番外編④
ある日の収録⑥
今日も今日とて収録は始まる。
***
稀莉「大学に入って初めて食堂を使ったの」
奏絵「もう5月だよね?4月はどうしていたの」
稀莉「仕事もあったりで忙しくて、購買で買うぐらいだったわ」
奏絵「私の時は重宝していたけどなー。食堂はやっぱり安い。栄養もきちんと考えられているしね」
稀莉「でも一人だと訪れづらいのよねー」
奏絵「わかる。授業も選択制が多いと、皆と被らないしさ」
稀莉「ボッチ飯も耐えられるメンタルをつけていきます」
奏絵「その前に友達をつくろう?」
稀莉「初めてといえば、よしおかんの初めてはいつだった?」
奏絵「はい!?初めて!?」
稀莉「何驚いているのよ、キスのことよ」
奏絵「あーなるほどね。キス、え、キス!?天ぷらにしたら美味しいあれではなく!?」
稀莉「魚じゃないわよ。キスよ、口づけ、接吻。よしおかんが初めてキスした相手は?」
奏絵「え、なにこれ。えーっと、親とかは無しだよね?」
稀莉「何言っているのよ。アニメで親とキスなんてないでしょ」
奏絵「アニメ……?」
稀莉「役での初めてのキスはいつって話よ」
奏絵「紛らわしすぎる!!!!!!!」
稀莉「声優ラジオで聞くんだからそうでしょ。よしおかんのリアルの体験なんて聞きたくないわ」
奏絵「……本当に聞きたくない?」
稀莉「聞きたいけど、地雷な気もするから聞かない」
奏絵「大丈夫。何も地雷はない」
稀莉「え、それって私とのキスが初めてだったってこと?」
奏絵「違う違う違う!」
稀莉「もう、必死に否定しちゃって~」
奏絵「というか稀莉ちゃんとキスしていない!!していないですよ、リスナーさん!また稀莉ちゃんがふざけちゃって!」
稀莉「舞台袖で……」
奏絵「うわー、何も、何もない!こう否定するのすら逆に怪しくなっちゃうでしょ!!」
稀莉「よしおかんったら純真なんだから~♪」
奏絵「何でやたら機嫌が良くなっているの!?戻そう、話戻そう!」
稀莉「もう仕方ないわね」
奏絵「で、役でのキスか……。案外無いよね。相手も誰だったか、あんまり覚えてない」
稀莉「そうね。私も元気な女の子の役だったり、男子がいないようなアニメだったりが多いから数回ぐらいね」
奏絵「実際の所、収録現場でリップ音出すの滑稽だよね。だいたいは手の甲に唇を当てて出すのが多いかな」
稀莉「私は口のなかで『ちゅっ』って言葉にならない音を出してするかな。私がやったのだと頬に一瞬するぐらいで、そうしたわ」
奏絵「確かに私も一瞬が多いかな。大人の女性の役少ないしな……。最近は先生や、お母さん役も増えてきたけど」
稀莉「よしおかんがお母さんってマジウケる」
奏絵「ウケるな。それだとなかなかキスしないし」
稀莉「でも最近百合アニメも増えているわよね。前クールもやっていたわよね、女の先生と女生徒の禁断の恋愛アニメ」
奏絵「あーあったね。1話に1回はノルマでキスしていたよね。凄いアニメだった」
稀莉「だから今後そういう役を演じることもあるかもしれないわ」
奏絵「お母さんでも?」
稀莉「あるかもしれないじゃない。ジャンルは幅広いのよ」
奏絵「え、植島さん。それなら練習してみましょうって?」
稀莉「それは嫌。さすがに恥ずかしい!」
奏絵「そう言われるとやってみたくなる吉岡奏絵なのであった」
稀莉「何で乗り気なのよ!?」
奏絵「面白そうじゃん。それにラジオだと、こう、妄想が進むというかさ」
稀莉「……確かに。実際に私とよしおかんがしているのかと思わせることもできるわね。既成事実つくれるわ」
奏絵「怖っ、やっぱやめよう!」
稀莉「だーめ☆」
奏絵「くっ、笑顔がカワイイ」
稀莉「じゃあ先生役がよしおかんで、生徒役が私。シチュエーションは補習で残っている二人ということで」
奏絵「設定考えるのはやっ!」
稀莉「はい、スタート!!」
稀莉「おわったー」
奏絵「お疲れ様。佐久間さん、これなら本番のテストも大丈夫ですね」
稀莉「だいじょばない」
奏絵「あらまだ補習が足りないの?」
稀莉「そうみたい。私、まだまだ先生と補習したい」
奏絵「また、この子は揶揄って」
稀莉「私は本気だよ。告白だって嘘じゃないから」
奏絵「佐久間さん……」
稀莉「信じてない?信じさせてあげる」
稀莉「チュッ」
奏絵「さ、佐久間さん!?」
稀莉「今は頬っぺただけど、今度はここにするんだから」
奏絵「わかりました佐久間さん」
稀莉「え、先生」
奏絵「チュー―」
奏絵「あんまり先生を揶揄っちゃいけませんよ」
稀莉「先生、嬉しい!チュ、チュ」
奏絵「駄目、誰か来ちゃうわ」
稀莉「先生は嫌?」
奏絵「嫌なわけありません。チューーーーー」
稀莉「先生……、チュッ」
奏絵「佐久間さん……、チュッ」
稀莉「はい、終了終了!!」
奏絵「何この空気!スタッフ、皆目を逸らさないで」
稀莉「まさかよしおかんが本当にキスしてくるとは」
奏絵「してないからね!?」
稀莉「ふふ、真実はリスナーの皆さんにお任せします♪」
奏絵「意味深な感じで閉めないでーーーー!」
***
放送の次の日、家で私と稀莉ちゃんは晴子さんに正座されられていた。
「なんですかこの放送は!!」
「す、すみません」
「あまりに破廉恥すぎませんか」
「ごめんなさい。調子に乗りすぎたわ」
謝るも許してくれず、メイドの晴子さんは携帯アプリを使って、ラジオ音声を流す。
『チュッ』、『チュー』。……流される私たちのキス音。
拷問か、地獄か。めちゃくちゃ恥ずかしい。
「もう止めて、晴子……。身内に聞かれるのきつすぎる」
「目の前で流されるの、すごく恥ずかしいです……。ごめんなさい、止めてくれませんか」
保護者代わりの晴子さんも責任を持っているのだろう。見守り役としてふしだらなことはさせられない。例えそれがラジオだったとしても。
「リアタイで聞いていた私に謝ってください!この後、"きりかな"で妄想が捗りすぎて、仕事が手に着かなかったんですよ!!」
「きり?」
「かな?」
「ごめんなさい、"かなきり"を主張する一派もいますね。違うんです!順番なんてどっちでもいい!どっちでもありだ!」
あれ……?お目付け役……?
「晴子さん、すごく喋りますね……」
「一緒に住むうちにキャラ崩壊している。佐久間家にいたのは仮の姿だったのかしら……」
「こんなの聞かされたら、ますます気になっちゃうでしょ!私がいない間に、二人でリップ音を奏でていると思うと……ぶはっ。ごめんなさい、鼻血出てきました、ティッシュとってください」
「そんなことしませんから!?」
「してないわ!!」
ティッシュで鼻をおさえながら、疑いの眼差しで見ないでほしい。
「してないのもしてないで寂しいですね」
「どっちなの!?」
「いったいどうしたらいいんですか?」
鼻にティッシュを詰めた、ちょっと滑稽な格好で晴子さんは告げる。
「チュッチュする時は教えてください。カメラを準備して、こっそり撮影しますんで」
「「絶対教えるか!!」」
「大丈夫です、邪魔しませんから」
「「ちゃんと邪魔して!!」」
理解がありすぎるのも困ったものだ。
こうして今夜も、ラジオを超えた楽しい会話が繰り広げられるのであった。
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