第24章 サヨナラのメソッド④

 ラジオの打開策を考えなくてはいけない。

 でも自分のこと、迫るライブのことも蔑ろにはできない。

 3月末から4月にかけてのライブに向けて、今日も必死にレッスンだ。


「え、新曲2つですか?」


 歌の先生の牧野さんから新曲の提案をされた。


「ええ、あなたならできるでしょ、吉岡さん」

「ライブは来月ですよ?厳しいですよ、牧野先生」

「ほぼ2カ月は使える。何で無理だと思うんですか?」


 「何で?」と言われると、答えづらい。

 時間がない。大変。言い訳はたくさん浮かぶが、プロとして口にはできない。


「あなたはもっと輝くのよ」


 ラジオのテーマソングのレッスンの時は優しい先生だったが、アーティスト活動をし始めてからの先生はスパルタに豹変し、指導が厳しい。それだけ真剣に私を育てようとしてくれているのだろう。ありがたい、けど期待に応えるのも大変だ。


「正直、曲が足りないの」


 シングルで2曲、ミニアルバムで6曲と、私の持ち歌は8曲しかない。

 12月のライブはミニライブという形式で、これっきりラジオの曲も合わせて9曲歌った。けど、何度もラジオの曲を歌うわけにはいかない。私と、稀莉ちゃんの曲だ。私だけの曲ではない。

 ともかく10曲にはしたい、とのことで新曲2つの追加。先行配信と、会場での販売で対応するらしい。私に話が来る前に、すでに根回し済みだ。拒否権はない、と。


「カバーでもできれば、曲数は稼げるのにね」

「誰かの曲を歌うのは難しいですよ。あとプレッシャーが……」

「橘さんの曲を歌うのは?」

「無理です!」


 練習とは違うのだ。唯奈ちゃんに許諾をとるのも大変だし、熱狂的な唯奈ちゃんファンから「全然違う!」と言われたくない。


「ゲームやアニメのアイドルグループ、ユニットに所属していたら、曲もたくさんあるんでしょうけどね」

「そうね、最近では覚えられないほどにアイドルグループが溢れているわ。何で吉岡さんは何処にも入っていないの?」

「若い子がいいから、ですかね?」

「あら、まだ30前でしょ?」


 ファンはアイドルに『成長』を求める。なので、アラサーの私を抜擢するよりも、新人声優をあてがう方が理にかなっている。それに個人のアーティスト活動ならある程度仕事の融通が利くが、グループに所属となると、合わせの練習も必要だったり、イベント数も増えたりと時間がかなり奪われる。昔の私なら受けられたが、複数の仕事を抱えている状況では難しい。


「そういえば調べましたけど、キャラソンの数はあまり多くないですね」

「1人で歌ったのは空音ぐらいですかね。空音だけで2曲はありますね」

「2曲ね……、もっと曲作りなさいよ。本当、周りは見る目がなかったわね」

「そんなそんな」

「今は掌返しでアニメの仕事も増えているでしょ?歌唱力前提のアニメとか」

「そうですね、それなりに」


 レコード会社のプッシュか、OP前提でアニメに組み込まれるケースも多い。またイベントでキャラソンを入れたいがために、審査として歌唱力が前提の場合もある。歌えない時点でリストにすら入らないのだ。

 アーティスト活動のおかげで、今やたくさんのリストに入っているのだろう。事務所への問い合わせ、オーディション案内の数が明らかに増えている。


「いずれ歌えるキャラソンも増えてくると思うのですが、今は空飛びの少女と、ラジオ曲ぐらいですね。でも空飛びの少女は難しいですよね」

「色々と許諾も必要ね」

「はい、今出しているレコード会社と違いますから、なかなか歌えないですよね」

「歌ってみたい?」


 空飛びの少女の空音として、ステージに立ち、歌った光景は今でも鮮明に覚えている。輝かしき思い出。素晴らしき記憶。

 もう一度、と思う気持ちもある。


「歌ってみたくない、といったら嘘になります」


 でも、もう私は空音でないし、空音として歌うなら稀莉ちゃんだ。

 私は、今のアニメには不必要だ。

 3月になれば収まっているかもしれないが、アニオリ騒動で炎上している所に、昔の曲を歌い、突っ込んでいくのは得策ではない。

 

「牧野先生、どうすれば稼げますか?」

「何ですか、唐突に」


 空音のことから逸らすために、話題を変える。


「ラジオで色々考えないといけなくてでしてね……」

「吉岡さんも大変ね。うーん、CDなら握手券つき、イベント優先、グッズ付きといったところだけど。ラジオね。そうだ、あなたの好きな物や最近ハマっていることとコラボすればいいんじゃないですか」

「酒、ソシャゲ、可愛い子」

「……あなた、ロクな趣味ないわね」


 露骨に引かないでほしい。

 お菓子作り、ヨガ、手芸、英会話、ドライフラワーなんて答えられたら、ウケがいいのかもしれないが、残念、モテ要素皆無なんだなー。……可愛い子って冗談で言ったつもりなのだけど、ツッコミがこないのは寂しい。そう思われている!?


「走るのも、楽器も多少はできますが……」

「陸上とコラボは難しいわね。楽器もバンドアニメならともかく、ラジオとコラボはね。ついでにギター練習します?」

「しません、しません。これ以上こなせません!」


 これ以上覚えることを増やすのはキャパオーバーだ。


 ガチャリ。


 レッスンルームが開き、振り向く。

 久しぶりに見た顔。いや、久しぶりなのが可笑しいんだけど、私のマネージャーの片山君がやってきた。


「ちーっす。吉岡さん」

「何で片山君がここに!?」

「いや、俺マネージャーっすよ。来ても可笑しくないっすよね!?」


 現場に来ないことが当たり前となっているので、来ることが可笑しいと感じる、可笑しい現実。


「仕事っす。吉岡さんもきっと喜ぶと思うんですよ」

「仕事?もうこれ以上は」


 私が言いきる前に、片山君が間髪入れずに告げた。


「オファーです。空飛びの少女の」

「は、はい?」

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