第24章 サヨナラのメソッド

第24章 サヨナラのメソッド①

 仕事を断ったことはなかった。

 大して仕事がなかったといえばそれまでだが、日程が難しくても、スケジュールを調整して、応えてきた。

 選り好みできる立場でもなかった。それに事務所で断っている仕事もあるかもしれない。

 何でもやる、とは言えないが、声優としてできることなら、どんなことでもチャレンジするつもりだった。


「ごめんなさい、この仕事はお受けできません」


 私は初めて、自分の意志で仕事を断った。



 × × ×

 仙台から帰って、数週間経った。

 稀莉ちゃんが精一杯歌う姿に涙をし、勇気をもらった。

 今度は私の番だ、と思うも、心のどこかは満たされない。


 そう、彼女は歌えるようになったのだ。

 でも、『これっきりラジオ』にはまだ戻ってこない。

 彼女の気持ちは完全に立ち直ったわけでなく、『魔法』で誤魔化しているだけ。彼女の意地。まだ足りない。まだ私に会えないという。

 いつまで?とは問えなかった。

 3,4月の私のライブのことを伝えたが、来てくれるかはわからない。

 福岡、大阪、東京の3か所のライブ。このどれかに来てくれないと、次はいつになるかわからない。今年中にもう1つアルバムを出す話はあるが、ライブをやるとしてもかなり先になるだろう。

 見えない終末が迫っている。刻一刻と私を追い詰めている。


「吉岡さん、大丈夫?」


 アニメ共演者の篠塚真琴さんに声をかけられ、ハッとする。

 現在、私はアニメの収録現場に来ている。Aパートが終わったので、しばし休憩中であった。


「体調悪いんですか?」

「いえいえ、ちょっと考え事を。すみません、心配かけて」


 何も喋らず、下を向いていたので、心配させてしまった。

 体調は悪くない。けど、心は安定しない。


「良かった。最近大忙しですもんね。休むことも必要ですよ!」

「ありがとうございます。年明けは休めたんですけどね、面目ない」

 

 篠塚さんは、『これっきりラジオ』に一度ゲストに来た大滝咲良さんと一緒にラジオのパーソナリティをしている。『まことにさくらん!』。ディープなオタク向けラジオだ。私でもわからない用語が飛び交う、コアな番組である。合同イベントでも共演した声優さんだ。

 マニア向けなラジオなわけだが、篠塚さんはオタ話に熱中しなければ、清楚で朗らかな、気遣いの利く、優しい人であり、困っている時はすぐに声をかけてくれる。


「お正月は実家には帰ったんですか?」

「青森なんで、今回は帰らなかったですね」

「東北は遠いですねー」


 でも、最近仙台には行ってきたわけで。

 新幹線を使えば、思っているよりも東北は遠くない。それでも昨年末までイベントやレッスンで忙しかったこともあり、帰る選択肢はなかった。

 

「篠塚さんは帰ったんですか?」

「私は帰りましたよ。といっても埼玉なんですぐに帰れちゃうんですけどね」

「羨ましいー」


 プロデューサーや音響監督がガラスの向こうで楽しく話しており、休憩時間は伸びそうだ。篠塚さんとの会話は、正月話から、アニメの話にシフトしていった。1月はクールが変わり、新しいアニメが放送し出す時期で、アニメの話題は尽きないのだ。


「そういえば、あの作品不味いですよね」

「あの作品?」

「空飛びの少女です」


 新シリーズとして復活した『空飛びの少女』は、10月から放送が始まり、1月から2クール目開始となった。

 正月明けの放送は何も問題がなかった。私も見て、演出、稀莉ちゃんの演技に感心したものだ。

 問題は次の週だ。

 オリジナルエピソードに突入したのだ。

 小説通りに行かず、シナリオ改変。ただアニメ化にあたり、改変はよくあることで、けして悪いことではない。アニメに向いてない部分は省略し、アニメ映えする部分を付け加える。何も間違っていない。アニメと、小説では媒体が違うのだ。アニメはアニメの良さがあり、原作をそのままなぞることが正しいわけではない。

 けれども、オリジナルの話の評判がすこぶる悪い。すでに2週にわたり、放送されたが、物議をかもしている。

 1つが、新しい男性キャラの登場だ。空音の幼なじみで、10年ぶりの再会、そして仲間になり、空音を巡る恋愛模様に発展。しかし実は第三の国のスパイで、空音を陥れ、空音が乗った戦闘機が撃墜されるというところで終了している。小説にはない設定で、作者もシナリオ監修しているはずだが、SNSで『こんなキャラ、展開聞いていない』といっている始末だ。

 さらに綺麗だった作画が急に崩壊した。キャラの顔は崩れ、止めばかりで、動きは少ない。本編の画像はキャプチャされ、ネット場で拡散され、悪意ある言葉で溢れかえる。

 そして次週は突然の総集編だ。このオリジナルエピソードはまだ続くと予想され、原作好きの人からの批判の声が増えている。


「私、1クール目の学生モブで出演していたんですけど、その時の収録現場は和気あいあいとして、楽しかったんです。けど、今は制作状況につられてか、重苦しい雰囲気だそうです」

「稀莉ちゃんも大変な思いをしているのかな……」

「佐久間さんはほとんど別録りらしいですね。私も数回しか会いませんでした」


 ライブやレッスン、そもそも学校のこともあり、日時が合わないのだろう。しかし、主役が現場にいない、収録のスケジュールが考慮されていない状況は歪だ。


「こればっかりはどうしようもないよね」

「ですね……。私たちがどんなに頑張って、良い声を出しても、作品の画面には関係ないですもんね」


 悲しいが、それが現実だ。

 声優はあくまでアニメの1ピース。どんなに素晴らしい演技ができても、他が駄目なら駄目な作品になってしまう。逆も然りなのだが、私たちが声を吹き込んだ以降は、ただ祈るしかできない。ただ待つしかできないのだ。

 いや、酷い時には、つまらない、苦手と思う作品でも、面白い、楽しい作品と自分を偽り、宣伝しなくてはいけない。「つまらない」と思ってはいけない。「面白い」と思わければ、頑張って手を動かしている人が報われない。例え、偉い人が失敗と決めつけても、終わるまでは作品を愛さなくてはならない。

 いくら思う所があっても、作品を批判したり、つまらなそうな態度をとったりし、自身の評判を下げるのは駄目だ。私たちは使ってもらわなければ輝けない。


「篠塚さん教えてくれて、ありがとうございます。やっぱり昔出演した作品でも気になっちゃいますね」

「ご、ごめんなさい!そういう意味で言ったんじゃなくて、佐久間さんのことを気にしているのかと思ったんで」

「ううん、どちらにせよ、ありがとうだよ」


 望んだ形にはなかなかならない。

 どうしようもない。私が絵を描くわけでもないし、お金を出すわけでもない。

 私ができることは、ただ作品の成功、稀莉ちゃんの無事を祈るだけなのだ。


 歌えるようになって、私の道は広がった。有名になった。売れた。声優としての力は増した。

 でも作品に対しては、こんなにも無力である。私の変えられる世界は少しだけ。

 それでも、自分の役割の中で必死にもがくしかない。


 音響監督が「そろそろ始めようか」と言い、近くの人が扉をロックする。

 Bパートの収録が始まった。

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