第24章 サヨナラのメソッド⑤
「空飛びの仕事っす。23話に出るキャラの声優としてのオファーと、最終話イベントの出演オファー、そして歌ってほしいとのオファーっすよ」
「待って、待って。情報が多すぎる!」
声優仕事に、イベント出演に歌唱?
頭が追いつかない。
「詳しい事情はわかんないっすけど、たくさん仕事来てラッキーっすね」
「ラッキーじゃない!片山君、私の3月の予定知っていますか?」
「えーっと3末にライブがあって、ラジオの収録もあって~ですかね。何とかいけないっすか?」
「さすがに難しいです。今日のようにレッスンが必要です。新曲を覚える時間も必要ですし」
「……ですよねー」
いやいや、さすがに理解してほしい。
ライブだけに出るならいい。何も準備せず、練習せず、舞台に立てることができればいいが、そんなわけにはいかない。歌のレッスンだけじゃない。ダンス、演出の確認、トークの準備など、やることはたくさんだ。どれだけ時間があっても足りない。最高の時間にするために、余計なことをしている暇はない。
「ごめんなさい、この仕事はお受けできません」
「待って、待ってくださいっす。マジでやべーらしいんすよ」
「私だって、ヤバいんです。無理です!」
それでも片山君は引き下がらない。
詳しく聞くと、社長からの直々の依頼だということがわかった。片山君の頭の中に「NO」の文字は無い。
なら、ここにいても仕方がない。心配する牧野先生をこれ以上困らせてはいけない。説得すべき人物はここにいない。
「今から事務所に行きましょう。いいですね、片山君」
気の抜けた返事は来ず、「はい」と彼は短く答えた。
事前に片山君が電話をしていたからだろう。事務所に着くと、すぐに社長室に通された。
嫌なことが蘇る。前に社長室に来た時は、「空音は君じゃない」と告げられ、自身が新しいアニメに関われないことに絶望した。
そして今回も「空飛びの少女」関係の話だ。心がざわつく。
ドアを開けると、部屋の中には社長と、秘書さんがいた。
私を見ると社長はすぐに頭を下げた。
「吉岡さん、配慮のかける連絡をして申し訳ない」
返事をせず、椅子に座り、睨む。
「……どういうことですか」
「空飛びの少女がまずいことは知っているかい」
「オリジナルエピソードに入り、炎上していますね。制作現場の状況もあまり良くないと聞きました」
「そう、その通り、いや、それ以上にまずい状況になっている。ディスクの予約数も伸びず、関連グッズも思った以上に売れていない。現場も逃げ出す人が続出し、監督もノイローゼ気味だ。総集編を挟み、副監督が何とか頑張って納品できているが、クオリティは低い。このままでは映画の話が無しになる危機なんだ」
2クールの後に、映画化と聞いていた。
アニメの復活から、盛り上げに盛り上げ、映画に繋げる。昔のファンも、新しいファンも取り込み、『空飛びの少女』は大ヒットコンテンツへ、……なる予定だった。
可能性はあった。1期の出来は非常によく、評判は良かった。
それが一気に落ちた。自滅、と外部の私が言うことは容易いが、色々な要因があるだろう。ともかく状況は最悪だ。
「でも私には関係ないことです。私はもう空音じゃない」
「そう、そうなんだがね。吉岡さんには関係ないはずだったんだが、委員会が泣きついてきた」
「そうですか」
「やっぱり昔のファンの力が大きいんだ。ディスクやグッズにお金を使ってくれるのは当時子供で、大きくなった昔のファンだ。そんな彼らがついてこないのが非常に問題だ。昔の空飛びの少女の方が面白かった、前の空飛びを返してくれ、と批判がたくさん届いているんだ」
「それでも関係ありません」
「そ、そうなんだが、本当にそうなんだが、委員会は考えたんだ。昔のファンが喜ぶことをしようと。それに君が選ばれた」
今が駄目だから、過去に縋る。過去の栄光はひと際眩しく見える。あの頃に憧れる。あの頃を取り戻せば、何とかなると思っている。
浅はかな考えだ。
「昔の空音を出す。もちろん、そのまま空音を出したら、空音が2人いることになり、さらに炎上してしまうだろう。だから、顔は見せない、戦闘機に乗った女性の役としてオファーが来た。謎の女性が、今の空音を救うエピソードだ。かっこいい役だ。その役を君が、昔の空音の声の吉岡さんがやることで、色々な意味を持たすことができる」
「原作にはない話ですよね?」
「オリジナルエピソードから無理に戻すために、原作者が考えた案だ。すでにその案で、最終回までシナリオが描き直され、絵コンテの修正に入っている。23話に出演、アフレコは2月末だ」
「出るなんて言っていませんよ」
「出てくれ、お願いだ」
過去に縋り、思考を停止させいては何処にもいけない。
失敗を恐れずに挑戦して、前に踏み出して、痛みを伴って、はじめて生み出せる。そう、私だって過去に縋っていたら終わっていたんだ。
だから、私はこの仕事を受けてはならない。
「今の空飛びに出て、私にどんなメリットがあるんですか」
「そ、そうだよな。思い入れの強い作品に、ちょい役なんて嫌だよな」
「……私を馬鹿にしているんですか?」
考えが違いすぎる。
所詮、見栄とビジネス。駒の私なんてどうだっていい。
事務所の利益。
ここで大きな貸しをつくっておけば、今後得だと踏んでいる。
「そうだ、メリットだが、最終話上映スペシャルイベントにも出られる!最終話上映以外にキャストトークショー、主題歌歌唱があるんだ。そこで吉岡さんにも、過去のエンディング曲を歌って盛り上げて欲しいとのことだ」
「今の空飛びのイベントなんですよね。なのに、私が歌う?意味がわかりません」
「だから言っているだろう!前の空飛びのファンの心を掴むためだ!盛り上がるんだ!盛り上げなきゃいけないんだ!」
「社長」
ヒートアップする社長を秘書さんが呼び、宥める。
ズレている。
ここは、私を選んでくれた場所だ。私を認めてくれた人たちだ。
だから、彼らの言葉を信じ、頑張ろうとしてきた。
「そうなんですね、事務所は私を守ってくれないんですね」
あっさりと崩れる。信頼、絆。
利益だけじゃない。家族のような温かさ。
「はは、馬鹿みたい。今まで何で疑わなかったんだろう。私って馬鹿じゃん」
私の言葉に、社長が焦るのが見てわかる。
「わ、悪い話じゃないんだ。これは吉岡さんを思ってのことなんだ。認めれてくれれば、空音関連が使いやすくなる。あっちのレコード会社の協力も得て、君のライブで歌うことだって、ラジオで取り上げることだってできるだろう。そうだ、ラジオで『空飛びの少女』を応援しています、毎週楽しみにしてますといってくれたら、いい。ファンは喜んでくれるだろう」
そうなれば、『空飛びの少女』と全面的にラジオコラボすることもできるだろう。映画まで続くのであれば、稀莉ちゃんや私がいるラジオ番組は切られにくくなる。
貸し。番組存続のために、委員会や、放送局や、事務所を巻き込んで大きな貸しをつくらせる。
それに、ライブ曲が少ないことも悩みだった。私のキャラソン以外に、オープニング曲をカバーすることも許されるかもしれない。
悪くない。悪くない、んだ。
でも、そこに私の気持ちと、彼女の気持ちが存在しない。
「稀莉ちゃんは知らないんですよね」
「あ、ああ、先にこちらの事務所に話が来ている」
いつだってそうだ。
ずるい。嫌な選択を私に押し付ける。
決まっているくせに、決めつけているくせに、さも私の意志で動いたかのように見せかけようとする。
ズルい。
「今まで」
「はい?」
信頼していた。
いつも私の味方だと思っていた。
「今までのこと、感謝しています」
そんなことは、なかった。
考えればわかることだ。事務所だって、多くの声優が所属している。全員が売れればいいが、そんなにうまくはいかない。個人個人までは見ていられないのだ。事務所第一。個人の想いより、全体の利益。ビジネスの世界。
私も単なる商品の一部。
そうだ。私は事務所に所属しているが、あくまで個人事業主なんだ。
守られているようで、守られていない。
だから、私にだって自分で決める権利がある。
「でも、今年の更新は考えさせてください」
「そ、それは困る!困るよ」
社長が大慌てで訴えるも、私は席から立ち上がる。
「……困ることをしているのは、あなたたちですよ」
そう言い残し、部屋から出ていった。
真っ暗な中、下を見ながら、早足で駅へ進む。
クビになるかもしれない。
けど、それだけのことをした。私を守ってくれなかった。守ろうとする意志がなかった。私の想いを踏みにじった。
心が怒りに支配されているはずなのに、目が湿っていた。
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