第27章 直線系グラデーション②

 稀莉ちゃん復帰のラジオ回から数日が経った。


 桜の花も散り、穏やかな陽気が続く、ゴールデンウィーク前の休日。稀莉ちゃんと待ち合わせをし、会うことになった。

 今日はラジオの収録でもなく、アニメの収録、イベントでもない。純粋に会う日。つまり、久しぶりのデートというわけだ。

 

「う~ん、甘い!」


 ベンチに座りながら、タピオカ黒糖ミルクティーを飲んで、ご満悦の彼女。

 お昼からショッピングをし、今は休憩中だ。

 今日の稀莉ちゃんは、白のパーカーに、紺色のジャケットを羽織っており、さらに濃い色のワイドパンツにスニーカーと、ボーイッシュなスタイルだ。首に巻かれたスカーフも、差し色アイテムとなり、お洒落である。

 一方、私は、ダブルブレストのブラウンのジャケットに、デニムで、オフィスカジュアルを意識した格好で大人っぽさを演出。会社員になったことはないけどね~。

 私も稀莉ちゃんも伊達メガネをかけているが、マスクはしていない。ファンにバレたらバレたで仕方がないと割り切っている。別に、やましいことをしているわけではない。やましいことはしていない。大事なことなので、2回言う。


「タピオカ飲んだのは2回目だけど、前回とはまた違った味で美味しいね」


 私も稀莉ちゃんと同じ黒糖ミルクティーを飲んでいる。

 タピオカといっても、ミルクティーだけでなく、スッキリとしたフルーツティー、ほどよい甘さの抹茶ミルク、まろやかなヨーグルトのデザートドリンク、さらにアイスだけでなく、ホットまであるご様子で正直どれを飲んだらいいのか、わからない。難易度が高い。そもそもラテとティーの違いもよくわかっていない。難解な暗号をすぐ選べちゃう若者ってすごい、と思うと、いよいよ30歳まで1年を切った事実を実感して、辛くなる。


「前回……」

「あ」

「どうして私が初めてじゃないの……」

「そういうこと言わずに!タピオカの黒糖ミルクティーを飲むのは稀莉ちゃんが初めて、初めてだから!」


 そう、先日ラジオの収録で、他の声優さんと色々な場所に出かけたことを暴露されたのだ。浮気扱い。嫉妬した稀莉ちゃんに「他の女と行った場所は、全部私と一緒行くこと」と言われ、実際に今日こうやって実現しているわけだ。この後、ラーメンや、日帰り温泉、お家にお邪魔されるのだろうか。万が一のことも考え、私の汚部屋、いやお部屋の掃除もしてきた。それでも隠し切れない駄目女感の日常。できるなら行きたくないな……。


「奏絵、約束を覚えている?」

「約束?」

「そう。したでしょ」

「他の女性と行った場所に稀莉ちゃんと行くこと?今まさに行っているよね?」

「違う。違わないけど、そっちじゃない」


 そっちじゃない?

 はて、他に何の約束をしただろうか。


「収録後、歌詞づくりにいったあの日」

「うん?」


 歌詞づくり?

 それはもう1年前のことだ。ラジオの収録後、番組のテーマソングの歌詞をつくろうとファミレスに寄った。時間はかかったが、歌詞になりそうなフレーズを出し切り、無事に仕事をやり遂げたのだ。その時は、あの後稀莉ちゃんに辛いことが起こるとは思わず、浮かれた気持ちであった。


「夏に何処かに行こうよ、とは言ったよね」

「そう、二人で」

「う、確かに言ったけどさ」

「でも、そっちじゃない」


 それも違う。では、何なのか。

 いや、思い出してはいる。覚えている。覚えてしまっている。

 軽はずみではないけど、今思うと迂闊な発言。


「高校を卒業したら一緒に住もうか、って奏絵は言ったよね」


 まだ初夏にもなっていないのに、汗がだらだらと出てくる。

 一緒に住む。

 言った。確かに言った。


「卒業するといっても、アーティスト活動やアニメの仕事も増えて、稀莉ちゃんも忙しくなるから、少しでも一緒の時間を増やしたいって、言いましたよね?」

「う、うう」

「それに稀莉ちゃんとの未来をきちんと考えたい。それが私の挑戦。声優としてじゃないけど、吉岡奏絵としての決意、って言いましたよね?」

「な、何で一言一句忘れず、覚えているの!?ボイスレコーダーでも仕込まれていたの?」

「言いましたよね?」

「え、まぁ、…………はい」


 こ、怖い。怖すぎる。

 何で敬語で「言いましたよね?」と詰めてくるんだ。


「それに言いましたよね?」

「まだ続くの!?」


 おい、過去の吉岡奏絵、未来の私に迷惑かけないで!いや、迷惑ではないんだけどね。でも、怖い。過去の私何しちゃっているの!?


「青森で」

「……あ」

「冬に咲くサクラの下で」

「あ」

「では、言葉にしてください」

「え、私が言うの?」


 ニコニコとした顔で見つめないでほしい。

 ライトアップされた雪の積もった木がピンク色に染まり、それはまるで冬に咲くサクラのように鮮やかだった。私の地元の後輩が用意してくれた粋な演出で、幻想的な空間だった。

 そこで、私は言ったのだ。


「だ、大学生になっても……」

「うん、うん!」

「変わらず私のことが好きなようなら……」

「うん!」

「……彼女になってくださいって」

「そうよ、その言葉よ!」


 街中で何を言わされているのだろう。顔が熱い。自分でも顔が真っ赤なのがわかる。


「き、記憶力いいね~」


 茶化すも、彼女の笑顔は崩れない。


「発言に責任は持ちましょうね」

「う」


 幸い、幸い?、以前みたいに契約書に記入はしていないので、まだ逃げることはできる。逃げることはできるけど、逃げられないんだろうな……。

 案の定、彼女はさらに距離を縮め、カメラがあったらシャッターを思わず押しちゃうような可愛い顔でこう言ってくるのだ。


「今日ね、うちに母親も父親も珍しくいる日なの」

「へ」


 へ……?


「この後、うちに行きましょう」

「へ」


 佐久間家への再訪問。母親にきっとメイドさんもいて、今回は父親までいる。それは……って思いながらも、口にはしない。


「きょ、拒否権は……?」

「あると思っているの?発言に責任は持ちましょうね」

「ですよねー」


 責任。

 彼女の分まで背負う覚悟。

 私の分まで背負わせる覚悟。


「奏絵」


 彼女の未来を奪う覚悟はもうできている。

 また、私をみつけてくれたのだ。

 どんなものでも返すことのできない、たくさんの想いを貰った。

 それは一生をかけて、返すものだと思っている。


 そして、それは彼女も望んでいる。


「私は、変わらずあなたのことが好き。いや、違う。あの頃よりもっと、ずっと、ずっと大好き」


 ……ここまで言われちゃ、覚悟を決めないといけない。


「稀莉ちゃん、わかったよ。わかった」


 ……いけないよなー。でもさすがに装備も、準備も無しに、魔王城に突入は心もとない。

 でも、もっと辛い思いを、困難を乗り越えたのだ。


「稀莉ちゃんの家に、挨拶しにいこう」


 今の私ならできる。


「……その前に菓子折りを買いにいってもいい?」


 ……きっと、できるはずだ。

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