第22章 私をみつけて④

 ロケ弁で定番のカレーを目の前に女の子が一言。


「これが最後の晩餐ね……」

「縁起でもないこと言わないの、稀莉ちゃん!」


 本日は、「これっきりラジオ」の番組2回目となる単独イベントだ。今日を最後に、稀莉ちゃんはラジオをお休みにする。節目の大事な日。

 そんな日だというのに、目の前にはカレー弁当が置いてあった。


「イベント前にカレーはどうかと思うの」

「う、ごめん。私がスタッフに食べたいと言ったばかりに」


 番組スタッフに「吉岡さん、今回のイベントは何が食べたいですか?」と聞かれ、前回は高級焼肉弁当だったので、なら次はここが食べたい!ということで、オーベルのカレーを頼んだわけだ。犯人は私だ。

 イベント前に、それも喋る人が食べるものではない。喉を刺激する食べ物はどうかと思う。だから、せめてと思い、辛さは5段階中2番目に辛くない「甘口」で我慢したのだ。本当なら辛口に挑戦したい。スパイスは、元気の源だ。元気がなければ、イベントは乗り切れない。


「さぁ、食べよう食べよう!」


 しょうがないわね、と言いながら彼女もスプーンを持つ。

 どうしても最後だから、という気分になってしまう。気を抜くと、気持ちが暗くなりがちだ。そうならないために稀莉ちゃんも茶化しているのだろう。

 本当の最後にはしない。

 でも、意識すればするほど、笑顔がぎこちなくなる。

 ドアをノックする音がした。


「お疲れ様。あー、二人は食べたままでいいよ」


 構成作家の植島さんが部屋に入ってくる。


「すみません、カレーの匂いが充満してて」

「いいよ、打ち合わせはすでに終わっているしさ」


 ご飯前に簡単に打ち合わせは済ませていた。イベントで行うコーナーの確認と、実際にステージに行き、立ち位置、座る位置の確認をした。

 そして、歌の確認。

 軽めに歌った。ほとんど二人での歌の練習はしてこなかった。二人で一緒に歌える状況ではなかった。

 正直、不安しかない。

 植島さんが口を開く。


「一言いいにきたんだ」


 じっと言葉を待つ。


「お昼の部は、ともかく楽しもう。後悔のないように、スタッフも、君ら自身も笑ってくれ。夜の部は、どうしてもしんみりしちゃうだろう。でも、繋げるんだ。これで終わりにはさせない」


 一言という割には、長い台詞が続いた。

 植島さんの強い意志。


「一人のリスナーとして、この先がみたい」


 構成作家としての言葉ではない。

 植島さんとしての言葉。元気をくれるスパイス。


「私も、続きがみたい」

「もちろん、私もよ」


 背中を押され、私は前へ進む。

 今日という日を、最高の日にするために舞台に立つ。


***

奏絵「これっきりラジオ、単独イベント第2回目、お昼の部!」

稀莉「始まるわよ!」


観客「「わーーー」」


奏絵「この前は、お渡し会に来てくれてありがとうございました!」

稀莉「それ以外は前回のイベントに来てくれた人たちかしら」

奏絵「前回って、マウンテン放送の合同イベント?」

稀莉「懐かしいわね。お昼の部は見事優勝したわ」

奏絵「クリスマス前だったね。すでに懐かしい」

稀莉「合同イベントに来た人、挙手!」


観客「はーい」「行ったー」「楽しかった」


奏絵「おお、けっこういますね。ありがとうございます!」

稀莉「じゃあ、これっきりラジオ関連のイベントは今日が初めてという人は、挙手!」


奏絵「おお、それなりにいる、いる!」

稀莉「ありがとー。新参さんが多いなんて、受賞効果かしら」

奏絵「かもね。あとはCD効果かな」

稀莉「ここにいる人たちは、もちろんCDを買ったわよね?」


観客「もちろん」「はーい!」「3枚買ったー」


奏絵「小さくでいいんで、ごめんなさい、買っていません!って人、挙手~」

稀莉「はい、手を上げた人、しっかりと顔を覚えたわ。無傷で帰れるといいわね」

奏絵「こわっ!リスナーさんを脅さないで、稀莉ちゃん!まだ買っていない人は今日の物販で売っているので、帰りに買ってくださいね~」


稀莉「最初のこれっきりラジオのイベントは、9月。1年も経っていないけど、懐かしいわね」

奏絵「番組始まって半年もせずにイベントをやるなんて、かなりチャレンジだったよね」

稀莉「大盛り上がりで、大成功だったじゃない」

奏絵「ある意味伝説すぎたよ……。」

稀莉「今日も負けずに伝説つくるわよ!」

奏絵「私は何されるの!?もう炎上芸人なんて言われたくないよ!」

稀莉「プロ……」

奏絵「やめて!嬉しい、きっと言われたら嬉しいけど、今日のお昼の部は公開録音なんだよ!記録には残さない!!」

稀莉「はいはい、さっそく記憶に残すコーナーを始めるわ。このコーナーよ」


稀莉「稀莉ちゃんの願い、かなえたい!イベントスペシャル~!」


奏絵「最初から私の気力削られるやつだよね!?」

稀莉「今回のイベントで私が叶えたいことは、こちら。画面にドーン!」


稀莉「婚活したい!」


奏絵「いやいやいやいやいや、10代が何を言っているの!?」

稀莉「今回は、問題、お題を通して、私たちがきちんと婚活できるのか、婚活知識、常識が間違っていないかをリスナーさんに判断してもらいます」

奏絵「余計なお世話だよっ!」

稀莉「文句言わずにやるわよ。まずはこちら。プロフィールカード確認!」

奏絵「ああああ、事務所のスタッフに急に書かされたと思ったら、このためだったのか!え、まじで公開されるの!?」

稀莉「もちろん画面に公開します。私も楽しみだわ」

奏絵「笑顔が怖い!」

稀莉「では、さっそく公開!」

奏絵「やーめーてー」


観客「「ハハハハハハ」」


稀莉「上から見ていくわね。休日の過ごし方:美術館めぐり、アピールポイント:家庭的なこと、得意料理:ケーキ作り☆はい、全部嘘ね」

奏絵「ごめんなさい、真っ赤な嘘です」

稀莉「一回もしたことないくせに、ケーキ作りって……。自分で家庭的ってアピールは完全に地雷だわ」

奏絵「こ、これから頑張るんだから!」

稀莉「絶対に頑張らないやつですね。他、気になるところは、デートに行きたい場所はラーメン屋!?何で、ここは盛ってないのよ!」

奏絵「ウケが良いかな、と思いまして……」

稀莉「よしおかんが何を目指しているのか、わからなくなるわ」

奏絵「はい、稀莉ちゃんの、稀莉ちゃんのプロフィールカードを見ようよ!」

稀莉「しょうがないわね、こちら!」


観客「おおおおお」「ハハハ」


奏絵「待て!ツッコミどころが多すぎる!」

稀莉「間違ってないわ。好きなタイプ:吉岡奏絵、最近気になること:吉岡奏絵、勤務地:吉岡奏絵の心よ!」


観客「「わーーーー」」


奏絵「観客も盛り上がらない!婚活する気無しだよね、これ?」

稀莉「あなたへのアピールでしかないわね」

奏絵「このコーナーやっといて、あっさり認めないで!」


稀莉「次は、こちらのフリップに記入する形式です」

奏絵「まだ続くの?」

稀莉「まだまだ序の口よ」

奏絵「やっぱり最初にやるべきコーナーじゃないよね?」


稀莉「結婚する上で譲れないこと、BEST3!」


奏絵「えー、これまた難しい問題を……」

稀莉「ちゃんと書くのよ。順位はつけなくていいわ。ともかく3つ出すの」

奏絵「えー、うん……、すっごい真面目に書いてしまった」

稀莉「私も大真面目に書いたわ。よしおかんの方から、1個ずつ発表してもらいましょう。結婚する上で譲れないこと、1つ目は?」


奏絵「仕事への理解」


稀莉「あー、これは私もよくわかるわ」

奏絵「声優という特殊な職業だからね。働く時間も安定しないし、イベント稼働もあるし、家でも練習するし、理解がないとやっていけない!」

稀莉「その点において、同業者の私は何も心配ないわね」

奏絵「どんどんアピールしてくるね?」

稀莉「はいはい、2つ目は?」


奏絵「価値観が合う」


稀莉「これもよくわかる」

奏絵「人によって感じ方はそれぞれだけどさ、同じことで笑えたり、泣けたりできたらいいよね」

稀莉「これも私はクリアね。一緒にラジオをやっているもの」

奏絵「何か主旨変わっていません?」

稀莉「気のせいよ。3つ目は?」


奏絵「自分を大切にしてくれる」


稀莉「はい、コンプリート!すっごく大切にしているわ!ここのリスナーの誰よりも吉岡奏絵のことをあぃ」

奏絵「ストップ、ストップ!初っ端のコーナーから過剰供給だから!」

稀莉「しょうがないわね。私のBEST3はさっと説明するわ」

奏絵「うん、わかったよ」


稀莉「毎日、『好き』と10回以上言うこと」

奏絵「うん?」


稀莉「何があっても裏切らないこと」

奏絵「何があったの!?ヤンデレ風味なの!?」


稀莉「吉岡奏絵であること」

奏絵「ピンポイントすぎるよ!!」


観客「「パチパチパチパチ」」


奏絵「皆も拍手しない!稀莉ちゃんが調子に乗っちゃうから!」

稀莉「もっともっと拍手しなさい!!」


観客「「パチパチパチパチパチパチ」」


稀莉「素晴らしいイベントね」

奏絵「もたない、心がもたない!!」


***

 ここまでは大盛況だ。

 ここ、までは。


 トークは何も問題ない。いささか過剰、過剰すぎるが、問題はない。

 問題なのは、歌のパートだ。

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