第21章 繋いだ手⑥

***

稀莉「そして、ここでいよいよリスナーお待ちかねの情報です!」

奏絵「楽しみに待ってくれたかな?」

稀莉「もちろん、もう予約しているよね?」


稀莉「なんと!」

奏絵「私たちのテーマ曲が完成しました!」

稀莉「わー」

奏絵「パチパチ」


稀莉「そして、そして、なんとここで初公開するわ」

奏絵「初解禁だね」

稀莉「お待たせしましたー」


奏絵「うー、緊張する」

稀莉「実は完成品をちゃんと聞くのは、私たちも初めてなの」

奏絵「めっちゃ緊張している!お手洗い行ってきていい?」

稀莉「駄目でーす。ちゃんと聞くのよ。もちろんリスナーの皆も」


稀莉「そういえば、タイトルを発表するのも初めてよね?」

奏絵「そうだね、秘密にしていたからね」

稀莉「その割には、予想されていそうなタイトル」

奏絵「1番しっくりくるからしょうがないわね」


稀莉「では、いくわよ」

奏絵「せーの」


稀莉・奏絵「「これっきりじゃない!」」


***

 私たちが歌詞を作り、自ら歌ったテーマ曲が完成した。私も彼女も、この場で初めて聞く。

 でも、嬉しい気持ちは少ない。


 音楽が流れ始め、私たちの目の前のマイクはオフになる。

 何度も聞いたイントロ。

 最初のフレーズは私からだ。


「あ」


 思わず声に出してしまった。牧野さんに、自分の声を聞かされたのもあり、よくわかってしまう。声に、加工がだいぶ入っている。

 どうしてそうしたのか。理由をわかってしまうのが辛い。加工で極力、わからないようにした。差別化しないようにした。バランスをとった。


 隣で稀莉ちゃんが、下を向いて震えていた。


 普段の収録は対面に座ることが多いが、今日の収録は隣に座っていた。お互い顔を見ないため、なのかもしれない。自然とそうなっていた。

 彼女の顔は直接見えない。でも気持ちはわかった。明るい曲なのに、心は弾まない。極の完成に嬉しくて感動して、下を向いているのではない。

 

「無理しなくていいよ」


 震える手に、私の手を重ねる。

 曲として成立するために調整したのは仕方がない。良かれと思ってやったことだ。けど、彼女にとって屈辱的なことでもある。


「……」


 彼女はこちらを見ず、何も答えない。


「稀莉ちゃん……」


 無理しなくていい。無理しなくていいんだ。

 こうまでして流す曲じゃなかった。収録すべきではなかった。作らなきゃ、良かった。

 苦くて、辛い。痛くて、重い。


 曲が流れ終わり、またラジオの収録が再開する。


「皆どうだった?」

「感動して泣いちゃったわよね?」

「うへへ、喜んでくれたら嬉しいなー」

「そうね、リスナーさんに届くと嬉しい」

「ぜひ買ってくださいね。予約していない人は今すぐ公式ホームページへ!」

「渾身の一曲をぜひ買うのよ!」


 彼女は平気なフリをして、普通のフリして、佐久間稀莉として振る舞う。

 でも、繋いだ手はずっと震えていた。ずっと耐えていた。泣き出して、逃げ出したいのをずっと我慢していた。


「歌詞をつくったから、売り上げの何%か貰えるのかな」

「せこい、さすがよしおかんせこい」

「この夏、どんだけリッチな生活ができるかが、かかっているんだよ!」

「お酒を我慢すれば、節約できるんじゃないかしら」

「はは、そうだね稀莉ちゃん。意外とおつまみが高い」

「はいはい、酒飲みのおかんは置いといて、次のコーナーいくわよ!」


 だからさ、もう無理しなくていいんだよ。 


× × ×


「はい、オッケーです。お疲れ様でしたー」


 スタッフの合図があり、ラジオの収録が終わった。

 けど、彼女はなかなか動かなかった。彼女が動かないので、手を握ったままの私もその場から動けずにいた。

 スタッフも空気を呼んだのか、私たちに話しかけずに部屋から出ていく。

 周りがしーんとなり、やっと私は彼女に声をかけた。


「稀莉ちゃん、お疲れ」

「うん」

「頑張ったね」

「うん」


 彼女はきちんと責任を果たした。自分の感情を押し殺して、番組を守ったのだ。『これっきりラジオ』のこれからを祈って、曲を歌い、完成させ、披露したのだ。ズタズタに心は引き裂かれながら。


 けど、もうそんな稀莉ちゃんを見るのは嫌だった。素直に笑えない彼女を見るのが嫌だった。暗い顔のまま、震える彼女を見るのが嫌だった。

 痛みを、彼女に押し付けるのが耐えきれなかった。


「稀莉ちゃん」

 

 だから、私は彼女の想いを裏切る。

 これが彼女のためと信じて、気持ちを無下にする。


「稀莉ちゃん、聞いてくれる」


 二度呼び、彼女がゆっくり顔を上げた。瞳が私を捉える。今日初めて、目が合った気がした。


「東京でのイベントが終わったら、終わったらさ……」


 彼女は言葉を待つ。不安げな顔をして、追い詰められた顔をして、泣きそうな顔をして、その先を聞きたくない顔をして。


「これっきりラジオをお休みにしよう」


 私は告げた。

 植島さんに提案したことと、同じことを口にした。

 それが、私の選んだ答えだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る