第22章 私をみつけて
第22章 私をみつけて①
6月上旬。あいにくの曇り空だが、「傘は必要ないです~♪」とお天気お姉さんがTVで話していたのを信じ、傘は持たずに来た。
今日はお渡し会の日だった。番組CDの購入特典としてのイベントで、すでに1店舗目は終えていた。大盛況で多くのファンが来てくれたが、話す時間は短く、あっという間に終わった1回目だった。そして、2店舗目に入ってもたくさんのファン、リスナーさんが私たちを待っていた。
「き、稀莉ちゃん、い、いつも応援してまふ」
「応援ありがとうございます」
稀莉ちゃんがポストカードを渡しながら、お客さんに返事をする。最初に稀莉ちゃんがポストカードを渡し、次に私が団扇を渡す流れとなっている。ポストカードはCDジャケットと同じ衣装だが、違うポーズの私たちの写真。団扇は前回イベントの在庫処分というわけではなく、きちんとCDの宣伝、『これっきりラジオ』の番組情報が載ったものだ。使いまわしじゃないよ、本当だよ?
話す時間は、1人15秒ぐらい。一言二言喋って、お返事して、「ありがとうー」で終わるぐらいのペースだ。ファンにとっては短い時間だろう。
けど、いざ私達を目の前にし、緊張して喋れなくなるリスナーさんが多い。頭が真っ白になってしまい、話すことを忘れ、出てきた言葉は『頑張ってください』、『応援しています』の1つだけなんてこともあったみたいだ。何故、知っているかと言うとエゴサしたわけだが。
一方で、話すことを忘れないようにメモを用意し、読み上げる、なんて人もいた。
どちらにせよ、せっかくだから私たちもリスナーさんの生の声、素直な気持ちが聞きたい。こんな機会はめったにない。
先ほど、稀莉ちゃんの前で緊張していた大学生ぐらいの男性が、私の前にやってくる。話しやすい空気、話しやすい雰囲気を作り出すんだ。
「よしおかんさん、いつもありがとうございます。稀莉ちゃんとのイチャイチャ最高です。あなたの功績は称賛に値します」
「おい、君!?さっきまでのド緊張は何処いった!?」
「よしおかんさんとは、緊張せず話せます」
「うぉい!?」
ひどい。扱いが違った。
そう、稀莉ちゃんが先に話すことも影響しているのかもしれないが、2番目の私と話すときには緊張が解け、フレンドリーな人が多い。
わかっている、順番だけじゃない。ガチ勢は稀莉ちゃんの方が断然多い。そしてガチな人ほど、気持ちが高ぶりすぎて喋れない。主役の数が今まで数個の私と比べ、さすが若手売れっ子声優だ。
そう考えていると、私の前に女の子が来た。
薄手の紺色のカーディガンに、ベージュのガウチョパンツ。女子大生だろうか?
「よ、吉岡さん。わー、えーっと、その」
「落ち着いて大丈夫だよ」
お渡し会に、女の子も多くみられる。だいたい2割といったところ。女性声優だけのイベントでは多い割合だろう。ラジオが男女問わず聞かれ、イベントに来てくれるほどにハマってくれている。
「その、歌、めちゃくちゃかっこよかったです!面白い吉岡さんも好きですが、歌も素敵でした。トークもいつも面白くて大好きです!推しです、1番の推しです!」
「わー、ありがとう!」
嬉しい。お手紙も嬉しいが、直接言われるのは格別だ。だからついついファンサービスしてしまう。
「じゃあ握手!」
「いいんですか!?」
「うん、これからも応援してね」
わー、嬉しいです!と言われ、ファンの女の子と握手を交わす。
「一生洗いません!」
「洗おう、絶対に洗おう!」
女の子が何回もペコペコと何度も頭を下げ、去っていく。ここまで喜ばれると、私の顔もつい綻んで、にんまりとしてしまう。
「……っ!?」
隣から黒いオーラを感じた。
恐る恐る隣を見ると、稀莉ちゃんが私を鋭い眼差しで睨んでいた。
「浮気は許さない」
「いやいや、ファンサービス、ファンサービスだから!それに今、イベント中だよ!発言気を付けて!」
そう言って、慌ててお客さんを見ると、
「出たー、稀莉ちゃんの嫉妬きたー」
歓喜していた。ガッツポーズをしながら。
「うんうん、これが見たかったんだよ」
「ラジオそのままだー」
「最高っすね」
「もっとやってください」
後ろに並んでいたお客さんも便乗する。
カオス。お客さんも訓練されすぎだ。
「はいはい、次の人、次の人応対してー」
稀莉ちゃんを急かし、お渡し会を無理やり再開させる。
会場の時間もあるのだ。列の回転を止めている暇はない。
「CD良かったです!毎日、通学の時聞いています」
「気に入ってくれてありがとう」
「稀莉ちゃんの歌声癒されます」
特典お渡し会なので、もちろんCDの感想が多い。聞きました。良かったです。毎日聞いています。元気出ます。この曲聞くと頑張れます。良すぎて布教してます。などなど。
イベントに来てまで批判する人はいなく、嬉しい言葉が多い。
けど、彼女はどう思っているのだろうか。
お客さんの言葉を、嬉しい想いを素直に受け止めることができているのか。
良い刺激となったらいい。立ち直るきっかけになったらいい。
しかし、そんなに簡単なものではない。
皆の応援で元気になりました!皆さんのおかげです!とは、ならない。
あくまで私と彼女の問題。彼女の心の問題だ。
「いつも応援ありがとうね」
そして、これからリスナーを裏切ることへの後ろめたさ。
皆の素敵な笑顔を、曇らせてしまう罪悪感。
それでも、私は選んだ。
リスナーの顔を見ても、想いを受けても、決意は揺るがない。
「うぅっ、無理無理無理無理。可愛すぎ、可愛すぎる、うううううう」
「大丈夫?泣かなくて大丈夫だよ?」
「もう感謝、感謝です、ううう。二人が目の前にいる、生きている!限界、限界。本当にありがとうございますっっ!」
感極まった女性リスナーを見ても、揺らが……ない。えーっと、大丈夫かな?本当にこの子たちをがっかりさせてしまっていいのだろうか?でもでも、理解してくれる。くれるよね?
ちょっとだけ不安になった。
「疲れたー」
お渡し会が全て終わってぐったりだ。
「でも、色々なものを受け取ったね」
「……そうね。その通りよ」
目には見えないし、形にはできない。たくさんの温かいものを貰った。
「リスナーさんに会えるっていいね。それだけでもCDを出した意味があると思う」
それがたとえ苦い記憶だとしても、こうやって喜んでくれた人がいた。私たちに会えて、笑顔になってくれる人がいた。曲に励まされて、頑張れた人がいた。
「ね。色々な思いがあるよ。私だってある。稀莉ちゃんはもっとある」
「うん、今でも受け入れられない気持ちがあるわ」
「でも、歌って良かったんだと思う」
私たちの心は届いている。不完全で、歪かもしれないけど、人の心を動かしているんだ。
正解ではないかもしれないけど、間違いじゃない。
「ねえ、稀莉ちゃん」
間違いだっていい。失敗だっていい。
「この後、デートしようか」
「うん。……うん?デート?」
一度は素直に頷くも、脈絡のなさに首を傾げる彼女。
「そう、デートしたくなっちゃった」
今は無理かもしれない。けど、ひっくり返してやる。間違いじゃなかったと言わせてやるんだ。
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