第23章 踏み出した今③
新幹線を降りると、雪が積もっていた
「さむっ」
吐く息は東京より白い気がする。
この冬、雪の積もった景色を見るのは初めてだった。地元の青森にいた頃は当たり前だった光景も、今では珍しく思ってしまう。
「ほらぼーっとしない。行くよ、よしおかん」
すっかり東京の人間になったものだと感慨にふける暇もない。
駅前で『よしおかん』呼びはやめて欲しい。けど注意したら『じゃあ、おばさんね』と言われることが予想されるので、大人しく口を閉じる。
「場所知っているの?」
「一度ライブしたことある」
「頼もしい」
「でしょ。私は世界一頼もしいのよ」
彼女は何でもかんでも「世界一」と付けたがる。けど、案内されている身だ。大人しく、機嫌を損ねず、
「そして世界で1番可愛い」
「違う。それは稀莉ちゃん」
つい否定してしまった。あくまで個人の意見です。
目を細め、飽きれた調子で彼女は言う。
「あんた、重症ね」
この子に言われたくないと思うが、否定もできない。
「唯奈ちゃんに言われるとは……」
稀莉ちゃん大好きっ子にも呆れられる始末だ。
「悩まなかったものね」
「悩んだよ、……少しは」
「貴重な土日に、新幹線を使って仙台よ?」
「唯奈ちゃんが命令したんだよね?」
そう、私は唯奈ちゃんと仙台にきていた。
事の発端は、1週前に来た電話だった。
× × ×
家で稀莉ちゃんに会えないことを嘆いていたら、同じ声優仲間の唯奈ちゃんから電話が来た。
19歳にして、新時代の歌姫と呼ばれる実力を持つ、天才声優。ラジオ番組『唯奈独尊ラジオ』も大人気で、トークも独特のセンスを持つ。たくさんのリスナーに慕われ、いや従え?て、秋に行なったラジオイベントも大好評であった。
声優としても、ラジオパーソナリティーとしても、アーティストとしても完璧で、声優界の天下をとるにふさわしい人物。
「唯奈ちゃんから電話なんて珍しいね」
『そうね、珍しい』
そんな唯奈ちゃんがわざわざ私なんかに電話してきた。
アフレコで一緒になった際に電話番号を交換したが、それはあくまで社交辞令で、実際に連絡してくることはないと思っていた。
「どうかした?」
『どうかしているのは、あんたでしょ。さっきも確認せずに、稀莉の名前を出すし』
「うっ、ごめん。あれは……」
稀莉ちゃんのことをずっと考えていました。稀莉ちゃん演じるキャラを愛でていました。寂しさが爆発していました。
……なんて言えるわけがない。
『あれは?』
「あれは、その、あははは……」
『笑ってごまかすな』
「す、すみません」
何で、年下に圧されているのだろう私は。
『あんた、大丈夫?』
「だ、だいじょ……ぶじゃないかもしれない」
『まぁ、いい。あんたの気持ちはわかるわ。私だって、稀莉に全然会えていないもの』
「唯奈ちゃんもなんだ」
『そうよ、仕事やレッスンに忙しいみたい。私も忙しかったけど、それでも適度に休みはとっている』
ラジオを休んで、大学受験の勉強をしているわけではない。歌えるようになるために、自分で言うのも恥ずかしいが、私とまた会うために頑張ってくれているんだ。
『でもね、危ういの』
わかる。唯奈ちゃんの言うことも理解できる。
私は信じている。稀莉ちゃんなら乗り越えて、また笑って再会できると信じている。
けど、そう上手くいくとも限らない。頑張れば報われるほど、優しい業界ではない。頑張っても報われない。もがいても、たどり着けないことがほとんどだ。
傍から見ると、さらに心配になるだろう。
『稀莉も、あんたも』
「え、私も?」
私も、か。
確かに稀莉ちゃんに会えな過ぎて、心が荒んでいる。
けど、飛んできた言葉は私の考えていたことと違った。
『ラジオがつまらない』
「っつ……」
『あ、私がゲストに出た回は最高に面白かったけどね』
「そうですか、どうも」
『怒るんじゃないわよ。あんたって一人だと、本当に無難になるわね。誰かといると輝くけど、いや輝かせる、引き立て役として最高なんだけど』
貶されているのか、褒められているのか、よくわからない。
けど、今の状況を否定されていることは確かだ。
『このままじゃ、これっきりラジオが終わる。稀莉が戻ってくる前に終わる』
実際に、お便りの数も、実況してくれる人数も減っている。稀莉ちゃんが休んでから1,2か月はそれでも勢いは保っていたが、最近では反響も大きくない。
『まあ、あんたのことは置いといて』
「置いとくの!?」
散々言っておいて、そのまま放置。唯奈ちゃんに縋るのもおかしな話だけどさ。
『ともかく、私は稀莉がちゃんとできているか心配なの』
「私だって、心配だよ」
『だから、私はいくことにしたわ』
「何処に?」
『稀莉が出ているアプリの、初ライブ』
「え、アイドルステップのライブに行くの?」
『むしろ行かないつもりだったの?あんたは当然行くと思っていたのだけど』
「だって、今は色々とあって、距離を置いているわけだし、そう簡単に会っちゃいけないというか、私の方から会いに行くのはどうかというか」
電話越しにでもため息は聞こえた。
『もう、うだうだうるさいわね。これは命令よ』
私は命じられる。文句も言う暇もなく、唯我独尊な彼女は告げる。
『よしおかん、私と一緒に稀莉の晴れ舞台を観に行くわよ』
× × ×
というわけで、唯奈ちゃんが何故か余分に持っていたチケットを貰い、1週間後ライブを見に、仙台まで来たわけだ。もちろん稀莉ちゃんには秘密だ。
「本当に来て良かったのかな……」
真っ赤なマフラーに、白のケープコート、デニムパンツを合わせた女の子が、私に注意する。
「いつまで弱気なのよ。もう来ちゃったのよ、仙台に。行くしかないじゃない。ほら、もうライブ会場よ」
唯奈ちゃんが指さす方向に建物はあった。
まだ曲数も少ないので、小規模なライブ会場だ。
けど、会場周りはすでに多くのお客さんで賑わっており、その雰囲気に嫌でも気分は高まってくる。
会場にさらに近づくと、看板を持ったお姉さんが、「グッズ販売はこの奥ですー」と元気に案内していた。
「グッズ観に行っていい?」
「ええ。やる気出てきたわね」
承諾を得たので奥に向かうと、列が出て来ていた。
列近くの、グッズの販売案内を見て、目に輝きが宿る。
「え、シャルちゃんのグッズ、シャルちゃんのグッズがある!」
「え、ええ。あるんじゃない。ライブでしょ、そりゃ」
「ファーストライブで、ラバストにクリアファイル、缶バッジってかなり推されているよ。全キャラじゃないよ、ラバストあるの3キャラだよ!?ありがとうございます!シャルちゃん推されている、さすが私のシャルちゃん」
「私のシャルちゃん……?」
お財布を開き、戦闘力を確認する。
申し分ない。最悪カードもレジで使えるらしい。
「よし、グッズ買ってくるからちょっと待ってって!」
「急にやる気出しすぎでしょ!オタク怖い!」
色々な思いはあるも、欲望に正直だ。
声優である前に、一人のオタクであると改めて自覚させられる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます