第27章 直線系グラデーション④

 ふつうじゃない。

 ふつうである必要がない。


「娘さんが同性だから、好きになったわけではありません。確かに可愛くて、顔を見ているだけで笑顔になれて、声を聞くだけでドキドキしちゃって、そりゃ素材も超一流の女の子ですが、それに対し浮かぶ感情は、好意であって、恋ではありません」


 いや、好意以上の何かを持っているのも事実だけど。たまたま好きになった人が同性だっただけ。……果たして『だけ』なのか?稀莉ちゃんが男だったら、同じことになってたかというと疑問符が浮かぶ。

 開き直り。

 ふつうでなくて、何が悪い。


「稀莉ちゃんが、稀莉ちゃんだから好きになったんです」

 

 私に憧れて、好きになってくれた。

 私をどん底から、救ってくれた。

 私のパートナーとして手を取り合い、時にはライバルとして立ちはだかってくれた。

 

 彼女が、彼女でいてくれたから惹かれ、好きになって、手を取り合って、離せなくなった。


「私が1番憧れて、1番尊敬していて、1番大好きな人です。そこに性別は関係ありません」


 容姿や声に惹かれたが、本当に惹かれたのは彼女の頑張り、想い、本質、生き様。心だ。


「それは彼女の仕事が声優だから、彼女が声優を選んだからという理由もあると思います。お互い、声優になっていなければ会うことはなかったでしょう」


 声優でなければ、10歳年の差で、同じ立場で仕事をすることはなかっただろう。それも10代から、年上と対等に渡り合う事なんてほとんどない。


「いつか声優じゃなくなる時もくるかもしれません。私もいつクビになるかわからないですし、稀莉ちゃんも普通の道を歩みたくなるかもしれません」


 不安定で、未来に保証がない仕事なのだ。

 絶対はない。必ずとは言い切れない。


「それでも彼女とは離れたくない。ラジオもいつかは終わるかもしれない。けど、ずっと彼女と楽しく会話を続けていたい」


 終わりはいつかくる。永遠なんてない。

 それでも私たちの関係は続く。続けたい。


「正直、何を言っているんだろう?と思われているかもしれません。申し訳ないですが、理屈じゃ説明できません」

 

 それは、空にかかる虹に見とれた時のように、

 それは、空の青さに涙を流した時のように、

 それは、星空の輝きに目が奪われた時のように、


 心を動かす何かに、名前はつけられない。

 きっとそれは偶然で、運命で、奇跡で、錯覚で、呪いで、願望だ。

 一度取り憑かれたら、一度囚われたら、一度心が知ってしまったら、


「もう戻れないんです。これっきりなんてできない。私たちは、出会っちゃったから。美しさを、輝きを、きらめきを、とてつもない化学反応を知ってしまったから」


 ふつうではいられない。

 サヨナラの言葉はない。離れた時間が彼女への想いを強めた。もう彼女とは少しも離れたくない。


「だから、理香さん。許してください」


 隣の彼女の手を握り、掲げる。

 彼女は驚いた顔をしながらも、やがて微笑んだ。


「私はあなたの娘、佐久間稀莉さんが好きです」


 まっすぐに母親の顔を見つめる。

 微動だにせず、見つめ返してくる。私は、その強い眼差しに怯まず、逸らさない。


「ごめんなさい、もうこの手を離すことはできません。少しでも一緒にいたい、近くにいたい、彼女の声を聞いていたい。認めてくれないかもしれません。でも、一生かけて認めさせます」


 今日で認めてくれなかったら、また明日来よう。明日が駄目なら、その次。一生かかっても、認めてもらう。


「同棲がバレたら、仕事が減るかもしれません。そしたら考えます。無責任ですが、そうなっても諦めません。新しい仕事をみつけます。二人でできる、声優の仕事をみつけます」


 無くしたら、取り戻せばいい。取り戻せないなら、生み出せばいい。

 声優の仕事は多岐にわたる。それは私の考えの及ばない範囲にまで、ビジネスチャンスは広がっている。仕事を作ったっていい。


「同僚や、関係者に煙たがられるかもしれません。悪口を言われるかもしれません。でもそれ以上に私が彼女を笑顔にします」


 批判、悪口は辛い。でも、二人なら大丈夫。きっと味方になってくれる人もいる。世界は優しくないけど、厳しいことだけでもない。勝手にそうだと決め付けて、逃げるのが駄目なんだ。


「まぁ、確かに10代、10代は非常にまずいので、一切手を出さないことをここに誓います。誓約書に記載したっていいです。私は、彼女と生きたいんです。だから、一時の感情に流されません」


 20歳になるまでは、……我慢する。二人の未来のためなら、容易いことだ。


「私は、稀莉ちゃんと共に生きていきます。彼女の、明るい未来を奪います。私の残りの人生を捧げます。私は本気です。先延ばしもできません。ここであと1年、と妥協したくない。私の覚悟と、意地です。今です。私をみつけてくれた、また憧れてくれた、今しかないんです。けじめです。彼女を私に固執させた、辛い思いをさせて乗り越えさせた、声優の世界を辞めるきっかけを失わせた責任です」


 逃げる選択も、辞める選択も、別の選択もあった。

 それでも彼女は私を選んだ。私の手をとった。

 その勇気と、愛に私は報いたい。


「だから稀莉ちゃんとお付き合いすること、同棲することを認めさせてください」

「私からもお願い、お母さん」


 隣の稀莉ちゃんも一緒になってお願いする。

 

「……」


 黙ったままで、反応がない。


「お願いします、本気です」

「……」


 ……どうしよう。これ以上の言葉はない。誠意を見せるにはどうしたらいいのか。

 そう思っていたら、小さく声が聞こえた。


「……ハハ」

「へ?」


 そして顔を上げ、笑い声を上げた。


「あははっはははっははは」

「え、急にどうしたんですか」

「お、お、お母さん?」

 

 事態が飲み込めず、混乱している中、

 奥の扉が開き、カメラを持った男性が入ってきた。


「「え」」


 稀莉ちゃんと声が重なった。

 知っている顔だ。確か雑誌で見た、


「お父さん!?」


 隣から答えが出る。

 ああ、お父さん。お父さん!?映画監督の稀莉ちゃんのお父さん!?

 あれ、撮影に行ったはずでは……?


「いい画が撮れたぞ~」

「な、なにやっているのお父さん!?」

「こ、これはいったい……?」


 戸惑う私たちを見ても、カメラを止めない映画監督。

 代わりに、稀莉ちゃんのお母さんが説明をし始めた。


「ご、ごめんなさい。吉岡さんの本気度が凄くて、ははは、ちゃ、茶化してごめんなさい」

「このままドキュメンタリーで出したいよ。素晴らしい台詞。こんな情熱的な画は、現場じゃ撮れない」


 ……はい?


「もしかして、これって」


 私の問いに、ご両親がハモって答えた。


「「ドッキリでした」」


 舞台の上だったら、確実にズッコケていた。

 壮大な茶番。


「何よ、お父さんも、お母さんも!」

「嘘、ドッキリだったんですか……、あまりにも迫真の演技でしたね……」


 大物俳優が本気でやるなんて、私が見抜けるはずがない。まんまと策にはまってしまった。

 後ろを見ると、メイドさんが目をおさえていた。


「感動しました、すごい、すごい。ありがとう、吉岡さん、稀莉さん」

「何でハンカチで目を拭くほど号泣しているの、晴子さん!?」

「台本もなく、あんな熱い台詞を語れるなんて、吉岡さんは凄い声優ね」

「茶化さないで稀莉ちゃんのお母さん!」

「早く編集して、映画館で流そう」

「それは止めてください、稀莉ちゃんのお父さん!」


 さっきまでの張り詰めた空気が嘘のように、ゆるい空気に包まれる。

 なんだこれ。さっきまでの私の頑張りは何だったんだ。


「あー、もー、私かなり恥ずかしいこと言っちゃいましたよね」

「ごめんなさい、試すようなことをして」

「本当よ、お母さん!」

「稀莉も、そんな怒らないで。でもね、吉岡さん。聞けて良かった。あなたの気持ちは十二分に伝わりました」


 演技、茶番だったとはいえ、試されていたのだ。私は許され、認められたのだ。

 と思ったら、「でも」と理香さんは言葉を続けた。


「でも、同棲は簡単には認められません」

「え」

「そんな」

「3つ、条件を出します」


 理香さんが、悪そうに笑う。

 3つの条件?

 まずは娘の顔を見て、告げる。


「稀莉、あなたは大学の単位を落とさず、仕事もきちんとこなしなさい。そして20歳までに、親に頼らずに暮らしていけるようになりなさい。そうね、数字で示す必要があるわね。この1年で主演5本。これぐらい、軽く超えていけるわよね?」


 稀莉ちゃんの顔が渋い。

 年間4クールの中で、1クール1主演でも足りない。実力だけでなく、運もめぐり合わせだってある。かなり難しい条件だ。


「吉岡さん、あなたもです」

「え、私ですか」

「吉岡さん、ラジオを聞くところに」

「ラジオを聞かれているのですか!?」

「ええ、もちろんよ」

「待って、お母さん、初耳だわ!」

「プレミアム会員で、何度でも聞き直しています。お気に入りの回は、ダミヘ回と、愛しているよゲーム回ですかね」


 どや顔でメイドの晴子さんが補足を入れてくる。ヘビーリスナーがここにいるよ……。


「話を戻すわね。吉岡さん、料理ができないらしいわね」

「くっ。ええ、そうです。残念ながら才能の欠片もありません」

「ちょうどいい」

「へ?」

「吉岡さん、あなたへの条件は。料理ができるようになることです。稀莉が20歳になるまでに、料理を私たちに振る舞ってください。そこで美味しくなければ、同棲は解消です」


 む、無茶な!?

 舌の肥えたご両親が相手では、カップラーメンにお湯注いで、これが料理です!なんて言えやしない。歌や、演技と違って努力してどうにかなる問題ではないのだ。……自分で言って、悲しくなる!

 そして、最後の1番難しい条件が提示される。


「3つ目、吉岡さんの両親にもきちんと会いに行って、話をしてきなさい。稀莉と吉岡さんの2人で」

「青森に?」

「そうよね、できるわよね?」


 ドッキリとはいえ、理香さんに現実と、一般論と正論を言われ、説得の難しさを感じた後なので、すぐに頷けない。


「そして、4つ目」

「3つじゃないんですか!?」

「あなたたちが、この1年間笑顔でいること。時には喧嘩や、辛いことも、泣くこともあるでしょう。それでも笑顔に戻れる。そんな1年にしなさい」


 この言葉には、私も彼女も素直に頷く。二人なら笑顔でいられる。辛いことも、喧嘩も、悲しいことも乗り越えてきたのだ。待っているのは、笑顔の毎日。


「そのうえで、なお二人きりの同棲は認めません」

「えー」

「ど、どうすれば」


 条件を出されるも、なお同棲は認められない。


「晴子」

「はい、理香様」

「1年間、この二人の生活をサポートし、監視しなさい」

「わかりました。喜んでお受けします」

「そ、それって、晴子も一緒に住むということ?」


 二人きりの同棲ではなく、三人での暮らし。


「……それって同棲とはいえないのでは」

「文句があるなら、いますぐ帰ってもいいんですよ、吉岡さん」

「文句はありません!」


 文句の1つでも言いたい厳しい条件だが、私たちを考えてのことだともわかっている。

 3つの条件。

 1つ目は稀莉ちゃんが、今年度5本の主演を勝ち取ること。もう春クールも終わるというのに、だ。

 2つ目は私が料理できるようになること。それも稀莉ちゃんの両親が美味しいと言えるものをつくること。実はこれが1番難しいのでは?

 3つ目は私の両親への挨拶。二人で挨拶するのも厳しいが、時間を合わせて、青森に行くのも大変だ。

 でも、認められるためなら、二人の未来のためなら、クリアするしかない。


「わかりました。稀莉ちゃんもいいよね?」

「ええ、それしかないでしょ。やるしかない」


 とんでもないことになってしまった。さすがに一筋縄ではいかない。同棲とはいえない共同生活に、3つの厳しい条件。

 それでも、私のことをご両親は認めてくれたのだ。何も私をいじめているわけではない。大事な娘を思って、私たちの今後を考えて、試練を与えたのだ。 

 そんな優しいご両親の顔を再度見る。

 

「ありがとうございます、理香さん、お父さん。稀莉ちゃ、稀莉さんと支え合って幸せに暮らしていきます」

「あらあら、結婚までは認めてないわよ」


 この選択は、必ずしも良いことばかりではないかもしれない。

 今までとは違う、新しい関係。

 思わぬトラブルや、仕事にも影響が出る可能性だって大いにある。


 でも、確実にこれだけは言える。

 絶対に楽しい毎日が私たちを待っている。

 笑顔で、落ち着かない、慌ただしい日々が―。


「吉岡さん、稀莉をよろしくお願いします」

「はい!」


 こうして佐久間家公認の、2人+監視役の同棲生活が始まったのだ。

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