第27章 直線系グラデーション

第27章 直線系グラデーション①

 目が覚める。

 長い、長い夢を見ていた気がした。

 風に乗って、風に抗って、また風と出会った。

 辛い夢だったのかもしれない。体がほんのりと汗ばんで、シャツが貼りつく。けど、寝覚めは悪くない。心はスッキリとしている。きっと夢の最後には笑顔になれたのだろう。

 

 目が光に慣れてくる。

 広い部屋だ。でもまだ段ボールは片付けられていなく、見栄えはあまり良くない。


「うん?」


 自分の心の中での言葉に違和感を覚える。

 広い?まだ?段ボール?

 けど、寝起きで頭はあまり働かず、とりあえず部屋から出た。


 リビングから良い香りが漂ってくる。


「おはよう、奏絵」

「へ?」


 私服姿の稀莉ちゃんが目の前にいた。

 高校生じゃなくなり、制服を着る機会はなくなったので、私服なのは当たり前なのだが。違う、そういうことじゃない。

 うちに稀莉ちゃんがいる。

 事態が飲み込めず、彼女に問う。


「稀莉ちゃんがどうして、うちに?」

「まだ寝ぼけているの?」


 頬をつねったが、痛い。

 どうやら夢ではないらしい。


「何しているのよ」

「夢かと思って」

「夢のようなことだけど、夢じゃない」


 そう言った稀莉ちゃんは顔を赤らめる。


「先週から、一緒に住んでいるじゃない」

「え」


 一緒に住んでいる?

 頭は一気に冷静になり、徐々に記憶を取り戻す。


 あの時の発言。

 覚えていた彼女。

 急な家庭再訪問。

 挨拶。 

 お家探し。

 家電量販店、家具屋さんでの新婚ごっこ。

 ドタバタの引っ越し。

 眩しすぎる朝。

 

 あれ、夢の話ではない?

 記憶が塗り替えられたわけではなく、確かにあったことだ。

 でも、そんな夢みたいな状況、


「慣れない」

「……私だって、自分の住むところに奏絵がいるなんて慣れないわよ」


 視線が合って、「えへへ」、「うふふ」と笑い合う。

 そう、私たちは二人で同棲を始めたのだ。


「イチャイチャするのはそれぐらいにしてくださいね」


 ……ということはなく、もう1人の住人から注意される。


「稀莉さん、そろそろ家出ないと1限に間に合いませんよ?」


 メイド服姿ではないけど、役職的にはメイドさん。

 柳瀬晴子さん。佐久間家に仕えるメイドさんで、今は私たちの監視役。

 稀莉ちゃんと一緒に暮らすことを許す条件として、プラスでこのメイドさんがついてきたのだ。

 

「え、もうそんな時間?」

「ええ。吉岡さんが起きるまで待っていると、稀莉さんが言い張るから、もうこんな時間です」

「も、もう!そういうことを奏絵の前で言わないで!」

「朝一番に会うのは私!毎朝目覚めた時、奏絵には私の顔を1番早くに見て欲しい!とかわいいこと言っていたのは誰でしたっけ?」

「は、晴子、わ、わー」


 ……全部会話が聞こえているのがたちが悪い。

 どういう顔してこの会話を聞けばいいの?このメイドさん、絶対に楽しんで揶揄っている。けど、炊事洗濯などなど、家のことはほとんどお任せになっているので、養われている私は何も言えない。


「奏絵、今日の予定は?」

「昼過ぎからアニメの収録で、あとは事務所に寄るぐらいかな」

「それなら、今日も夜は一緒に食べられるわね」

「そうだね、夕飯は一緒だね」

「残念ながら、二人っきりではなく私もいますが」

「も、もう、晴子は余計なことを言わない!」


 朝から愉快な会話が繰り広げられる。

 もう一度、頬を指でつねってみるがしっかりと痛い。


「ほら、稀莉さん。もう出発してください。それとも送り迎えがないと行けませんか?」

「大丈夫よ!もう1人でちゃんと行けるんだから!」


 晴子さんに文句を言っていた稀莉ちゃんの表情が切り替わる。

 彼女が私をじっと見て、変哲もない言葉を、当たり前の台詞を投げかける。


「奏絵、いってきます!」

「いってらっしゃい、稀莉ちゃん」


 思わず、笑顔で返してしまう。

 何気ない挨拶が、愛おしい。

 これが私の手に入れたかったもの。


「いってらっしゃいのチューはしてあげないんですか?」

「し、しないですよ、晴子さん!稀莉ちゃんもズッコケてないで早く大学行って!

本気で遅刻しちゃうよ!」


 この騒がしさが、寂しくない日常が、可笑しくて笑っちゃう毎日が、

 私が選んだ未来だ。



 話は、少しだけ遡る。

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