第25章 本物の空
第25章 本物の空①
「もう駄目」
弾数はあと3発。
機体の右の翼からは煙が上がり、残りの燃料も少ない。
仲間の援護も期待できないし、通信はさっきの戦闘途中からとれなくなった。
「でも、まだ飛べるよ」
壊れかけた戦闘機を前にし、目の前の人は言う。
ヘルメットを被っているので顔はよくわからないが、声からは女性だとわかる。
「助けてくれてありがとう。あなたがいなかったら死んでいました。でも結果は変わらない。また飛んだら、今度こそ撃ち落される」
「ところでさ、君はどうして空を飛ぶんだい?」
「……はい?急に何ですか」
「いいから聞かせてよ。お喋りするぐらいの時間はあるだろ?」
そう言っている間にも戦闘は激化し、味方の戦闘機が撃ち落されていく。仲間が死んでいく。共に学び、共に特訓してきた仲間が消えていく。私はそれを下から見上げるしかできない。
もう、何もできない。
「黙ってっちゃわからないさ」
「……勝つためです」
「ふーん、空を飛ぶのは嫌い?」
「好き、でした。でも今は、嫌いです。道具としてこの子を操縦してから、好きな気持ちはなくなりました」
「そうか、それは残念」
女性の表情はわからないが、残念そうにおどける。
「……あなたはどうして飛ぶんですか」
顎に手をやり、少し考えた後、彼女は答えを出した。
「本物の空を飛ぶため」
「本物の空?」
「君と同じさ。私は空を飛ぶのが好きなんだ。自由に、好き勝手に空を飛びたい。だから、私は取り戻す。本物の空を」
「取り戻す……」
そうだよ、と彼女は言い、ニッコリと笑う。
その笑みは不思議と、私に懐かしさと温かさを与える。
「きっと飛べる。飛べるよ、空音」
「あ、あなたは……」
尋ねる前に音が遮った。
近くに着弾し、煙が舞う。
煙が晴れた頃には女性の姿はなかった。
勝手に足は動いた。
戦闘機に乗り込む。怖さ、恐れは消えていた。
誰かわからない。知らない人だ。戦地で見せた幻かもしれない。
でも、その台詞は私に響いた。
本物の空。
いい言葉だ。
この空は私の望んだ空じゃない。
なら、取り戻そう。私の大好きな空を―。
× × ×
私が出演した『空飛びの少女』23話がテレビで無事放送された。
予告なしの出演だった。
まさか私が、過去に空音を演じた人が登場するとは視聴者の誰も思っていなく、アニメはかなり話題となった。小説にはない展開に批判の声もあったが、ほとんどの反応は好意的だった。
「空音が空音を後押しした」
「空音はいつまでたっても空音」
「うだうだ悩んでいた空音はサヨナラ。やっぱりカッコいい空音が好き」
「これからの展開が楽しみすぎる」
「よっし、最終決戦だ」
「作画も復活した。制作陣気合入っている」
「稀莉ちゃんの声もいいけど、やっぱりよしおかんの声なんだよな」
「二人の共演が見られるなんて夢みたい!」
「実質これっきりラジオ」
私の演じた女性も謎めいたキャラで、様々な憶測が飛び交っている。
「昔の空音が助けに来た?空音は二人?」
「実はパラレルワールド?」
「ヘルメットの下の顔を見せてくれ」
「未来の空音?大きくなった空音?」
考察のしがいがあると評判だ。色々な意見が出て、SNSを賑わせている。炎上していたオリジナル展開も今回の話で見直され始め、ディスクの予約も数を伸ばした。
けど、今回は声を吹き込んで終わり、ではない。
まだまだ、飛ぶんだ。
***
奏絵「こんにちはー、佐久間稀莉と吉岡奏絵の」
奏絵「これっきりラジオ~!」
奏絵「早速ですが、リスナーの皆はもちろん見てくれたよね?」
奏絵「そう、空飛びの話!」
奏絵「空飛びの少女の23話に、私、吉岡奏絵が謎の女性パイロットとして出演しました!」
奏絵「ふふふ、気になるよね?あの人が誰なのか気になっちゃうよね?」
奏絵「あの人の正体もわかっちゃうかも?今日は、『空飛びの少女』を大特集しちゃいます!」
奏絵「では、さっそく空飛びの少女のオープニングを流して、盛り上がっちゃおうか」
奏絵「とってもかっこいい曲です。23話の展開に合った曲でしたね」
奏絵「『折れないツバサ』」
× × ×
奏絵「曲を流すと、急にFMラジオ感出るねー」
奏絵「2クール目のオープニング曲の『折れないツバサ』でした。全部カッコいいんだけど、特にラスサビがいい。今日は1番しか流さなかったけど、ぜひ購入して聞いてほしい」
奏絵「さてさて、今日は空飛び関連のお便りをどんどん読んでいくよ」
奏絵「ラジオネーム『魔法戦士まほりん』さんからです」
奏絵「『よしおかんさん、こんばんは。見ましたよ、見ちゃいましたよ。空飛びの23話!サプライズ出演にテレビの前で叫び、エンドクレジットを見てもう一度叫びました。やってくれましたね(誉め言葉)。旧アニメで空音を務めたよしおかんさんですが、今回のアフレコはどういった気持ちで臨んだですか?お答えできる範囲でいいんで教えてください』」
奏絵「はい、お便りどうもー。他にも、空飛び見ましたメールが沢山来ました。ありがとう」
奏絵「どういった気持ちかー。正直言うと、マイナスな気持ちと、プラスの気持ちが入り混じっていました。でもね、やっぱり空飛びに関われるのが嬉しくて、オファーをありがたく受けました」
奏絵「収録は別録りだったんで、他の声優さん、稀莉ちゃんもいなかったのですが、緊張しましたね。あ、他の人達にも直前で知らされたみたいで驚いてましたね。本当にサプライズ出演でした。で、で、気持ちね」
奏絵「公式見解じゃないですよ。あくまで私の気持ちです。謎の女性パイロット役を演じたんですが、あの子が6、7年経ったらこうなるかな~と思って、演じましたね。元気っ子に見えて、真面目で切れ者、でも天然なところもあってカワイイ女の子。そんな子が大人になったらどうなるのだろう。けっこう悩みました」
奏絵「その分、いい演技ができたと思いました。マイク前に立った時には、緊張は無くなり、キャラが私の中で確立していました。音響監督からリテイクはなく、アフレコはすんなり終わりました。自慢じゃないですよ?あんなにスッキリ終わって、自身の後悔がいっさいない収録はなかなかないですね」
奏絵「空音を元気づけたい、また飛んでほしいという気持ちで臨みました」
奏絵「うん、あの人は大人の空音かもしれないし、関係ないパイロットかもしれないし、お母さんかもしれない、幻かもしれない」
奏絵「何でもいいと思います。皆の中に答えがあっていい。名前のない人。けど、何気ない言葉が人を変えてくれるんだと思います」
奏絵「答えになったかな?ともかく真剣に挑んだよ。まだ見ていない人はぜひ見てね」
奏絵「まだまだお便りあるから、どんどん読んじゃいます~」
× × ×
奏絵「いや~、楽しかったですね。いつも以上におたより読めました。思入れのある作品なんで、こんなに話せて嬉しかったです。皆さん、ぜひこれからも空飛びをお願いします!」
奏絵「さぁ空飛びファンならもう知っている情報かもしれませんが、お知らせです」
奏絵「空飛びの少女、最終話先行上映会が3月28日に開催されます!メインキャストのトークショーに、オープニング、エンディング曲の主題歌ライブと盛り沢山の内容です。チケットは現在好評発売中で、各地ライブビューイングも予定しています」
奏絵「豪華。超豪華!いいなー、私も行きたい!けど、次の日大阪でライブなんですよね……。私は関西から応援しています!皆さん私の分まで楽しんできてくださいね。現地レポ待ってるよ」
奏絵「では、最後はこの曲で今日の放送を閉めたいと思います」
奏絵「あの頃の私の曲を、このラジオで流すことになるとは……」
奏絵「恥ずかしいけど、嬉しいですね」
奏絵「では、ミュージックスタート。今日は空飛び特集でした。楽しんでくれたら嬉しいな」
***
「おつかれさま」
収録を終えた私に植島さんが声をかける。
「疲れましたね、今日は1本収録なのに、どっと疲れました」
体力以上に、気力が持っていかれた。それだけ、この仕事は重く、大切で、中途半端にできない。でもやれるだけのことはやった。私の言いたいことは言えた。
「上の奴も満足そうな顔をして、出ていったよ」
「良かったです。とりあえずこれで3月終了の線は無くなりましたよね?」
「とりあえずね。今から、新しい番組を始める余裕もないだろう。引き延ばしに引き延ばしてやった成果だ」
「あはは……」
「でも、まだ何を言ってくるか、わからない。だから来週は4本録りだ」
「はい?4本?」
おいおい。4本?
「さすがに長すぎじゃないですか?」
「何か言われる前に先に録っちゃうんだよ。それに吉岡君、今月末ライブで埋まっているじゃん。録れるうちに録らんと」
「いや、今週だって埋まっていますよ」
「そうだっけ?」
「これから福岡です!!すぐ空港ですよ。明後日ライブ」
私が選んだ未来とはいえ、落ち着く暇はない。
「……大変だね~。飛んでばっかりだ、吉岡君は」
「何、上手いこと言ったって顔してるんですか!」
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