第25章 本物の空⑥
ライブのアンコールで会場に戻ってきた。
舞台の上ではなく、お客さんの席近くでの熱唱のサプライズ。3階席から順にまわり、1階席で歌い終わったあと、彼女は現れた。
「き、稀莉ちゃん?」
目の前に稀莉ちゃんがいた。
「みつけたよ、奏絵」と告げた、告げられた。
曲がもうすぐ終わる。
稀莉ちゃんがいる。
次の曲の準備しないと。
稀莉ちゃんと離れたくない。
まだライブ中!
稀莉ちゃん、可愛すぎない!?潤んだ瞳が10割増しで可愛い。
あれ、今、何の時間だっけ?
ら、ライブ!ライブだって!吉岡奏絵!
ああ、稀莉ちゃんだ、目の前に稀莉ちゃんがいる。
思考がぶっ飛んだ。
ライブ。稀莉ちゃん。ライブに稀莉ちゃん。稀莉ちゃんがライブ。ライブが稀莉ちゃん?ワイフの稀莉ちゃん。稀莉ちゃんとライブ?ライフは稀莉ちゃん?ライフ イズ 稀莉ちゃん?稀莉ちゃんは人生?
頭の中がこんがらがって、爆発した。
その結果、
「か、奏絵!?」
私は稀莉ちゃんの小さな体を持ち上げ、
「わああああああ」
彼女を抱えたまま、そのまま1階席の入口へ逃げ出した。
「あ、よしおかんが稀莉ちゃん持ち帰った」
「ついにやりやがったぜ、あの人」
「意外と力持ち」
「お姫様抱っこがライブで見られるなんて!」
「さすがよしおかん」
「駆け落ちエンドだー!」
余計な声がたくさん聞こえたのは、きっと気のせいだ。
気のせい?
何故、会場内で歓声があがっているの……?
× × ×
「な、なんで稀莉ちゃんが目の前にいるの!?」
「奏絵を驚かせようと思って。びっくりした?」
「びっくりしたよ、びっくりしすぎたよ!!」
「今のこの状況もびっくりすぎなんだけど!」
「へ?」
「何で私、お姫様抱っこされているの?私の方が驚いているんですけど!?」
文句を言いながらも、私の腕から降りる素振りはない。
「……ごめん。勢いと、勢いです」
「勢いだけじゃない!」
「降りてもらってもいいんだよ」
「嫌」
「ライブ終盤の体力ない時に、けっこうキツイ」
「重いっていうの!?」
「お、重くはないよ。軽い、軽いって。むしろもっとお肉をつけたほうがいいと思う」
「せ、セクハラよ!」
「じゃあ、降りてよ~」
「駄目。だって、嬉しいの」
「嬉しい?」
「お姫様抱っこ、夢だったの」
腕の中の彼女と目が合う。
「また、夢が叶っちゃいました」
「……っ!?」
急にしおらしくなって、可愛いことを言わないでほしい。
理性も吹っ飛ぶ。吹っ飛んじゃうから!
色々なものを必死に堪え、稀莉ちゃんを抱えたまま、舞台裏へ戻っていく。
音楽が聞こえる。バンドのメンバーが何度もメロディをリピートして、場を持たせてくれているのだ。ありがたい。
「……来てくれたんだね」
「ええ、みつけに来たわ」
みつけてくれた。また私を、稀莉ちゃんがみつけてくれた。
「嬉しい」
「嬉しいのは、私よ。ありがとう、奏絵」
「うん!」
舞台袖へたどり着き、そこでようやく彼女を床へゆっくりと降ろす。
「稀莉ちゃんとたくさん話したい。話したいことは山ほどある」
「うん」
「でもね、まだライブなんだ。ごめんね」
「知っている。一生忘れられない、凄いライブだったわ」
「まだ、終わらないよ。……終わってないんだよな。あー、どうするの?この空気」
「どうにかなるわよ」
「責任取って、どうにかしてね」
にやける稀莉ちゃんを見る。
ちょうどお互い、ライブTシャツを着ている。アンコールで私もライブTに着替えたのだ。
この一連のサプライズも、一種の演出と誤魔化すこともできてしまう。
「稀莉ちゃんといると、ほんと飽きないな」
「それは私の台詞よ」
「えへへ」
「ふふ」
可笑しい。ライブ中で、笑っている状況なんかじゃないのに、嬉しくて、楽しくて、ずっとワクワクしている。
「ねえ、稀莉ちゃん。オープニングって歌える?」
「私が出ているアニメよ。当然」
「じゃあ、行こうか」
頷く彼女の手を取り、スポットライトの下に戻る。
「皆、アンコールありがとうーーー!」
「「わあああああああ」」
お客さんの大歓声が響く。
「お待たせしました。大変お待たせしました。吉岡奏絵、戻りました。また戻ってきたよー!」
「「わあああああああ」」
「3階席からの登場には驚いてくれたかな?皆の嬉しそうな顔、驚く顔、ちゃんと見れたよ。ありがとー」
「「わあああああああ」」
「さらにサプライズ!私も知らなかったのだけど、本当にサプライズすぎるんだけど、私のラジオの相方、稀莉ちゃんが来てくれましたー」
「「うおおおおおお」」
スタッフから渡されたマイクを持った、彼女へ話を振る。
「稀莉ちゃん、一言どうぞ」
「みんなー、盛り上がっているー?」
「「わああああああああああ」」
反応が良い。
「ライブは好きかー」
「「おおおおおおおおお」」
「よしおかんの歌は好きかー」
「「おおおおおおおおおおおお」」
「よしおかんは好きかー!」
「「おおおおおおおおおおおおおおお!!!」」
反応良すぎでは?
「まぁ、私の方があなたたちより断然好きなんですけどね」
「「あはは」」
しれっと何を言うか、この子は。
「何で、張り合うの!?」
「何で、張り合わないの!?」
「え、私が悪い?」
「「あははは」」
突然の稀莉ちゃんの登場も、会場の熱い雰囲気がどうにかしてくれる。いや、むしろ熱さが増している。
私の熱さも、収まることを知らない。
「さて、せっかくなんで、いや本当に全く予定していなかったんだけど、次の曲は二人で歌っちゃいます~」
1人で歌うはずだった曲。
「私の大好きなアニメの曲です」
「「おお!?」」
思いの強すぎるアニメ。
「先日、最終回を迎え、映画化も決定した、『空飛びの少女』のオープニング曲です。皆、もちろん知っているよね?」
ラジオでも流した。上映会イベントでも聞いた。
自分の曲でもないし、稀莉ちゃんの曲でもない。
「いくよ、稀莉ちゃん」
「任せなさい、よしおかん」
でも二人で歌うことができたら、どんな曲にも負けない強さを持つことができる。
「折れない」
「ツバサ!」
盛り上がる会場。
コラボ。1回も合わせていないコラボだ。
「その手を取って、変えにいこう♪」
「何度でも、君が待つ空へ飛び立とう♪」
でも、何度も練習したかのように息がぴったりで、
今日1番に盛り上がった、そんな気がしたのだ。
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