第24章 サヨナラのメソッド⑥

 事務所から何度か電話は来たが、無視した。

 謝罪メールには目を通した。内容を読むに、どうやらクビにはなってないらしい。

 けど謝罪と共に、空飛び関連の収録、イベント予定がきっちりと書かれていた。逃がすつもりはないらしい。もう話は通されている。ここで逃げたら、悪いのは私になる。


「専門学校とのコラボはどうでしょうか。専門学校に1日講師として、講演する。そしてラジオではスポンサーとして専門学校の名前を宣伝する」

「なるほど、悪くない」


 植島さんが頷き、女性スタッフさんがホワイトボードに書く。

 今、私たちは放送局の近くのレンタル会議スペースを利用し、ラジオ存亡会議を行っていた。植島さんをはじめ、多くのスタッフがアイデアを持ち寄ってきた。


「やっぱりよしおかんと言ったら酒ですよ、酒。というわけで酒蔵とコラボはどうでしょう。ラジオでお酒を試飲し、宣伝。またラジオのネット通販でオリジナル日本酒の販売」

「オリジナルは時間がなー」

「なら、既存商品で、せめてパッケージを変えて販売ですかね」

「酒造見学を吉岡さんに行かせたら面白そう!」

「音声ではなかなか伝わらないけどね」

「だからこそ、皆行きたくなるんですよ。音だけじゃわからない。なら、実際に見学に行ってみようと。酒蔵がこれっきりラジオの聖地になるんです!」

「日本酒じゃなくても、ウイスキー、ワインと他にもありかも」


 皆がわいわい意見を交わす中、私は口を開けない。

 実際に実現したら面白そうなコラボばかりだ。お手軽なものから、ビジネスとして成立しそうなものまで、ホワイトボードにびっしりと埋まる。このラジオを続けたいという熱い気持ちが伝わってくる。

 でも、一人気持ちが置いてかれる。


「吉岡君はどうだい?」


 植島さんに話を振られ、皆の視線が集まる。


「私は……」


 言うのを躊躇う。


「大丈夫ですか、吉岡さん?今日はあまり口数が多くないですね」

「体調悪いの?」

「いえ、大丈夫です。大丈夫なんです」


 心配そうな表情に向け、私は話を始める。

 私が考えたのではなく、無理やり決められたことを。


「空飛びの、空飛びの少女の話が来ました」


 空気が一瞬で張り詰める。


「声優としてのオファーと、イベントオファー、歌唱も含めてです。その見返りとして、ラジオでの宣伝、楽曲紹介、私のライブでの歌の許可がおりました」


 わいわいと話し合っていたスタッフが、口を閉ざす中、植島さんが「なるほど」と言い、言葉を続けた。


「確かに、1番話題になる」


 私は頷き、植島さんが話を続ける。


「佐久間君も出ているアニメだ。空飛びがコラボする、一種のスポンサーとなったらこの番組を放送局も切るに切れなくなるだろう。今やっているアニメで、イベントも決まっている。そして大炎上している。こんなに注目されている作品、コンテンツは他にないだろう」


 良くも悪くも、だ。


「炎上には慣れている。ピンチこそチャンスだ。大いに利用できる」


 「でも」とスタッフが口を挟むのを、植島さんが止める。


「ああ、言いたいことはわかるよ。欠けているんだ。吉岡君の気持ちはどうなる」


 構成作家の台詞に目を見開く。

 さらに彼の言葉に同調し、周りのスタッフも声を上げる。


「その通りですよ、植島さん!吉岡さんに辛い思いをさせるなんて駄目です」

「だよなー。リメイクには呼ばず、困ったら助けてくれなんて調子よすぎだよな」

「ひどい話ですね……」


 ど、どうして。


「皆さんは、それでいいんですか?」


 どうして、そんなことを言ってくれるんだ。

 皆が微笑みを返す中、一人無表情な作家さんが答える。


「続けたい。ラジオは続けたい。でも、吉岡君が苦しんでまでやる必要はない」


 わからない。


「別に放送局に縛られる必要もない。今のご時勢、配信限定でもいいんだ。何処にいたってラジオはつくれる。形は何だっていい。そりゃ、訴求力は違うさ。公共の電波とは比べ物にならない。けど面白いものをつくれば、きっとお客さんは付いてくる。きっと報われるんだ」


 言葉が染みる。


「で、面白いものをつくるには、やっぱりパーソナリティが楽しくなくちゃ駄目だ」


 信じられなくなって、事務所を飛び出した私に潤いを与える言葉たち。


「お金も大事だよ。お金がなくちゃ、ラジオはつくれないし、スタッフの皆の生活を支えることができない。お金をケチってやるのは間違っている。けど、売上至上主義に走るのも違う。利益のことばかり考えると、見失ってしまうんだ」


 売れれば正義。

 ヒットすれば勝ち。

 そんな世界において、異なる価値観。誰もが最初は持っていたけれども、業界の荒波にもまれ。失っていく信念。


「ファンの笑顔。そのためには、君たちが笑顔じゃなくちゃ駄目だ」


 笑顔。

 皆の笑顔。

 私が失っていた表情。


「皆さんは」


 皆の顔を見る。

 ラジオを存続させようと頑張っている。ホワイトボードに書けないぐらいアイデアを出してくれた。

 けど、その熱い思いを捨ててもいいという。


「いい人たちですね」


 植島さんが「だろ?」と言い、男性スタッフに思いっきりツッコミを入れられていた。


「……ハハ」


 可笑しくて、笑えた。やっと笑えた。


「だからさ、吉岡君。君が選んでくれ。……というのはプレッシャーかな。違う。どっちでもいいんだ。どれかを選んで、もがいてもいい。苦しい思いをするぐらいなら、何も選ばず、番組が終わりとなってもいい。足掻くなら、一緒に足掻こう」


 私は応えたい。


「サヨナラとなるのもいい。けど、サヨナラの後にまた呼んでもらえると嬉しいな。形は変わっても、規模は変わっても、また集まりたい。これっきりラジオの思いは残したい」


 私は答える。


「私だけでは答えられません」


 そう、私だけじゃ駄目なんだ。

 鞄から電話を取り出し、立ち上がる。


「稀莉ちゃんに電話してきます!」


 私たちの、答えを出す。

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