第23章 踏み出した今④

「うわー……」


 待ってくれていた女の子に、ドン引かれる。

 そこには物販で買ったライブグッズを、その場で装備してきた私がいた。


 マフラータオルも黄色。

 Tシャツも黄色。

 鞄に複数付けた缶バッジも黄色。

 

「見るだけで眩しい!」


 ライブ中はペンライトも黄色にして、さらに眩しくなるだろう。


「何で黄色一色なの?」

「愚問だよ、唯奈ちゃん。アイドルステップはユニットごとに色が決まっているだ。DreamWitchは赤色系、ピンク。BlueBulletは名前の通り、青色。そして稀莉ちゃんの属するStarTRingは黄色なんだ」

「へ、へー。だから信号機みたいにオタクたちの色が違うのね」

「そう。見るだけで、何処のユニット推しかわかるんだ」

「ホントよく喋るオタクね」

「説明させといてひどい!」

「別に頼んでないわよ?」


 私の扱いがひどい。けど、稀莉ちゃんの載っているパンフレットを渡したら大人しくなった。わかりやすく、扱いやすい。

 オタク的エネルギーが満タンになったので、意気揚々とライブ会場へ向かったのであった。


 

 正面よりやや右の、一階の席に座り、開演を待つ。

 関係者席ではないので、きっちりとマスクに、眼鏡姿でお互い変装をしている。「この列全員マスクに眼鏡!?」と同じような人が固まっていると、それはそれで「ここが関係者席なのか~」と注目されちゃうが、今回は唯奈ちゃんと二人なのできっと大丈夫だろう。以前バレて、SNSで目撃情報が出た時は焦ったものだ。

 まだ誰も立っていないステージを見ると、冬なのに手が汗ばんだ。自分が出るイベント、ライブ以上に緊張する。「大丈夫かな、上手くできるのかな?」と心配してしまう、親御さん気分だ。よしおかんだからって、気分もお母さんになる必要はないよね。なら、彼氏面?手を組んで、「うんうん」と頷いていればいいの?


「そういえばさ」


 頭の中でぐるぐると考えを巡らせていると、隣の席に座る唯奈ちゃんが話しかけてきた。


「どうしたの?緊張してきた?」

「あんたほど緊張してないわ」

「そうですね……。何でこんなに緊張しているんだろう」

「案外出る人より、見守る方が緊張するもんよ。で、そうじゃなくて、言いたかったことがあるの」


 「へ?」と思わず間抜けな顔をしてしまう。

 言いたかったこと?私に?

 唯奈ちゃんが顔を逸らしながら、呟く。


「あんたって歌うまいのね」

「へ、どういうこと?」

「どういうことって、言葉のままよ。あんたの歌、アルバムを聞いたわ」

「あ、ありがとー」

「正直、誰かと思った。私の知っているあんたじゃない」


 声優仲間、事務所の人ですら同じことを言ってきた。

 吉岡奏絵に歌の才能があるなんて、皆考えていなかった。

 当然だ。私ですら、思っていなかったのだから。


「だからさ、私は、今回言いたかったんだ」


 言葉を待つも、先にBGMが止まり、周りから歓声があがる。

 唯奈ちゃんが苦笑いで、「後で」と伝える。

 何が言いたかったのだろう、と疑問に思うも、意識を切り替える。


 音楽と共に、スクリーンにキャラが一人ずつ表示され、キャラが切り替わる度に歓声が上がる。

 ユニットで色は固定なので、キャラごとにペンライトの色は変えず、操作の手間は少ない。

 

 キャラ紹介が終わった。

 鼓動が早くなる。

 ドクンドクンと、波打つ音が、私の中に響く。

 来る。来てしまう。

 ペンライトを握る手がさらに強くなる。


 そして、イントロが流れ始めた。


 12月からアプリが出ていたので、曲はもちろん知っている。何度もアプリで挑戦した曲だ。

 『Step to the Future』


 歌い出しと共に、声優さんたちが現れる。

 わーと会場が揺れ、ペンライトが光り出す。

 その中で、私は彼女の姿を追う。


 見つけた。

 稀莉ちゃんがいた。


「稀莉ちゃん……!」


 感情がこみ上げる。

 稀莉ちゃんが歌っていた。


 楽しそうに、笑顔で、ステージに立っていた。

 挫折して、歌えなかった稀莉ちゃんが歌っていた。


 視界がにじむ。

 前が見えない。

 でも、見なきゃ。この目に焼き付けなきゃ。

 可笑しいな。拭っても、拭っても、溢れてくる。


 会いたかった。会えた。

 辛かった。

 稀莉ちゃんがいた。

 信じていた。

 稀莉ちゃんが歌っていた。

 でも、不安だった。

 稀莉ちゃんが笑っていた。

 良かった。良かったね、稀莉ちゃん。


 未来へ歩き出せたんだ。


 × × ×

 せっかく買ったペンライトを振るどころではなかった。

 ずっと泣いていた。1曲目が終わっても、涙は止まらなかった。

 それでもステージを見るのは止めず、しっかりと記憶した。

 ひどい顔だっただろう。人に見せられた表情じゃない。

 でも、ここに来て良かった。


 終演のお知らせが流れても、何も言わずに待ってくれていた唯奈ちゃんにお礼を言う。


「ありがとう」

「何がよ」


 泣き止むのを待ってくれて。


「アラサーになると、涙脆くなっちゃうんだ」

「いいと思う」


 ここへ連れて来てくれて。


「私を元気づけようとしてくれたんだね、唯奈ちゃん」


 多少強引でも、その気持ちは凄く嬉しかった。


「誘ってくれてありがとう。唯奈ちゃんのおかげだよ」


 ふんっとそっぽを向くのは照れている証拠だろうか。

 この子も可愛い所があるんだな、と私は微笑んだ。

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