしいのでリスナーの回答に戻りましょう」

稀莉「逃げるな!」

奏絵「逃げるよ!確かにアイドルグループ推していると、その中の関係性が好きだったりもするよね。それは単独では発揮できない良さでもある。うーん、私は皆ほど激しく推したアイドルいないから、経験はないけど気持ちはわかるなー」

稀莉「このラジオも二人の関係性が好きだから聞いてくれる、そういうリスナーさんもいるのよね、きっと」

奏絵「そう、そうだね!最初は単推しだったかもしれないけど、気づいたら箱推しになっている。そういうことって多いよね。これっきりラジオもそうだと嬉しいな」


稀莉「で、どうするかってことだけど、卒業した人も、卒業したグループも両方応援していくしかないんじゃない?物足りなさもあるかもしれないけど、永遠に続くグループはないのよ。まだ卒業させてくれるだけマシよ」

奏絵「辛い、辛いけどそうだね……。回答になっていないかもしれないけど、推せるときに推しましょう」

稀莉「声は届くわよ。頑張れ、蜜柑大使」


奏絵「卒業といえば、3月に稀莉ちゃんは高校を卒業したんだよね?」

稀莉「ええ、おかげさまでしっかりと卒業しました」

奏絵「うう、ごめん。3月は色々あったよね……。卒業式は泣いた?」

稀莉「泣かないわ。皆、そのまま東京にいる人がほとんどだし」

奏絵「そうか、そうだよね。私は東北から東京に来たから、ほとんどの人が高校で離れ離れで寂しかったな~」

稀莉「いったい何年前の話よ」

奏絵「えーっと、10年以上前……?え、待って、時の流れってそんなに早いの!?10年、10年!?」

稀莉「はい、動揺している人は置いといて、私は留年せず、きっちりと卒業証書を貰い、高校を卒業しました」

奏絵「卒業証書懐かしいな~。筒ですぽん、すぽんと外して遊んだな。あの音が癖になるんだよね」

稀莉「筒?なにそれ」

奏絵「え、卒業証書を入れる筒だよ」

稀莉「あ~……確かにアニメや漫画で見たことあるわね」

奏絵「へ?今は違うの?」

稀莉「ブック型よ」

奏絵「ブック型?」

稀莉「本のように開く形式。中に卒業証書が挟まれているの」

奏絵「なるほど、今はそんな感じなのか。確かに筒って保管面倒だったからね。ブック型だと本棚に一緒に入れられ、かさばらない」

稀莉「時代によって違うのね」

奏絵「時代とか言わないで!ジェネレーションギャップ感じる!」


稀莉「じゃあ、卒業式に歌う曲も違うわよね?」

奏絵「仰げば尊しは歌うよね?」

稀莉「歌った、歌った」

奏絵「問題は他の曲だよね……。最近だと日付の入った歌うたいそう」

稀莉「3月9日?私は歌ってないわ」

奏絵「ここで、植島さんから卒業式定番ソングリストが!あ~懐かしい、懐かしい!」

稀莉「私でも知っている曲ばかりね。ビリーヴやCOSMOSは合唱で歌ったことあるわ」

奏絵「合唱曲は10歳違っても変わらないねー。TomorrowやBEST FRIEND懐かしい~」

稀莉「聞けば全部知ってそうだわ」

奏絵「で、結局卒業式では何を唄ったの?」

稀莉「旅立ちの日に」


奏絵「この広いー♪」

稀莉「この広いー♪」

奏絵・稀莉「大空にー♪」


稀莉「って、つい歌っちゃったじゃない。お金とられないわよね?」

奏絵「大丈夫、きっと大丈夫。植島さん、首を傾げないで~。まぁ式で歌うのはそんなに変わらないらしいです、よかった~」

稀莉「はいはい、よかったわね」


奏絵「でも、稀莉ちゃんの卒業式見たかったな。卒業証書受け取る稀莉ちゃん見たい」

稀莉「親でもないのに見られないでしょ」

奏絵「よしおかんなのになー」

稀莉「卒業式なら、まだ大学があるわ」

奏絵「大学の卒業式だと袴だよね。稀莉ちゃんの袴姿いい、絶対にいい!絶対に似合う!!絶対に行く、写真撮りに行く!」

稀莉「盛り上がっているんじゃないわよ。まだまだ先の話よ」

奏絵「それまでラジオが終わらないといいな……」

稀莉「不吉なこと言わないの。よしおかんも袴きたの?」

奏絵「うん、着たよ。小花柄の薄黄色の着物だったかな~。エンジ色の袴でね~」

稀莉「見たい!写真見せて!」

奏絵「ない!」

稀莉「嘘、絶対にあるでしょ!」

奏絵「やだ、恥ずかしい!ないったらない!」

稀莉「よしおかんの同級生さん、写真持っていますよね?謝礼金用意します。ぜひ番組宛までに送ってきてください!」

奏絵「勝手に募集するなー」

***


「で、本当に写真見せてくれないの?」

「稀莉ちゃんの卒業式の写真見せてくれるなら考える」

「うーん…………、仕方ないわね」

「めっちゃ悩んだね」

「だって恥ずかしいもの。でも奏絵の綺麗な姿みたい気持ちが勝った」

「勝つな」

「勝つわよ」


 そういって街の外だというのに、腕にしがみつく。変装しているとはいえ、大胆だ。

 今までだったらびっくりしてしまったけど、最近では落ち着いて受け入れている。胸はバクバクと主張しているけど。


「……まだまだ卒業できそうにないな」


 小さく呟いた言葉もしっかりと拾われる。


「一生、私から卒業させてあげない」


 一種の脅迫も、悪い気持ちがしない。「毒されているなー」と思わず苦笑いする私であった。

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