第24章 サヨナラのメソッド③
もう一度、植島さんと収録ブースに入る。
スタッフもガラスの向こうで、ちらちらと見ているが、部屋の中は2人だ。対面する形となり、落ち着かない。
顔には出ていないが、どう見ても不機嫌だ。
「さっき局の偉い人間が来ていて、話していたんだ」
「はい」
その人に怒鳴っていた。あの植島さんが声を荒げていた。
「単刀直入に言う、このラジオが4月の改変期で打ち切り候補に挙がっている」
「……はい」
予測できたことだ。
『これっきりラジオ』の終了。
ただ、植島さんが言葉を付け加える。
「だが、勘違いはしないでほしい。吉岡君の評価は高い。かなりといっていい。アーティストデビューしたことで、注目度も上がっている」
「いや違うな」と植島さんが首を振る。
「歌が無くても、君のトークスキルは他の人にないものだと、私は思っている」
「……ありがとうございます」
褒められている。パーソナリティとしての高評価は素直に嬉しい。
けど、こんなタイミングで聞きたい言葉ではなかった。
「でも、吉岡君が1番輝くのは化学反応した時だ」
「誰かと一緒にラジオをした時」
「その通り。だから局の人に提案された。これっきりラジオを終わらせ、別の声優と吉岡君を組ませて、番組をつくってくれと」
局として、真っ当な意見だ。
いつまで、2人のラジオ番組を1人でやらせるのだと。
当然の考え。
むしろ私にまたラジオをやらせたいと思っている。評価されているのだ。光栄なことだ。
「残念ながら、ビジネスの話だ。1人でやっている時のマイナスはでかい。イベントができず、グッズも出せない」
「稼げない、んですね」
「数は落ちていない。今までの商品も売れている。しかし、次がない」
ラジオ自体は「つまらなくなっている」と唯奈ちゃんにも言われ、自覚もしているが、それでも数は落ちていない。
けど、稼げていない。今までどんどんイベントをやり、グッズを出し、曲も出してきたが、パタリと止まってしまった。
アニメ番組宣伝ラジオとは違うのだ。売れなければ、稼げなければラジオを続ける意味が無い。ビジネスの世界。
「で、喧嘩した」
「え、ええ」
怒鳴っているのは聞いたが、『喧嘩』と表現する。
「あっちの言うことは最もだ。私にだってわかっている。けど、そんな考えは間違っている。吉岡君を他と組ませて、面白くなる?ああ、確かに面白くなるかもしれない。けど、これっきりラジオには及ばない」
断言した。及ばないと、他では無理だと。
熱の入る植島さんの言葉をじっと聞く。
「ああ、私は見てしまったんだから。これっきりラジオの化学反応を」
見てしまった。知ってしまった。
「初イベントの公開告白。大炎上したよ、悪影響もあった。それでも最高にエキサイティングだった」
あんなことが起こるなんて、普通は思わない。
植島さんでさえ、予期せぬ事態。でも稀莉ちゃんの言葉のおかげで私達は変わった。
「合同イベントでは、他の番組に負けない強さを見つけた。ああ、俺の番組は、この2人はどのラジオよりも面白いんだと自信を持つことができた」
どのラジオも面白い人だらけだ。それに負けない、1番の面白さを持っていると褒めた。
「佐久間君が歌えない時は焦った。一人の声優を駄目にしてしまったのかと、自分を恨んだ。けど一度も合わせなかった歌が、舞台で合わさったんだ。どんなイベントよりも感動的なものだった。あの歌を聞けただけで、俺は救われた」
苦しかったのは稀莉ちゃんだけでない。周りのスタッフも戸惑い、辛い思いをしていたのだ。その思いを、救った。たとえ、その先ラジオが一人になろうとも、私たちは真価を見せることができたのだ。歌の力、二人の合わさったパワーを見せつけた。
植島さんが一呼吸して、告げる。
「俺は忘れられない。あの化学反応を忘れられない」
熱い。熱すぎる思い。
一度味わった体験は、無かったことにはできない。
「私も同じ気持ちです。どれも忘れられません。他の人と組んで、同じことはできません。同じ熱量を持てません。稀莉ちゃん以外、ありえないんです」
「ああ、その通りだ。だから俺は待ちたい。佐久間君の帰りを待ちたい。たとえ今は稼ぎが落ち込もうとも、戻ってきた時のリターンは大きい」
ならば、そうだ。
「だから、吉岡奏絵」
「ええ、わかっています」
植島さんが私の名をフルネームで呼ぶ。
思いは同じだ。
「歯向かいましょう」
「歯向かおう」
必死に抗う。言いなりなんてならない。
おめおめとサヨナラを告げてやるもんか。
スタッフたちがブースの扉を開け、入ってくる。
「大声で話しすぎですよ」
「だいたい聞こえました」
植島さんと顔を見合わせ、笑い合う。
「水くさいですよ。僕だって思うところがあるんです」
「私もこんな楽しい現場を終わらせたくありません」
「全然わかっていないんすよ。上の奴らは」
「ぎゃふんと言わせましょう」
皆、言いたい放題だ。そんなスタッフの言葉に勇気づけられる。
パーソナリティは今は一人だ。
けど、私は一人じゃない。
「皆で戦いましょう」
元気の良い言葉が返ってきた。
あの後、1時間以上も話し合い、外はすっかり暗くなっていた。
街中を歩きながら、考えを整理する。
1番いい解決策は、稀莉ちゃんが今すぐラジオ番組に戻ってくること。
だが、これはNGだ。
事情を話せば、稀莉ちゃんも無理して戻ってくるかもしれない。
けど、それじゃ駄目なんだ。彼女が前を向いて、完全に復活して、初めて2人のラジオが再開できる。
2番目に出た案は、クラウドファンディング。
儲かっていないから文句を言われるのだ。なら、数値を出せばいい。お金を募り、達成したらグッズ、イベント優先権をリターンとしてパトロンに返す。
しかし、その場しのぎのお金稼ぎは良くない。お金が集まっても、番組が打ち切りになったら何も返すことができず、リスクが大きい。それに局の許可も必要であるし、ファンからも良い印象をもたれないだろう。
となると、3番目の解決策だ。
「佐久間君がいなくとも稼ぐしかない」と植島さんは言った。
グッズの作成、コラボ、何でもいい。
ともかく時間がない。すぐに目に見える成果を出す。植島さんも番組スタッフの皆も「必死に考えてくる」と言い、次回の収録前に話し合うことになった。
私もゆっくりしてはいられない。
ふとお店を見ると、バレンタインデーフェアと書かれたのが目に入った。
去年だったら、稀莉ちゃんから貰えた。私も準備した。彼女が喜んでくれるか、一生懸命調べ、購入し、当日までドキドキすることができた。
けど今年は、もらえない。準備は必要ない。
「甘いことを言っている場合じゃないよね……」
甘さは後でたっぷり味わえばいい。
それでも、一抹の寂しさを覚えるのは仕方がないことだった。
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