第25章 本物の空④

 ゆっくりとマイクを握る。しっかりと握れる。変な力も入っていない。

 極度の緊張もなく、余裕ぶった気持ちもない。

 あるのは、楽しみという気持ち。

 控室で、良いリラックスが出来た。今は「できる」という気持ちしか湧かない。


「吉岡さん、まもなくです」

「はい」


 セトリは福岡、大阪から順番の変更はあるものの、ほとんど同じだ。持ち歌が少ないので、どの曲が選ばれるのかといった楽しみはない。

 ただ東京は一味違う。最後のライブでは、『空飛びの少女』のアフレコに参加したり、ラジオで宣伝したり、イベントに出たりしたおかげで、空飛び関連の曲を歌うことを許されている。昔、私が空音として歌った曲以外もだ。

 私のシングル2曲に、ミニアルバム6曲、さらにライブに合わせて作った新曲2つ。それに過去の空音の曲2つ、さらに今の空飛びのOP,ED。計14曲の大ボリュームの予定だ。

 長い。けど、走り出したらあっという間だろう。 


「私は歌うよ」


 これで最後だ。

 君のために、私は歌う。

 

 × × ×


 会場のBGMが大きくなり、観客から「おお!?」と声が上がる。

 先にギター、ベース、ドラム、キーボードと演奏してくれるメンバーが登場し、拍手が送られる。


 さあ、私の出番だ。

 ここからは1人。まっさらな私だけ。

 でも、1人じゃない。


 暗転した状態のまま、ゆっくりと歩き、舞台の真ん中に立つ。

 声が聞こえる。

 人の声。

 歓声。

 私の登場を喜んでいる。

 振られるペンライト。

 さぁ、もっと注目しろ。

 その声を、その想いをさらに変えてやる。


 見ていた地面から、ゆっくりと顔を上げる。

 ここからだ。

 あの日と同じように始まる。

 君に見つけてもらうための旅が始まる。


「リスタート」


 デビュー曲の開始とともに、照明がつき、大きな歓声が上がった。


 真っ白な照明の中に、ペンライトの光が見える。

 リスタートは水色だ。私のテーマカラーがどうやら青色系と認識されているため、メイン曲は青色が使われることが多い。

 アオの世界に私は立つ。

 蒼のセカイで私は輝く。



 1曲目が終わる頃にはやっと目が慣れてきた。

 次に歌う曲は、『アオイロの願い』。ミニアルバムの3番目の曲で、アップテンポな曲だ。そしてまたペンライトは青続きである。

 声の調子が良い。普段より響く。より響かせる。

 音をはずすこともなく、世界に浸る。

 私の舞台だ。私の空だ。主役は私だ。



 2曲目が終わり、最初のトークパートに入った。


「皆さん、こんにちはー。吉岡奏絵1stツアー『ミライの光』、最終公演でーす!」

「「わー」」


「福岡、大阪と来ましたが、ここ東京が最後です。あっという間でした。振り返る間もなく、終わりましたね。いやいや、まだ終わってないよね。今日はまた始まったばかり。皆、盛り上がる準備はできているかー」

「「おーー」」


「いい声だ。じゃあ次の曲いくぞー。君を見た瞬間から!」


 君の姿を探す。


 磁力を持っているなら、自然と目が合うかもしれない。

 ライブに集中しながらも、彼女を探す。

 でも、彼女を見つけることはできない。


 関係者席はだいたい決まっており、基本立たずに、座っている。舞台上からは「座っているあのスペースが関係者席か~」とわかりやすいのだが、今回は2階席を関係者席にしているため、遠く、顔までは見えない。

 1階席の真ん中までは顔がはっきりと見えるのだが、それ以降の1階、2階席、3階席はぼんやり見えるぐらいだ。


 それでも、見てくれていると信じる。


「皆の光、見えているよ。ありがとー」


 4曲目まで終わった。


「さて、ちょっとだけ曲の解説しますね。最初に歌った『リスタート』。これは私のデビューシングルの曲です。デビュー曲なのに、『リスタート』とは!って感じだけど、遅咲きだったもので、間違っていないです。元気になれる、盛りあがる曲だよね。皆の声で、すっごく楽しく歌えた。ありがとー」


 つながった糸があるなら、見えるのに。

 赤いがどうかはわからないけど、繋がっているはずなんだ。


「次に歌ったのだが、『アオイロの願い』。こっちはカッコいい曲だね。間奏の時の皆のコールでこっちまで盛り上がっちゃいました。歌っていて気持ちいい。最高だね。3つ目が、『君を見た瞬間から』。初恋をテーマにつくっていただいた曲です。切ない。けど前向きな歌詞が大好きです。一語一語大切に歌いました。4曲目は、『アフターグロウ』。この曲で一気にペンライトがオレンジに変わってびっくりしちゃった。各々好きな色を振るのもいいけど、会場が同じ色で包まれるって凄い感動的だね。舞台から同じ光景を見せてあげたい。私にはちゃんと夕焼けが見えました」


 きっと神様は望んでいないし、運命の女神は優しくしてくれない。

 10歳差。30間近の女性と、10代の女の子。普通ではない。歪んでいると批判されても仕方がない。

 それでも、私は望む。何と言われようとも、彼女のいる未来を選ぶ。


「空、って色々な表情を見せてくれる。素晴らしいほどに青の時もあれば、どんよりした曇り空の時も、雨の時もある。それでも、いつも私たちの側にいてくれる。いつかは微笑んでくれると信じて、今日も見上げるんだ」


 君が見つけたから。

 君が選んだから。

 君が仕組んだから。


「涙の空」

 

 君が好きだから。

 君、だから。


 だから、私は叫ぶ。届け、届けと。


 × × ×


 いったんステージを捌け、急いで衣装替えだ。

 バンドの演奏で、時間を持たせている。迫る後半戦。


 まだ、見つからない。

 いや、見えないんだ。

 見えないということで、自身に納得させる。


「吉岡さん、早く!」


 切り替えろ。いや、自分でも思っている以上に冷静だ。

 見つからない、果てのない夢。

 ここが私の終着点じゃない。

 諦めるな。まだ、まだ……。


 色は、変わる。

 色は、消える。

 色は、灯らない。


 × × ×


「今日はありがとございました。次でラストの曲です」


 私の持ち歌、9曲を走り切った。

 残りは、新曲ひとつ。


「えーーー」

「いまきたばっかりー」

「最初からやってー」


 形式上の、終わり。

 この後に、アンコールが控えている。


「ありがとう、ありがとう。最初からはさすがにできん。そこまで体力はないよ」


 ファンもわかっているはずだが、のってくれる。 


「ラストは、このライブツアーで発表された曲の1つです」


 はじめて自分だけで、歌詞を書いた。


「未来は無色で、見えない。どう進めばいいか、わからない」


 私の、想い。


「けど、待っている。待っていてくれるんだ」


 今の、気持ち。


「歌います。透明ミライ」


 手を伸ばしてもつかめない。

 私だけ、手を伸ばしてもつかめない。


 見つけて、見つけてよ、稀莉。

 私に手を伸ばしてよ。


 × × ×


「「アンコール、アンコール!」」


 アンコールの声がありがたい。

 皆の必死の声援を上から見下ろす。

 そう、アンコールはサプライズとして3階席から登場するのだ。3階席、2階席、1階席と間奏の度にくだっていく。1番は3階席で、2番は2階席、ラスサビは1階席といった形だ。

 

 バンドのメンバーがステージに戻り、熱気を増す。

 ステージに注目していたお客さんの視線を裏切る。


 3階席の扉を開き、私に照明があたる。

 予期せぬ場所からの登場に近くのお客さんは凄く驚いた顔をし、やがて喜びの声をあげる。

 だが、サプライズはまだ終わらない。

 歌う曲は「ヒカリさす」。

 昔の『空飛びの少女』のエンディングで私が歌った曲だ。


「飛べない。行けない。敵わないって諦めたよ♪」


 スタッフさんが置いてくれた台の上に立ち、熱唱する。

 ステージとは違う景色。

 ファンの皆の顔が、表情が、喜びが、熱気がすぐ近くに感じられる。


 1番が終わると急いで移動だ。

 スタッフさんが先を歩き、私は後をついていく。階段移動はしんどいが、バンドのメンバーがその間演奏をして、曲を持たせてくれているんだ。その努力を無下にできない。


 2番は2階席で歌う。関係者席の近くだった。

 ひかりん、梢ちゃん、植島さんに、ラジオ番組スタッフ、片山君に、瑞羽に、さくらんに、篠塚さん、牧野先生に、音響監督さんに、社長に、秘書さんに、長田さん、唯奈ちゃん。

 共演者、仕事仲間、事務所の人と様々な人が私を見に来てくれた。久しぶりの顔もある。嬉しい。

 けど、いない。

 見つからない。


 2階席から1階席に移動する際に。少しだけ涙が出た。


 1階席に辿り着く。

 真ん中らへんにスタッフが台を置き、私は歌う。

 ラスサビ。

 

「光がさした、君が待っている気がした♪」


 口から奏でる、嘘。

 メロディにのる、偽り。


 いない。

 

「飛んでくよ、どこまでも。君がいる場所へ♪」

 

 君が、いない。


 歌い終わり、アウトロが流れる。

 その間に移動だ、急いでステージに戻って、次のアンコールの曲に備えなくてはいけない。


 私の歩く先をライトが照らしていく。

 光の道を、周りに手を振りながら歩いていく。


 え。


 声を上げそうになった。

 向かう先の通路に、人がいたのだ。


 スタッフさんが先に前を歩いているので、人がいたらどいてもらうはずだ。そんなことは起きない。トラブルは起きてはいけないんだ。

 スタッフの姿を探す。近くにいた。

 でも、何もしようとしない。気づいていない?どうする?気にせず、急いで通り過ぎる?

 考えながらも、距離が詰まる。


 あ。

 

 彼女が、振り向いた。


 マイクを落としそうになった。


 ずっと探していた。会えないかと思った。来なかったんだと諦めた。色を失ったと絶望した。光はもう照らしてくれないんだと泣いた。


 ヒカリがさし、


「みつけたよ、奏絵」


 私の空が彩られる。

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