第22章 私をみつけて②
久しぶりの2人でのデート。
秋葉原から電車に乗り、日本で最も高い建築物に移動した。何度も見たことはあったが、実際に来たのは初めてだった。
スカイツリー。
ただ、今日の目的は最上階に行き、東京の街並みを一望することではなかった。
「ねえ、見てみて奏絵。ペンギンよ、ペンギン!」
タワー内5階、6階に位置する水族館。そこに私と稀莉ちゃんはいた。いわば水族館デート。
「かわいいねー。ちょこちょこ歩く姿がずるい、可愛すぎる」
「はぁ、可愛い……。うちでも飼いたいわ」
「佐久間家だと本気で実現しそうで怖い」
あの豪邸なら、ペンギンがいても何も不思議はない。プールで泳いでいる様子が想像できてしまう。
「見てみて、あそこ、ペンギンの赤ちゃんよ」
隣で無邪気にはしゃぐ彼女を見て、つられて私も笑顔になる。
最近は気を張りすぎていたんだと思う。稀莉ちゃんも、私でさえも。二人が一緒で辛いなんてことはない。やっぱり彼女の隣が1番笑顔になれる場所だ。
「ほらほら、奏絵、そこ、そこ!」
「わかっているよ、見えているよ~」
たとえ嫌う気持ちがあったとしても、それ以上に幸せで満たされる場所なんだ。
フロアを移動し、次は小さめの水槽だった。
「うへ」
「かわいい!」
「えー」
うにょうにょと伸びていくチンアナゴを見て、女子高生と意見が分かれる。
「可愛いじゃない!」
「ミミズっぽい感じがして、私はちょっと苦手かも」
「この後ぬいぐるみ買っていこう、と思うほどに可愛いわ!」
「そんなに!?」
女子高生の感性はわからない。そう思っていたら、隣の大人の女性二人も「かわいいー、かわいいー」と絶賛していた。もしかして感性が可笑しいのは私?
「すっごい真剣に見ているね」
水槽前で屈む稀莉ちゃん。本当にお気に入りみたいだ。
「いつまでも見ていられる」
「これも家で飼うとか言わないでね?」
私たちは、同じように考えないし、同じように感じない。
だから二人でいる意味がある。同じところもあるけど、違うところもいっぱいある。
「奏絵だけで精一杯よ」
「私はペットじゃないよ?」
そういう意味じゃない!と怒る彼女だから、いいんだ。
その後は、多くの魚が泳ぐ大水槽を見たり、幻想的なクラゲの水槽を見たりして楽しんだ。さすが東京の水族館だ。地方の水族館とは違い、写真映えするスポットが多く、魚に興味がない人でも楽しめる内容になっている。
そして、次に訪れたスペースも、夢に迷い込んだような場所だった。
「おお」
「わー」
青色の世界の中を、赤色が泳ぐ。
昭和ちっくな装飾の中で、金魚が泳ぎ、照明が彩っている。歩きに合わせて、床が反応し、水の波紋が広がるのも楽しい。
デジタルアートと、金魚展示がコラボレーションした演出。レトロと可愛さが調和した、幻想的な空間だった。見渡す限りのアートで、アニメの世界に迷い込んだみたいだ。
「……綺麗ね」
「うん、すごい」
その中で佇む彼女も、幻想的で綺麗だった。
美しさを閉じ込めるため、携帯電話を取り出し、構える。
「勝手に撮るの禁止!」
「だって、綺麗だったから」
儚く、消えてしまいそうな美しさ。
脆く、崩れてしまいそうな繊細さ。
「……たまには可愛い以外の言葉もいいわね」
「もちろん可愛いよ」
「もう!」
文句を言いながらも、自然な姿勢に戻る。
画面をのぞき込み、美しさを捉える。
パシャパシャパシャパシャ。
「連写しすぎ!」
「いやー、ついつい」
幻想的な空間もぶち壊しだ。ただ、ちょっと怒った顔の彼女もまたいい写真だ。
「今度は私が撮るから、何かポーズとりなさいよ」
そう言って、稀莉ちゃんもカメラを構える。
どんなポーズをすればいいだろう?少し斜め上を見て、大人の色気を出して、私なりに精一杯頑張る。
けど、なかなかシャッターボタンは押されなかった。
「稀莉ちゃん?」
「こうやって奏絵と過ごすのは、できなくなるのね」
「……そうだね」
私は、『これっきりラジオ』を休止させることを提案した。
番組を終わらせるのではなく、一時休息。傲慢で、身勝手な考えだと思う。たかだか1年続いた番組で、私レベルの人間が要求していいことではない。けれど植島さんやスタッフは承諾してくれた。
それに対し、稀莉ちゃんは反対した。
私、吉岡奏絵まで、休むことはないと。
そして話し合った結論が、稀莉ちゃんだけのお休みだった。私は、ラジオを1人で続け、稀莉ちゃんだけはお休みにする。
二人ではなく、一人。それは、もはや『これっきりラジオ』ではない。
けれど、稀莉ちゃんは望んだ。自分がいなくても、続いてほしいと祈った。
彼女が帰ってくるまで、私はこの場所を守るしかない。彼女がいなくとも、『これっきりラジオ』であろうとするしかない。
「寂しいね。1年は長い」
携帯電話に隠れ、彼女の表情は正確に見えない。
お休みは1年間。長い、長すぎると思った。けど「半年では駄目」と彼女は言った。半年じゃ変われない。半年じゃ何も成長できない。しっかりとけじめをつけるための1年間。
そして、お休みの間は、私と彼女の関係もお休みすることにした。
「でもね、頑張るよ。私、頑張るから、ラジオも、声優も、そして歌も頑張る」
稀莉ちゃんの休みを無駄にしない。私も高く飛ぶ。
憧れを、裏切らないために。
「あのね、稀莉ちゃん」
いまだ表情は見えないけど、私は続ける。
「稀莉ちゃんは、私を憧れだというよ。でもね、同じように私も稀莉ちゃんに憧れているんだ」
こんなに演技が上手な女の子を知らない。
こんなに頑張れる女の子を知らない。
こんなに、色々なことがあっても、泣き崩れても、失敗しても、耐えて、前を向こうとする、強い女の子を、私は彼女以外、知らない。
私だったら、とっくに折れている。稀莉ちゃんは違う。やっぱり稀莉ちゃんは凄いんだ。
何より、私に1番の笑顔をくれる人だ。代わりなどいない。稀莉ちゃんしかいない。
「そんな稀莉ちゃんといられたから、私はこの1年間で変われたんだ。稀莉ちゃんに出会えたから、もう一度飛べた。稀莉ちゃんがいたから、たくさん笑えたし、時に悩んだけど、私は輝けた」
稀莉ちゃんがいなければ、今の私はいない。飛ぶことも、歌うこともなく、終わっていた。
「佐久間稀莉は私の憧れだよ。この1年間、一緒に歩んで、ずっと見てきた私が言うんだから間違いない。稀莉ちゃんは、私の憧れなんだ」
そんな私の憧れは、一度の失敗で挫けたりしない。
「1年後、私は待っている。走りづけて、待っている」
距離を置く。
といえば、簡単かもしれない。
でも、恋人の駆け引きと、私たちの関係は違う。
声優として二人で歩むための、空白期間。
酷なことを言っていると思う。
パシャ。
シャッター音がなる。
私はどんな顔で写っているんだろうか
彼女が顔を上げ、口を開く。
「最後の思い出じゃない」
「うん、もちろんだよ。稀莉ちゃん」
彼女が微笑みで答える。これで終わらせない。
私は受け入れる。私の才能という、目に見えない何かを信じる。
そして、彼女の暗闇も受け入れる。いつになっても、ずっと待つ。
契約書は交わさないし、指輪も贈らない。
開ける扉は違うかもしれないけど、私たちは見えない絆で繋がっている。
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