番外編③

ある日の収録⑤

 本日最後の授業が終わり、クラスメイトに話しかける。


「結愛、今日時間ある?」


 帰る準備をしていた制服の女の子が私を見る。


「うん?どうしたの稀莉」

「本屋に寄りたくて」

「駅前の本屋?」

「ううん、秋葉原」


 制服姿の女の子が不思議そうな顔をする。

 町野結愛。高校3年生になっても同じクラスになった、私の親友だ。


「いいけど、アキバまで行かないと無いの?」

「うん、無い……と思う。秋葉原なら確実。絶対にある」

「へー、稀莉がそこまで執着するなんて珍し……くもないか。どうせ奏絵さん関係でしょ?」


 な、何でわかったの?


「な、何でわかったの?」


 心と言葉が一致してしまった。


「何でってね……。毎日大好きな人のこと聞かされてばわかるよ」

「もう、とにかく行くわよ!」


 はいはい、と呆れつつも、ついて来てくれる友人に感謝する。


 

 秋葉原までは電車で一本だ。10分ほど電車に乗り、最寄り駅にすぐに着いた。


「稀莉が4月から出ているアニメ面白いね。続きが気になって漫画買っちゃったよ」

「ね。あの作品は私も大好きだったから、出演できて嬉しいわ」


 結愛とオタトークしながら、目的地へ向かう。

 私の親友はオタクである。見ているだけでなく、自身で漫画を描いているクリエイター側だ。「プロの声優さんに見せるなんて恥ずかしい!」と言われ、描いた漫画は見せてくれないが、ネットでは評判らしい。いつか見せてもらいたい。


「で、聞いちゃうんだけどさ……」


 クラスメイトが恐る恐る尋ねる。


「何で、そんな不審な格好なの!?」

「不審?」

「自覚無しなの!?マスクに、レインコート、それにサングラス!稀莉はこれから一体何を買うっていうの!?」


 いつもはポーカーフェイスな結愛が、今日はやけに饒舌だった。


「もしかして、稀莉もそ、そういう年齢ではあるけど、ちょっと大人なものを買うの?」

「大人といえば、大人ね」

「ほら!!えっちなものなんだ!」


 顔を真っ赤にして大きな声を出す親友をたしなめる。


「こら、結愛。街中でそんなこと言っちゃいけないでしょ?」

「何なの、その大人の余裕!?あー、稀莉が遠くにいっている。遠くに行っちゃう!」

「結愛にもぜひ買ってほしい」

「嫌だよ!私も一緒に大人の道に引きずり込まないで!でも奏絵さん関係で大人な物?さっぱりわからない。何なの教えて稀莉!」

「行けば分かるわよ。ほら着いたわ」


 結愛と熱く?おしゃべりしていたら、すぐに目的地に着いてしまった。

 オタク御用達の漫画、アニメグッズの専門店。青い看板が特徴のお店だ。


「行くわよ、結愛。愛の結晶を見つけにいくの」

「すっごくいい声で言わないで!わー、もうどうにでもなれ!」


 入口をくぐり、1階に入る。

 目的のものは入ってすぐに見つけた。


「あった!」

「え」


 見つけたのは、コエラジ・マガジン。

 そう、私たちのラジオが賞をとり、撮影、インタビューを行った特集号だ。表紙にはグランプリの二人の写真の他に、『フレッシュ賞』を受賞した『これっきりラジオ』の私たちの写真が右下に載っている。


「あー、だから変装していたんだね……」


 結愛がやっと変装を認めてくれた。

 小さめとはいえ、自分が載った表紙を堂々と買うのはさすがに恥ずかしい。表紙と見比べられ、あれ?と気付かれてしまうかもしれない。


「でもこっそり買うなら、ネット注文で良くない?」

「本屋に実際に置かれたのを見たかったの。どう並べられるのかなー、隅っこに置いてないよね?って不安でしょ?」

 

 それに、もう1個大きな問題がある。

 

「ネット注文したら家に届くでしょ?親に先に開かれたらどうするのよ」

「別に困らなくない?自分の写真でしょ?」

「10冊も同じ本があったら不審に思われるでしょ?」


 そりゃそうだね、と目の前の女の子が納得する。若干、引かないでほしい。


「で、何でそんなに買うの?」

「観賞用、保存用、布教用、学校用、枕の下に置く用、落書き用……」

「学校に置くなし!」

「奏絵に会えなすぎて、震えたらどうするの!?」

「どうもしないよ!?」

「禁断症状出ちゃうわよ!?」


 なかなか理解してくれない。女の子は震える生き物だと思うけど、結愛は違うのかしら。


「色々とツッコミどころはあるけど、落書き用って何?」

「本にコメントを書くの。ここの奏絵、最高に可愛い!この横顔最高。って書いたり、ハートや星を描いたりして彩るの。それに今回は、一緒に撮影したわけだから、たくさんの思い出を綴れるわ」

「おもっ!」


 友人に一蹴される。


「残念なのは電子販売はしていないのよね。携帯でいつでも何処でも見ることができない!」

「携帯で雑誌を撮ればいいじゃないんでしょうか」

「奏絵の美しさが劣化するじゃない!」

「知らないよ!なら、もったいないけど本を裁断して、高画質でスキャンすればいいんじゃない?」


 知らない言葉が沢山出てくる。


「裁断?高画質スキャン?」

「本を切って、パソコンに取り込むんだよ。パソコンならさっき稀莉が言っていた落書きもしやすいよ。で、完成した画像を携帯に送って、待ち受けに」

「なにそれすごい」

「裁断しなくてもスキャンはできるけどね、こだわるなら、きちんとやった方がいい。画像を携帯に送った後は、携帯側で装飾してもいいね。最近はアプリも充実しているんだよ」

「裁断に、スキャンにアプリ?いったいどこでできるの?結愛の家でできるの?」

「え、うん。うちにはそれなりに揃っているけど」

「なら今から、結愛の家に行ってもいい?」

「え、いいけど」

「ありがと。なら早く買うわね。とりあえず20冊……」

「増えている、増えているって!?持って帰れないよ!?」


 結愛に必死に説得され、今日は泣く泣く5冊で我慢することになった。

 奏絵の載っている雑誌を買えて、ご満悦の私に友人が話しかける。


「そういえば、稀莉に聞きたいことがあったんだけど」

「何?」

「稀莉は、最初は吉岡さんのことを『奏絵さん、奏絵さん』って呼んでいたよね」


 そうだっただろうか。確かにふつうの奏絵のオタクだった時の私は呼び捨てにせず、さん付けしていたかもしれない。


「よく覚えていないわ」

「で、いつから呼び捨てするようになったの?」

「へ?」

「新年になってからかな。あっ、呼び方変わっている、と思ったの」

「え、その」


 新年になってから。

 思い出されるのは冬の出来事。

 青森まで追いかけて、冬の桜の下で奏絵に告白されてから、私の中で彼女の存在がさらに変わった。

 好きがあふれ出す。

 親友にもバレバレなほどに、私は変わった。


「良かったね、稀莉」


 親友の応援に顔が真っ赤になる。

 自分でも自覚していない変化を、指摘され恥ずかしい。

 恥ずかしくて、ついつい早足になってしまう。


「ま、待ってよ稀莉ー!駅はそっちじゃないから!」


 必死な顔をして追いかけてきてくれた結愛は、やっぱり私の素敵な親友だと思う。


***

奏絵「皆さーん、コエラジグランプリの特集号発売されました!買いましたか?」

稀莉「もちろん買ったわよね?」


奏絵「表紙の右下に小さくとはいえ、本屋に、自分の写真が並んでいるのは恥ずかしかったな」

稀莉「奏絵も本屋で買ったのね」

奏絵「そりゃ気になるからね。も、って稀莉ちゃんも本屋で買ったの?」

稀莉「とりあえず5冊買ったわ」

奏絵「私達献本も貰ったよね?買いすぎじゃない?」

稀莉「必要なのよ……」

奏絵「そんなに何に使うの!?」


稀莉「ここにその雑誌があるわ!」

奏絵「ラジオじゃ伝わらない!」

稀莉「皆も手元に用意して、聞くのよ」


奏絵「ペラペラ。写真映えよいですね。めっちゃ加工してくれました」

稀莉「違うわ。生の奏絵はすっごく可愛くて、綺麗だったわ。特に12ページの奏絵。これは地上に降り立った女神。何時間でも見ていたかった」

奏絵「ほ、褒めすぎだって!え、植島さん。特にお気に入りの相方の写真を選んでくださいって。じゃあ選んでみようか、稀莉ちゃん?」


稀莉「待って待って、13ページの笑顔の奏絵を朝見ると、一日中元気でいられるほど眩しいんだけど、14ページの上段のクールな表情も最高なの。この写真、私と見つめ合っているんだけど、本番ではまっすぐな視線に直視できなかったわ。それが今なら見れる。雑誌でなら見れる!でもやっぱり、は、恥ずかしい。奏絵に見つめられて恥ずかしい!あー、この表情でクールな台詞言われたら、足元から崩れ落ちちゃうわ。でもでも、下段の奏絵もいいのよね。小悪魔な感じが出ているの。この顔でちょっときついこと言われたら、キュンキュン来ちゃうわ。あー、やばい。ちょっと台詞言ってくれませんか?えーっと、稀莉、私のものに」


奏絵「言わないよ!?」

稀莉「選べるわけないじゃない!!全部素敵よ。見てみて、携帯の待ち受けにもしているんだけど、クラスメイトが加工して、色々と装飾してくれてね……」

奏絵「ずっと話していたらラジオの時間足りないよ!?」

稀莉「収録なんていいのよ!」

奏絵「なんてこった……」

***


 ラジオの効果か、誰かが買い占めたせいかわからないが、雑誌の売れ行きは好調で、増刷された、とのことだった。

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