第24章 サヨナラのメソッド②

 アニメ収録の後は、これっきりラジオの収録だった。

 現場につくと、開口一番、植島さんが尋ねてきた。


「お疲れ様、仙台行ったんだって」


 何故バレたし。


「……どうして知っているんですか?」

「橘君に聞いた」


 先ほど、唯奈ちゃんと現場で会ったらしい。情報駄々もれだ。

 帰りの新幹線はギリギリだったので、番組のスタッフにお土産を買う余裕もなく、「よし、黙っておこう」と心に決めていたのに。


「うう、すみません。お土産を買ってこなくて……」

「お土産?いいよ、仙台にはすぐ行けるからね。それに貰い飽きているんだ」

「さすが売れっ子構成作家ですね」

「ハハ、そうだね。でも萩の月ならいつでも貰いたい。あの洋菓子は美味しいんだ」


 嫌味で言ったつもりだが、意に介さない。

 うん、確かに荻の月は美味しい。でも大勢に買ってくるとなると高いんだよな……。


「仙台に行って、顔明るくなったね」

「……これでも色々と悩んでいますよ」

「それでも前よりは明るい」


 自分でもその変化はわからない。

 でも、構成作家さんが言うからきっとそうなんだろう。


「やるしか、ないんですよね」

「お、やる気だね」


 稀莉ちゃんが落ち込んでいても、もう何もできない。まだ歌うには完全じゃなくても、作品のトラブルに巻き込まれていても、私ができることはない。

 今すべきことは、目の前の自分の仕事に全力で取り組むこと。

 稀莉ちゃんも私だけのこれっきりラジオを毎週聞いてくれている。離れていても、声は届く。

 私はやるしかないんだ。


***

奏絵「では、次はこちらのコーナー」


奏絵「よしおかんの願い、かなえたいーーーー!」


奏絵「このコーナーは、吉岡奏絵のお願いを無償で叶えてあげるコーナーです」

奏絵「え、そんなコーナー知らないって!?」

奏絵「元々は、『稀莉ちゃんの願い、かなえたい』という恐ろしいコーナーだったんですけど、稀莉ちゃんがお休みのため、しばらくできていませんでした。で、こちらへのお便りが他のコーナーに比べて異常に多いんです。あまりにたまりすぎたんで、ここで消化したいと思います。あと、不味そうなおたよりは今のうちに排除しておく」

奏絵「本当は稀莉ちゃんの願望を叶えるためのコーナーだけど、日頃、頑張る私にご褒美があってもいいんだ。うん、今日は私のためのコーナーだよ」


奏絵「はい、1つ目のお便りです。『淡水魚3000%さんから。炭酸水を飲み比べ対決してほしいです。ついでにどれが1番美味しかったか教えてください』。却下。今日はゲストもいなく、私一人なので量飲むのはキツイ。しかもゲッ、天使の吐息が出ちゃうから駄目よ☆」


奏絵「……はい、次。『はっしーまっしーさんから。アニメでデートといえば水族館だと思うんですよ。二人で水族館に行って、写真をSNSに上げてください』。ふむ」

奏絵「アニメって、そんなに水族館出るの?思い出すと……、けっこうあるね。幻想的な感じがしていいのかな。映画デートの方が多いと思ったけど、絵的には確かにイマイチだよね。暗がりで手を繋いだり、ホラーで怯えたりするぐらい?あ、オタク映画で盛り上がる展開も見たことある」

奏絵「水族館は、動物園デートより大人っぽさもあるよね。適度な暗さが、きっとロマンチックなんだね」

奏絵「えーっと、うん、次、次!」

奏絵「えっ、何、植島さん?誤魔化すなって」

奏絵「ああああ、もう行ったことあるから!これも却下です!」


奏絵「植島さん、次のおたよりありがとう。次は却下するなって?善処します。はい、『鉄火巻団員さんから。稀莉ちゃんと、奏絵さんの受験生イチャイチャ寸劇が見たいです』。えーっと、これも一人じゃ無理ありません?うーん、劇団・空想学も最近やってないしな。あー、あ"あ"ー、ぁー。よし」


===

奏絵「ここは放課後の、学校の図書室」


奏絵(稀莉ボイス)「奏絵ちゃん、隣いい?」

奏絵「いいよ、稀莉ちゃんも勉強?」

奏絵(稀莉ボイス)「もちろん、大学受験の勉強。こないだの模試で1位とれなかったから頑張るの」

奏絵「稀莉ちゃん頭いいもんね。すごいなー」

奏絵(稀莉ボイス)「奏絵ちゃんももっと頑張りなさいよ」

奏絵「ううー、なかなか集中できなくて」

奏絵(稀莉ボイス)「カリカリ」

奏絵「集中はやっ!さすがだね、稀莉ちゃん。……大学になったら、離れ離れだね」

奏絵(稀莉ボイス)「大丈夫よ」

奏絵「え?」

奏絵(稀莉ボイス)「離れ離れじゃない。同じ大学受けるもの」

奏絵「え、稀莉ちゃんの志望大学って……」

奏絵(稀莉ボイス)「いや、奏絵ちゃんが私に合わせて志望大学あげるの」

奏絵「え、え、ええええ?」

奏絵(稀莉ボイス)「何よ、奏絵ちゃん、私と同じ大学に行きたくないの?」

奏絵「行きたい。行きたいけどさ。私には無理だよ。頭の出来が違うよ」

奏絵(稀莉ボイス)「毎日私と同じ授業受けて、毎日カフェに行って、毎日お喋りするの」

奏絵「うう、魅力的な提案だけどさ」

奏絵(稀莉ボイス)「大丈夫。今日から受験日まで奏絵ちゃんがしっかりと勉強しているか、監視するから」

奏絵「こ、怖いよ。顔が怖いよ、稀莉ちゃん」

奏絵(稀莉ボイス)「それにたとえ大学に落ちても、同じ家に住むことになるから、ね」

奏絵「えっ」

===


奏絵「終わり、終われ!」

奏絵「いやいや、自分でやっといてですが、ひどい。全然稀莉ちゃんの声に似ていない。稀莉ちゃんが聞いてたらクレームの電話来るよ、これ」

奏絵「同級生設定にしたんですが、自分で奏絵ちゃんと言うのキツイ、マジでキツイ」

奏絵「それにこの内容はどうなの?イチャイチャってこういうことなの?お守り交換したりとか、お部屋に招待して、勉強そっちのけで……だったりとか、あっ、OK。植島さんから丸をいただきました」

奏絵「もう稀莉ちゃんの声真似はしません。真似してくださいって、お便り送って来ないでね。フリじゃないよ!」

***

 

 やるしかない、と思ったが、これは違う。

 何で私、稀莉ちゃんの声真似しちゃったの?寂しさがまた爆発しちゃったの?途中からちょっと楽しくなったよね、私?

 ま、まぁイマジナリー稀莉ちゃんを召喚して、独り言を言い始めないだけ、マシかもしれない、ハハハ……。


 反省しながらも、差し入れのドーナッツを食べる。収録も無事とは言えないが、思いっきり傷を負ったけど、何とか終わり、女性スタッフさんと会話しながら、ゆったりと過ごす。今日の仕事はこれにて終了だ。

 アニメの収録に、ラジオの収録2本。今日の私もよく頑張った。甘いものが疲れによく効く。


「どういうことだよ!?」


 突然、廊下から大きな怒鳴り声が聞こえ、ビクッとする。

 他のスタッフも気になったのか、扉を少し開け、覗き見る。


「誰?」

「何があったの?」


 他のスタッフも興味津々だ。

 覗き見ていた女性スタッフさんが扉をそっと閉め、小さな声ながら、皆に聞こえるように言う。


「植島さんがお偉いさんに怒っていた」


 「え、あの植島さんが?」と皆、動揺する。

 植島さんはのほほんとした、自由な人だ。よく褒めてくれるが、感情が顔に出ることは少なく、今まで怒った姿を見たことはなかった。怒ることも人間なのであるかもしれないが、植島さんが怒鳴る姿は想像できなかった。


 ガチャリ。


 扉が開き、スタッフ一同、背筋を伸ばす。

 植島さんが部屋に戻ってきた。

 その顔はいつも通りのようで、


「ああ、ごめん。吉岡君、ちょっといいかな」


 不穏だった

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