第23章 踏み出した今②
6月のこれっきりラジオのイベントを機に、私と稀莉ちゃんは別々の道を歩み始めた。
私、吉岡奏絵は本格的にアーティスト活動を開始、つまり歌うようになったわけだ。
9月にファーストシングル、11月に6曲収録のミニアルバムを発売した。ファーストシングルはタイアップ無しで挑んだが、なかなかの売れ行きだった。そして、ミニアルバムはかなり売れた。秋アニメのタイアップがあったおかげかもしれないが、配信のアルバム部門では1位を獲得した。
12月には東京でミニライブを開催。持ち歌が少ないにも関わらず、キャパの大きい場所を用意され、「本当に埋まるのか?」と心配していたが、チケットは完売し、満席であった。ライブは大成功。さらに3、4月に大阪、名古屋、東京の3か所でのライブツアーも決定した。
1月は束の間の休息。2月になったらライブの準備で大忙しだ。
怒涛の日々だった。歌だけなら何とかなってしまうのだが、振り付けを覚えたり、トークを考えたりするのが大変だった。体力をつけるためにジムにも通って、走った。ともかく走りぬけた昨年末であった。そのおかげか、私の知名度はぐっと上がり、まだ1回しかライブをしていない身だが、アーティストの『吉岡奏絵』として、華麗にデビュー出来たのであった。
あまりに順調だった。短期間ではあるが、たくさん努力はした。けど、それ以上に順調すぎて、怖かった。
そして、もっと怖いのは、満たされない私がいることだ。
もっとできる。もっと輝ける。これじゃ、稀莉ちゃんが見つけてくれない。私は光になるんだ。
「……」
追い込みすぎても仕方がないのはわかっている。だから年明けにこうやって余裕があるのはありがたい。休んでいる暇はない。けど、休まなきゃいけない。心も体も止まらないといけない。ブレーキをかけなければ、ずっと走ってしまう、何かを求めて、彼女を求めて。
鍵をまわし、扉を開ける。
「ただいま」
真っ暗な誰もいない部屋に、挨拶をする。
手に持っていた今日の晩御飯を机に置き、テレビをつける。
これだけ働いているので、金銭的余裕も出てきた。なので、「ご飯も豪勢にしよう!」といきたいところだが、駅前のお弁当屋さんで買うことがほとんどだ。コンビニやスーパーの半額弁当よりはランクアップした気がするが、些細な進化だ。なかなか人は変われないよね。忙しすぎて、さすがにお酒は控えめになってきている。
チャンネルを変え、ちょうどOPが流れ始める。
「やば、時間ギリギリだった」
今日から『空飛びの少女』2クール目が始まる。
OPが終わり、TVから『空音』の声が聞こえる。
その声は、私ではない。
稀莉ちゃんの声。
空音が敵地から逃げ出す、緊迫した回だ。切羽詰まった感じ、自身を鼓舞する声、悲痛な叫び声、戦闘での勢い。やっぱりこの子は上手いなと思う。
流れている途中は、箸が動かず、CMの間に急いでご飯をかき込むのであった。
TVを見終え、ベッドに寝ころび、声をあげる。
「あーやだやだ、寂しいよ、寂しい!」
稀莉ちゃんの声を聞いたせいか、寂しさが爆発し、子供のように駄々をこねる。これでもアラサーなんだぜ?辛い。
それにしても何て良い声なのだろう。あの声をラジオ収録の度、聞いていた?私、贅沢すぎじゃない?
思い出すなら、稀莉ちゃんの出ているアニメを見るなよ!という話なのだが、空飛びだけは見逃せない。かつて私が主役を務め、リメイクとなった今回は稀莉ちゃんが主役を務めている作品。見逃せるわけがない。きちんと見届けなくては、という思いが強い。
「寂しいよ……」
ライブで大忙しの日々に、逆に救われていたのかもしれない。油断すると、稀莉ちゃんを求める。求めすぎてしまう。
現実逃避に、スマフォでアプリを立ち上げる。
『アイドルステップ♪』
ちょうど稀莉ちゃんの声が聞こえ、思わず「うへへ」とにやけてしまう。
12月から配信開始されたこのアプリで、稀莉ちゃんは『シャルロット』、通称『シャルちゃん』を演じている。金髪・ミディアム・ウェーブの髪型に、オッドアイと属性盛り沢山。この作品で1番可愛いキャラといっても過言ではない。身内びいきじゃないよ?パーティーに入れている人が1番多いキャラだ。
さらに見た目だけではない、稀莉ちゃんだからツンデレキャラと思いきや、面倒見の良い、姉属性の高いキャラだ。
『無茶しちゃ駄目だよ?』
「あー、シャルちゃんかわいい~」
彼女の声に布団でゴロンゴロンと悶える。割と末期である。
この『アイドルステップ』は、音ゲー、リズムゲームである。つまり、稀莉ちゃんが歌っているのである。
『アイドルステップ』は、地球とよく似た、近未来の異世界アイドルを描く作品だ。魔法や、銃もありの世界で、可愛いキャラの裏に、ダークな背景、練られた設定が好評である。各集団にアイドルチームがあり、リズムゲームの結果が戦いの勝敗となる。
今のところ、チームは3つだ。
『DreamWitch(ドリームウィッチ)』
『StarTRing(スタートゥリング)』
『BlueBullet(ブルーバレット)』
各チーム、3~5人所属している。稀莉ちゃん演じる、シャルちゃんが所属するのは、StarTRingで、シャルちゃんはこのチームのリーダーだ。
「あっ、ミスった。パーフェクト逃した…‥」
リズムゲームの難易度は選べるが、比較的難易度は高く、今まで音ゲーをやってこなかった私にはなかなか大変だった。けど、自分のスマフォから稀莉ちゃんの声が聞こえる、稀莉ちゃんの歌声が聞こえると思うと、やる気が湧き出る。気づいたら、今のイベントで上位100位以内にランクインしている始末だ。
けど、それも仕方がない。イベントを上位500位以内で終えると、巫女服姿のシャルちゃんが手に入るのだ。巫女服姿の!シャルちゃんが!
「負けられない……」
アイテムでスタミナを回復させ、再び挑戦する。
こんなにソシャゲに夢中になったのは初めてだ。「ガチャに給料突っ込んだ?」、「ご飯代節約して、ガチャまわす?」、ないない、ありえないと思っていた自分が、先月、クリスマス限定のサンタ姿のシャルちゃんが欲しくて、二桁万円課金したまでである。いや、だって限定ですよ、限定。限定ボイスも聞けるわけですよ。突っ込みますよね?イラストを拝めて、稀莉ちゃんの声も聞けるなんて実質無料ですよね?手に入れた時は、電車内だったが思わず声に出してしまった。ポチっとしただけで、幸福が手に入る。ガチャにハマる気持ちがわかってしまった。
さすがに10万は使いすぎだろ……と反省している。でも再びシャルちゃんの限定が出たら、衝動を抑えられるか不安である。
「シャルちゃんの笑顔が眩しい……」
稀莉ちゃんが恋しすぎて、シャルちゃんを同一視している節さえある。
……我ながらかなり末期である、と自覚している。
でも、会えないのだ。会いたくても会えない。行き場のない気持ち。だからこうしてアプリで稀莉ちゃんを追い求める。
「はぁ……」
携帯を置き、天井を見上げる。
アプリでシャルちゃんに会えば、少しだけ満たされる。稀莉ちゃんを感じられる。
でも、私が欲しいのは違う。
足りない。
無意識に指で唇を触ってしまう。
自分からしといて、2回もしといて、思い出してしまう。今でも鮮明に覚えている。
「キスまでする必要はなかったよね、あの時の私……」
後悔はしていない。紛れもない私の正直な気持ちからした行動だった。でも、後々こうやって自分にダメージを受けると知っていたら、しなかったかもしれない。
1度知ってしまったら、また欲する。
知ったら、さらに知りたくなる。
「あー、稀莉ちゃんとキスしたい……」
末期である。末期、稀莉ちゃん欠乏症。ヤバい。毎晩夢に出てくるし、雑誌の写真を何度も見返しちゃうし、携帯の待ち受けをツーショットにしちゃったし、たまに幻聴で声が聞こえる気がするし、
ぶるっ。
携帯が震え、ガバッと起き、手に取る。
「稀莉ちゃん!?」
相手も見ずに、尋ねてしまったが、電話から聞こえてきた声は彼女ではなかった。
けど、同じく若く、才能豊かな声優。
『稀莉じゃなくて悪かったわね、よしおかん』
「その声は唯奈ちゃん!?」
橘唯奈。
10代のアイドル声優で、ラジオ番組のライバル?だ。
珍しすぎる人からの電話であった。
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