第23章 踏み出した今⑥

 いまだ騒ぐ2人を必死に説得する。


「ちょ、ちょっと二人とも落ち着こう」

「落ち着いているわ。裏切った奏絵の罰を今、必死に考えている」


 そういって急に黙る稀莉ちゃん。

 怖い。怖すぎる。詳細を聞きたくない。

 とりあえず、こっちは大人しくなったので唯奈ちゃんの説得を試みる。


「ゆ、唯奈ちゃんもさ!」

「お、おぇえ、はしゃぎすぎて、牛タンとたい焼き吐きそう……」

「わ、わー、み、水飲む?」


 うんうんと頷き、私は持っていったペットボトルを渡す。

 ベンチに腰かけ、ゆっくりと水を飲む。

 こちらも急に大人しくなり、不安だったが、お水を飲み、少し楽になったようだ。 

 けど振り返ると、今度は落ち着いたはずの稀莉ちゃんが荒ぶっていた。


「え、何か私怒らせた?」

「あのさ、それ奏絵のだよね?」

「それ?」

「唯奈が飲んでいる水」

「え、そうだけど。ちょうどあって良かったよ」

「はーーーーーーーー、……そういうところが心配なのよ」


 よくわからないが、心配される。

 結果はどうあれ、落ち着いたのでオッケーです。


「で、何でいるの?」

「何度も話したけど、稀莉ちゃんのライブ、アイドルステップのライブに来たんだよ」


 振り返りベンチに座っている唯奈ちゃんに同意を求め、彼女も首肯する。


「そう……」

「うん」


 そのあとの言葉が続かない。

 話したいことはたくさんある。

 凄く良いライブだった。稀莉ちゃんの歌う姿が見られて嬉しい。涙が止まらなかったよ。

 言いたいことはたくさんある。

 ずっと心配していた。ずっと寂しかった。稀莉ちゃんのいない日々はつまらなかった。

 けど、口から出てこない。

 代わりに彼女が言葉にした。


「稀莉、良かったわよ」


 少し元気になった唯奈ちゃんが立ち上がり、告げる。


「ありがとう」

「それだけ言いたかった。おい、よしおかん。あと20分で新幹線出るから」

「え、あ、うん」

「私は事務所や収録現場に買って行くお土産を買わなくちゃいけないから、新幹線内で待ち合わせよ」

「わ、わかった」


 そう言って、彼女は足早に去っていく。

 ……気をつかってくれたのだろう。私のことを気遣い、二人にしてくれた。やっぱり世界一の器の女の子だ。

 さっきの喧騒が嘘かのように、静かになる。彼女と向き合うしかない。


「今日は泊まりなの?」

「うん。駅前のホテルで予約している。この後、初ライブの反省会よ」

「そうなんだ。大変だ」


 話せる時間はあまりない。唯奈ちゃんが用意してくれた時間は、世間話をするためのものではない。


「あのね、稀莉ちゃん」


 はぐらかして話している場合じゃない。

 冷たい空気を吸い込み、言葉を吐き出す。

 長かった髪をバッサリと切り、印象の変わった彼女に、でも見つめ返す瞳は変わらない彼女に向かって、私は謝る。


「待つ、と言ったのに、先に来ちゃってごめん」

 

 「また私をみつけて欲しい」と、私は言った。

 舞台の上で歌う私を、「またみつけて欲しい」と願った。彼女が立ち直ったと思える日を待った。

 それなのに、私は自分の弱さに負けて、会いに来てしまった。

 唯奈ちゃんに半ば命令されたとはいえ、約束を破り、来たのは私だ。


「でもね、来てよかった」


 けど、後悔はしていない。

 半年も会えなくて辛かった。

 たぶん来ていなかったら、私は駄目になっていたと思う。

 稀莉ちゃんの頑張る姿に、力を貰った。


「稀莉ちゃんは誰よりも可愛くて、かっこよかったよ」


 寂しくて駄目になるなんて可笑しい話だが、たくさんの勇気をもらった。

 私が与えるはずだった力を、逆に貰ってしまった。

 私は、まだ走れる。


「また、稀莉ちゃんのことを好きになった」


 君のために、まだまだ走れる。

 彼女は微笑み、「ありがとう」と答える。

 いつの間にか空から雪が降ってきていたのか、彼女の髪に雪が少し積もる。

 ゆっくりと近づき、手で払ってあげる。


「何よ」

「雪積もっている」


 それを言い訳に、彼女の頭を撫でる。


「頑張ったね。たくさん頑張った」

「子ども扱いしないの」

「違う。子供じゃなくても、こうするから」

「20歳になっても、アラサーになっても?」

「……それ答えたら、実質プロポーズだよね?」


 「ち、バレたか」と呟く彼女。油断も隙もない。


「ねえ、奏絵。聞いて」

「うん」

「私、まだ歌うのは怖いの」


 撫でていた手が止まり、顔が強張る。


「怖い。私は完璧じゃない。まだまだ自分の理想にはなれていない。今日のライブだって満身創痍だった。全然うまくいかなかった。奏絵にも、唯奈にも遠く遠く及ばない。舞台に立つ前は、まだ足が震える。まだあなたに会いにいけない」


 そうだ、半年が経ったけど、まだ半年だ。

 すぐに治りはしないし、そんな都合よくいくものでもない。


 それでも、彼女は舞台の上で堂々としていた。 


「魔法をかけられたから」

「魔法?」

「ライブ前に、こうするの」


 そう言って、彼女が人差し指を立て、唇につける。


「こうすると、モヤモヤが消えるの。奏絵の愛で包まれる。そしたら私は歌えるんだ」

「稀莉ちゃん……」


 自分でも顔が熱くなるのを感じる。

 えーっと、それって私とのキスを、ライブ前思い出しているってことですよね。


「めっっちゃ恥ずかしいこと言わないで!」

「何よ、恥ずかしいことをしたのはあんたじゃない!」


 なるほど、ショック療法として私の接吻は機能していたわけだ。

 いやいや、今日かっこよく歌っていた稀莉ちゃんが、私とのことを思い出し、私への気持ちで溢れていたなんて、なんて、なんて、……恥ずかしすぎるけど、凄く嬉しい。

 けど、それでも彼女はまだ自分の出来に納得していなく、まだ会う段階、ラジオ再開の状況ではないという。


「そろそろ時間ね」

 

 シンデレラと会うのも、もう終わりの時間で、帰りの新幹線は待ってくれない。

 明日も仕事があるので、新幹線を遅らすことも、明日早朝に急いで帰ることもできない。

 それに、ずるずると引きずってはならない。


「稀莉ちゃん」


 改めて彼女の顔を見る。

 幼かった少女は、ずっと大人になった。けど気持ちは変わらない。

 

「待っているよ。私もライブやるんだ。3、4月に大阪、名古屋、東京と三か所でやるんだ」


 来てとは言わない。

 待っている。

 私は待つ。


「知っているわ。毎週ラジオを聞いているもの」

「これっきりラジオ聞いているの?」

「だって、私のラジオよ」


 嬉しさがこみ上げる。

 

「違うわね、私と奏絵のラジオね」

「そうだね、うん。そうだよ!」


 また約束する。

 また私の中で、決意する。


「待っているから!」


 差し出した手は握られず、顔が近づく。

 キスされる!?と驚いたが、彼女は少し背伸びし、髪をかき上げ、おでこをくっつけた。


「あったかい」

「……恥ずかしい、稀莉ちゃん」


 そう言いつつも、私は離れない。 

 去りたくない。

 このままお別れしたくない。


「来てくれて、ありがとう」


 けどお礼を言い、彼女の温もりは離れていく。

 自分からも「じゃあね」と挨拶をし、駅へ向かおうと歩き出すも、ついつい振り向いてしまう。

 稀莉ちゃんが手を振っていた。


 会えた。また会えた。

 今すぐ戻って、抱きしめて、たくさんのことを話したい。

 でも、去らなくちゃいけない。

 会う場所はここではない。

 私は、待つんだ。

 


 発車の時間にはギリギリ間に合い、新幹線が動き出す中、指定席につく。


「あら、来ないかと思ったわ」

「ごめんね、ギリギリで」


 先に座っていた唯奈ちゃんが、私の顔をまじまじと見つめる。


「どうかした?」

「何で、また泣いているのよ」

「……泣いて、ないよ」

「そう、ならいいわ」


 新幹線が加速し始めると、すぐに唯奈ちゃんは寝てしまった。

 しばらく窓の外の真っ暗な景色を眺めていたが、やがて私も目を閉じた。


 忘れられない。

 会えてよかった。けどさらに会いたくなった。

 またね、が遠い。

 

 意識は暗闇に落ち、覚醒する頃にはもう東京に入っていたのであった。

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