第25章 本物の空②

 会場をこっそりと覗くと、空席がなく、ぎっしりと埋まっていた。真剣にスクリーンを見つめるお客さんの顔が見える。

 今日は『空飛びの少女』最終回先行上映イベントだ。

 初めにキャストトークショーを行い、現在は最終回の上映中である。

 私もお客さん側にまわり、一緒に上映を楽しみたいが、そういうわけにはいかない。


 私は、本来ここにいてはいけない人間。

 明日自分のライブがあるのだ。

 ラジオでもそう告げた。自身のライブで大阪にいるから、リスナーさんに「空飛びイベントレポお願い」と頼んでいたぐらいだ。私がここにいると思っている人間はいない。

 それに、お呼ばれでないかもしれない。

 今のアニメに、謎の女性パイロット役として出演したものの、このアニメにおいて私は過去の人間だ。


 最終回の上映が終わり、拍手が沸き起こる。

 この後は、かっこいいオープニング曲、泣けるエンディング曲の生ライブ。

 そして、私の登場だ。

 場違い。

 歌うのは、今の空飛びの曲ではなく、過去のエンディング曲。

 最終回の感動を、盛り上がった空気をぶち壊すかもしれない。


 けど、自分で選択した。

 私がさらに盛り上げる。

 私が、さらに『空飛びの少女』が良い作品だと印象付ける。

 私が、救うと決めた。

 過去と、今を繋ぐ。シリーズの橋渡し役となる。6、7年の歳月を埋める。

 だから、私がここにいる。


 オープニングの力強い歌声が終わり、エンディングの綺麗な旋律が流れる。

 自分のライブとは違う緊張感で、足が震える。

 でも、どんどん心は高まっていく。 

 空音の歌を人前で披露するのは、6年以上前のイベント以来だ。

 待っていたんだと思う。ファンも待っているかもしれないが、何より私自身が待っていた。


 また歌いたい。

 空音として歌いたい。


 「そろそろです」とスタッフに声をかけられ、準備する。

 エンディングももう終わる。私の出番がやってくる。

 歌の後には、『映画化』情報も流れるとのことだ。

 その前座。

 盛り上げなくちゃいけない、ね。

 笑みがこぼれる。

 ワクワクが止まらない。ドキドキが収まらない、

 歌うのがこれほど待ち遠しいのは初めてだ。


「吉岡さん、お願いします」


 声には出さず、小さく頷く。


 流れるイントロに会場に動揺が走る。

 そうだ。もっとざわめけ。

 ライブは2曲で終了だと思っていたのだろう。あっても今のキャラソンを歌うぐらいだ。過去の曲が流れるなんて想像していない。

 もっと動揺しろ。

 落ち着かない、只ならぬ雰囲気。

 顔がにやけるのを抑え、光が射す舞台へ、飛び出す。

 私が、会場を支配する。

 

 ステージに立って、最初に思ったのは「眩しい」という他愛もない感想。


「見えなくなった、君を追いかけた♪」


 光に目が慣れ、お客さんの驚く顔が見える。

 私の登場に状況を理解したのか、ペンライトが水色に代わり、振られる。

 

「飛べない。行けない。敵わないって諦めたよ♪」


 そうだね、空音。諦めたよね。

 君にはたくさんの困難が待っていた。

 怒ったことも、泣いたこともあった。


「でも、光がさした」

 

 けど、君に光がさしたんだ。

 真っ暗な闇の中から一筋の光が、温かい光が。


「君が待っている気がした♪」


 楽しい。

 水色の光が私を包む。


 私だけど、私でない感覚。

 歌うのは楽しい。

 やっぱり楽しい。君に会えた。また君になれた。

 嬉しさを、噛みしめる。 


「だから飛び立つんだ。飛び立てるんだ」


 好きだ。

 大好き。

 歌うのも、空音も、お客さんも、私も、君も。


 1番の歌詞が終わり、歓声が沸き上がる。

 待ってくれていたんだね、ありがとう。

 

 私は精一杯歌うよ、ねえ、稀莉ちゃん。

 君も、見てくれているかな。


 × × ×


 1曲だけだったが、歌い終わった後は汗が噴き出た。

 割れんばかりの拍手に、笑顔がこぼれる。


「皆、ありがとー。空飛びは好きか―」

「「「わああああああ」」」


 称賛を浴び、心が充たされるのを感じる。

 良かった、できた。良かった。


「サプライズでライブをしていただきました、吉岡奏絵さんです~」


 司会のお姉さんの言葉に続き、そのままキャストが再登壇してきた。

 そこには空音役の稀莉ちゃんももちろんいた。


「盛り上がりましたね~」

「オープニング、エンディング曲もかなり盛り上がったのですが、吉岡さんの盛り上がりが半端ない。持ってかれましたね」

「いやいやー、何だかすみません。昔の空飛びのエンディング曲『ヒカリさす』を歌わせていただきました、吉岡奏絵です。皆さん、ライブどうでした?」


 「最高―」、「ありがとー」、「よかったー」、「えもえもー」と嬉しい言葉が届く。


 稀莉ちゃんがマイクを持つ。


「さぁ、会場が沸騰しそうなほど温まったところで、重大発表よ!」

「「おおおおお!?」」


 スクリーンに「重大発表」とでかでかと表示され、そして告げられる。

 『映画化決定』の情報。


「空飛びの少女、映画化決定ーーーー!」


 声にならない歓声が響く。

 会場のボルテージは最高潮に達したのだった。


 × × ×

 

 発表の後は、イベントの締めとしてキャスト挨拶だったが、私は一足先に舞台袖に捌けていた。

 私に挨拶は必要ない。

 歌で、言葉以上のことが届けられた。

 救ったのだ。

 空飛びの今のファンがこんなにも盛り上がってくれた。

 嬉しかった。嬉しすぎた。

 救うはずの私自身も救われたのだ。

 色々な気持ちはあった。けど、今は歌って良かったと素直に言える。


 舞台に立ち、挨拶する稀莉ちゃんの表情にも笑顔が見られる。

 彼女にも届いたんだ、きっと届いた。

 良かった、良かったよ、稀莉ちゃん。


 やがて挨拶も終わり、大きな拍手と共にキャストが舞台袖に捌ける。

 私は、彼女が来るのを待ちわびる。


 色々と話したいことはあるが、この後すぐに新幹線に乗り、大阪だ。行われるであろう打ち上げに参加したいけど、私のライブが待っている。待っているファンがいる。


 だから、交わせる言葉は一つ二つ。

 

 彼女が来た。

 仙台で会ったが、それでも久々に思える。

 彼女と目が合う。

 そして、私は言葉にするのだ。

 

「稀莉ちゃん、愛しているよ」

「はぁ!?」


 スタッフ、キャストがいる中での言葉。どうかしている。

 まぁマジトーンで、『好き』というよりは、『愛している』の方が茶化して聞こえるだろう、きっと。


「それだけ。じゃあね」

「は、はぁ!?え、え!?」


 驚く顔をずっと見ていたい。心残りだが、足早に去る。

 今日はそれでいい。私が届ける場所は違う。

 ここじゃない。

 私の空はここじゃない。


 『待っている』って言葉ではないんだ。『待っていて』も違う。『信じている』でもない。

 一言なら、やっぱり私の台詞は間違っていない。

 来てくれる。

 稀莉ちゃんは、私を見つけにきてくれる。

 だから、私は歌う。彼女のために歌う。


 私ができるのはそれだけ。救う役目はここまでだ。


 言葉にはしない。言葉にはできない。

 だからね、稀莉ちゃん。

 どうか、私を救ってください―。そう、心にしまい込むんだ。

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