第25章 本物の空⑦

 紛れもなく、幸せな瞬間だった。

 二人で、空飛びの曲を歌える日が来るなんて、思ってもいなかった。

 

「はい、サプライズすぎるゲスト、佐久間稀莉ちゃんでしたー。皆さん、大きな拍手!」


 手を振って、一足先に稀莉ちゃんが去る。


「ありがとー!」


 オープニングに続き、エンディング曲も一緒に歌ってしまった。息が合いすぎて、「じゃあもう1曲」となってしまったのだ。

 おかげで、アンコールで歌う予定の3曲は歌い終わってしまった。

 でも、スタッフも、バンドのメンバーも誰も文句を言わない。カンペも「

もっとやったれ」と煽ってくる次第だ。


「それでは、本当に、本当に最後の曲です!」


 持ち歌はすべて使い切った。なので、ラストの曲はこのライブで一度歌った曲を選ぶことになる。

 ライブのためにつくった新曲、『透明ミライ』、『ヒカリの先』でもいい気がした。今の心境的にも、空音の曲『ヒカリさす』でもいい。いっそラジオのテーマソングを歌うのもアリかと思ったが、あくまで私のライブだ。もう稀莉ちゃんは舞台袖へ行ってしまった。この曲を歌うのは、もう一度あの場所に戻ってから、二人で、だ。

 二人の再出発。

 なら、歌う曲はあれしかないと思った。


 前を見据えながら、息を吸う。

 たくさんのことがあったライブ。本当に色々なことがあった。

 けど、これで終わる。

 ……いや、ここから始まるんだ。


「リスタート!」


 大きな歓声、ペンライトの光に負けないように、必死に声を絞り出す。今日最後だ。自分の全力を込める。

 また、始められる。

 また、始まる。『これっきりラジオ』に稀莉ちゃんが戻ってくるのだ。

 楽しいトークが、温かい私の場所が戻ってくる。

 同じ空間、同じ時間を取り戻す。


「ここからまた始めよう~♪」


 いや、違う。

 もう同じじゃないのかもしれない。

 ちらっと舞台袖の彼女を見て微笑む。

 彼女も楽しそうに、ペンライトを振っていた。


 離れた分だけ、想いは強まった。


 どうしようもないほどに、彼女が必要で、

 どうしようもないほどに、大好きなことを認識した、この1年間。

 ラジオ2年目の始まりのハッピーの連続から、どん底まで味わった。他人から見たら、私的には順調な1年間だったのかもしれない。ラジオで賞もとった。ラジオのテーマソングも出した。アーティストデビューした。アルバムも出した。ライブを行った。空飛びの少女にまた出演することができた。

 けど、1番辛かった1年だったと思う。君がいないことは、こんなにも辛い。

 でも、最後は笑っていられる。

 

 ラジオ3年目。

 迎える未来は、新しい始まりだ。

 私と、彼女の新しいスタート。


 きっと素敵な青空が待っている。


 × × ×

 気持ちを出し切った。


 割れんばかりの拍手に向かって、マイク無しで、叫ぶ。


「ありがとうございましたーーーー!」


 舞台から降りたくないけど、もう声が出ない。

 やり切った、やり切ったんだ。

 

 皆の笑顔に、手を精一杯大きく振りながら、お辞儀をして舞台から去る。


 私を一番最初に向かえてくれたのは、稀莉ちゃんだった。


「お疲れ、奏絵」

「き、稀莉ちゃん……」


 彼女の顔を見た瞬間に、涙が溢れた。


「うわーん、稀莉ちゃん」

「さっきまでのカッコいいあんたは何処にいったのよ」

「だって、だってー」


 もう繕う必要もない。

 耐える必要もない。我慢して、頑張らなくてもういいんだ。

 稀莉ちゃんがいる。

 会いたくて、話したかった彼女がいる。

 けど、気持ちは言葉にならなくて、感情が水となってあふれ出す。


 そんな私を彼女は優しく包む。


「よしよし、頑張ったね」


 10歳年下の女の子に、頭を撫でられる。

 恥ずかしくいと思いながらも、その手は温かくて、安らいだ。辛かった気持ちが、全て涙と一緒に流れ出る。

 

 私が泣き止むまで、ずっとそうやってくれた。

 

「稀莉ちゃん」


 潤んだ瞳の中に、彼女が映る。

 そんな彼女に向け、私はよしおかんらしく、4文字の言葉を告げるのだ。


「おかえり」

「ただいま、奏絵」


 奏でた音色が、また始まりを告げる。

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