第22章 私をみつけて③
水族館の後は、7階のプラネタリウムに向かった。
一般シートに腰かけ、プラネタリウムの上映を待つ。前の方に特別席の、寝ころんで星空を愉しむことができる、三日月シートもあったのだが、暗いとはいえ、後ろから注目されるだろうなと思い、避けた。一般シートも、すべてリクライニングシートであり、十分にリラックスできる仕様となっていた。
「楽しみね」
「プラネタリウムなんて、いつ以来だろう」
思い出せない。小学校の時に見たような気はするが、青森で見たのか思い出せない。
音楽が流れ始め、星が瞬き始める。
暗闇の中で、輝く光。
私は輝けないと思った。空から落ちて、また飛び始めても、青空を飛ぶのが精一杯だと思っていた。
違う、らしい。人の暗闇を、照らす力が私にはあるらしい。
手が握られた。
隣を見る。
「眩しいね」
悲しそうな顔で笑いながら、彼女はそう言った。
星の眩しさはそれぞれで、人にとっての綺麗はそれぞれだ。
稀莉ちゃんだって存分に輝いている。さらに輝いていける。
私が一緒に歌わなければ、今も輝ける。
「時間が経っても、この嫌な気持ちは変わらないかもしれない。不安なの」
番組を休んでも、何も変わらないかもしれない。余計に、私のことを妬む気持ちが増すかもしれない。
そして『これっきりラジオ』は、このまま終わってしまうかもしれない。
「でもね、何もできない私が一番嫌い」
だから、私は立ち止まらない。そう、彼女は言ったんだ。
「稀莉ちゃん……」
手を握る力が強まる。不安で、怖くて仕方がないのだろう。でも、それ以上言葉にしない。言葉にしたら、余計強く思ってしまうから。
「それでも、稀莉ちゃんは歌うんだよね」
「……アーティストデビューはやめたわ」
聞いた話だ。けど、もう1つは聞いていない。植島さんも言っていた。
彼女は諦めてないんだ、と。
「けど、アプリゲームのアイドルグループの話は断ってない」
そうだ。みなとみらいのライブ後で、彼女は話してくれた。
ソロデビューに、ユニットデビュー、2つの話が来てると。
「……そうよ、その通りよ。でも、それはまだ断っていないだけ、これから断るつもりだった。トラウマを持った私なんて、周りに迷惑なだけだわ。歌ったらまた泣き出しちゃうかもしれない」
「違う。言い訳は並べなくていい」
理由を探して、断らなくていい。聞きたいのは、君の本当の気持ち。傷ついても、泣いても揺るがない、根底の想い。
「やっぱり稀莉ちゃんは歌いたいんだよ」
自分で気づけないなら、私が代弁してやる。
「空飛びのイベントで、演じて、笑わせて、そして歌った『私』になりたい。『私』を超えたい。それが稀莉ちゃんだから」
そうだ、彼女が本当に憧れたのはただの声優の吉岡奏絵ではない。イベントで出会った、舞台の上にいた吉岡奏絵なんだ。
「酷なお願いだと思う。けど、私は言うよ。私は稀莉ちゃんと一緒に歌いたい。だからさ、輝いて。憧れを汚さないで。私をずっと追い続けて」
「……どんだけ大変なお願いか、わかっているの?奏絵は本当に歌が上手なのよ」
「わからないよ。稀莉ちゃんや、先生が言っているだけで、いざアーティストデビューしたら大したことないかもしれない」
星が瞬いては消える。実力があったとしても、見つけられなかったその光は認識されない。
「私は決めたよ。歌う。アーティストデビューする」
でも、見つけられるチャンスがあるなら飛ぶ。
「だから、私に負けずに着いて来てね」
「生意気」
「知っている。焚きつけているんだから。稀莉ちゃんが最初に私にやったように」
「……根に持っているわね」
「憎んで、嫌ってもいいんだよ。その感情が変わる力になるんだから」
BGMのボリュームが増し、もう声が届かなくなる。
けど、繋いだ手は離れない。
「私は、信じている」
届かない声を、星空に投げる。
距離は離れる。しばらく会えなくなる。
けど、私はまたこの手を握りたい。
今度こそは、もっと愛す。
何があっても、壊れないように、崩れないように。
もうこんな気持ちになるのは嫌だ。離れたくない。変わりたくない。このままでいい。ただ稀莉ちゃんといられるだけでいいんだ。
でも、それじゃ駄目だから。
私は、声優としての稀莉ちゃんが好き。声優じゃなければ、一緒にラジオをやらなければ、稀莉ちゃんは稀莉ちゃんじゃない。
声優としての私は、声優としての稀莉ちゃんと一緒に歩んでいかなきゃいけない。
だから私は、あの星のように道標になる。
お渡し会が終わって次の週の放送後、番組ホームページ、SNSを通して、正式にリスナーに報告があった。
『これっきりラジオ』の2人体制が6月で終わり、稀莉ちゃんは約1年間お休みになる。稀莉ちゃんが休みの間は、吉岡奏絵が1人で1年間務める、と。
突然のお知らせは、様々な憶測を呼んだ。
実は不仲だった説。喧嘩して、別れた説。CDが全然売れなくて、大赤字説。構成作家交代。
憶測は憶測を呼び、SNSは荒れに荒れた。
『突然、稀莉ちゃんがいなくなるってどういうことだよ!』、『稀莉ちゃんのいないラジオに価値無し』、『賞取って、CD出して、イベントも決まっているのに、何でこんなことになるの?理解できない!』
皆の言葉はごもっともだ。私がリスナーだったら、こんな告知を受け止めきれないだろう。
でも1番多いのは、『稀莉ちゃんが高校3年生で大学受験に集中したい』という予想だった。それなら『大学1年生になったら、すぐに始められるじゃん!』という意見もあったが、『大学生に慣れるまでは時間がかかるんだよ。落ち着いたら!』という言葉に一蹴されていた。
大学受験説が1番信憑性があり、リスナーの間ではそれなら仕方がない、という意見も多く、それが正解として、丸く収まりつつあった。
ラジオ宛にも、悲しむ声がたくさん届いた。お便りがいつもの何倍も、何倍も届いた。
けど、悲しみだけじゃない。
『稀莉ちゃんが戻ってくるの、待っています』、『頑張って、稀莉ちゃん』、『よしおかんなら一人で大丈夫だよ!』、『おかん、稀莉ちゃんの帰ってくる場所をしっかりと守るんだぞ』という優しいお便りもたくさん届いたんだ。
余計なプレッシャーになるかもと思ったが、稀莉ちゃんに届いたお便りを全部見せた。涙ぐみながら、大切に、何度も何度も読む彼女の姿を覚えている。
そして、いよいよ来週は東京での『これっきりラジオ』のイベント、稀莉ちゃんお休み前の、二人での最後の仕事が迫っていた。
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