第19章 薄紅色のサイリウム⑦
***
稀莉「よしおかんは何か挑戦したいことあるの?」
奏絵「私ねー、悩むよ。刺激を受けようと色々な場所を訪れたのだけど、どれもしっくりこなくてねー」
稀莉「例えばどんなところに行ったの?」
奏絵「演劇に、朗読劇に、お笑い」
稀莉「よしおかんは何を目指すのかしら?」
奏絵「私も途中で迷走し出したと気づいたよ!」
稀莉「まぁ、すぐに見つかったら苦労しないわ。思いもよらない才能、仕事もあるかもしれないし」
奏絵「そうだね。私が高校生の頃はまさか声優になるなんて思わなかったもんね。もしかしたら、私にはお菓子作りの才能があるかもしれないし」
稀莉「それはない」
奏絵「断言はやっ!わからないよ?」
稀莉「まともに料理できないのに、お菓子を作れるとは思わない」
奏絵「そ、そうだけど、え、植島さん?今度、特別放送でお菓子を作る実況回をしようかって?面白そう!」
稀莉「いやいやいやいや、地獄絵図になるだけよ!絶対にお蔵入りになるわ」
奏絵「わからないよー。皆で、食べ合って採点しようよ」
稀莉「何で料理の腕前さっぱりなのに自信ありげなの!?私を葬る気!?」
奏絵「大丈夫、皆で食べれば怖くない」
稀莉「集団食中毒でその日のニュースになるわ」
奏絵「ひどいなー」
稀莉「現実を言ったまでです」
奏絵「で、挑戦、挑戦ねー。今のところは、特に挑戦したいことはないです。まずは目の前のことを頑張ることかな。番組CD、お渡し回、イベント。これから盛り沢山だからね」
稀莉「確かにそうね。新しいことに挑戦しているどころじゃないわね」
奏絵「うん、それにね、無理に挑戦する必要もない、と思う。えーっと『来世はうどん』さんやリスナーさん、新しい年度だから何かしないと!と思うのは良いことだけど、それで無理したり、無茶なことしたりするのはかえって良くないよ。身体や心が壊れたら、戻すのは大変だからね。人は人。あなたはあなた」
稀莉「マイペースってことね」
奏絵「そうだね、焦らずマイペースでいこう!……って、まあ必死に言い訳しているんですけどね。アラサーにもなると、なかなか挑戦することも減ってくるから。挑戦って体力と気力を使うんだよね。だから、ついつい保守的になっちゃう。いや、声優業界に居続けること自体が常に挑戦ともいえるのだけど」
稀莉「そういうことで、今年のよしおかんは、この夏、私とキャンプに行くことになりました。アウトドアに挑戦!」
奏絵「言ってないよ!?唐突すぎない!?!?今までの脈絡全部無視だよ!」
稀莉「最近は、キャンプ道具を持っていかずに楽しめるらしいわよ」
奏絵「ねえ聞いて?」
稀莉「もう、うるさいわね。あんたはこうでもしないと何も動かないんだから!」
奏絵「う、うう、10代の女の子に言われるのもどうかと思いますが、その通りです……」
稀莉「春の約束の次は、夏の約束」
奏絵「え、ええ……」
稀莉「さて、秋は何をしようかしら?」
奏絵「リスナーの皆はマイペースにね?私はどうやら止まることを許されないらしいです……」
稀莉「はい、次のコーナーいくわよ」
稀莉「稀莉ちゃんの願い、かなえたい!」
稀莉「このコーナーは、私、佐久間稀莉が吉岡奏絵と結ばれるためのアイデアを、リスナーさんにプレゼンしてもらう企画です」
奏絵「私の心を休ませてー!!!」
***
春撤回。
ラジオ収録後、ここは夏?サウナ?と思うほどに汗をかいていた。このラジオ、私が叫びすぎだし、体力使いすぎやしないか。
そんな私の疲労困憊っぷりも気にせず、植島さんがいつも通りの気だるそうな調子で、私たちに話しかける。
「歌詞はまだ決まっていないけど」
稀莉ちゃんと顔を見合わせる。う、まずい。
「歌詞はまだ決まっていないけど」
「あー、わかっていますよ、植島さん!ごめんなさい!難航していますよ」
「無茶ぶりなのよ。パワハラ―!」
「ん、まだ大丈夫。予想通り」
予想通りというのも癪だが、極端に遅れているわけではないらしい。
私たちの抗議も意に介さず、淡々と告げる。
「で、先に音楽は完成した」
「え」
「はやい」
メロディの完成。私たちが歌詞で手こずっている間に先にできてしまった。
「作曲家が二人のラジオを元々聞いていたらしくてね。引き受けた翌日にはできていた」
「え、本当に早すぎじゃないですか?」
「ベートーヴェンが降臨してきて、迫る魔王と戦い、G線上を駆け抜けたんだって。出来栄えは、サリエリもひどく嫉妬するほどの、威風堂々としたものだと。さっぱりわからないけどさ」
「その音楽はどこにあるの?」
稀莉ちゃんの問いに、ノートPCを指さし、答える。
「もちろんここにある」
完成した音楽があの中にある。
「聞きたいです」
「私も」
「もちろん、そのために持ってきたのだからね」
植島さんがPCを操作し、「じゃあ流すよ」と合図し、私たちのものとなる旋律が流れ始める。
最初からサビだ。やけにアップテンポ。軽やかで、元気で、そして可愛らしい。メロディを聞いているだけで、身体がリズムをとり、ウキウキしてくる。
「凄い」
「ポップな曲ね」
「うん、自然と元気になるような曲」
「でもうるさくなくて、心地よい」
「ここ面白いメロディだな」
良い印象しかなく、二人で曲を褒め称え続ける。聞き終わった後は、「もう1回お願いします」と頼み、結局5回ほど聞いた。
「私たちにピッタリね」
「そうだね、このラジオに合う曲だね。でも、これ上手に歌えるかな?」
良い曲すぎて、逆に不安だ。この素晴らしいメロディに私たちの歌声が、私の音が合わさる。私の声が壊さないか、良さを半減させないか。
けど、うちの番組の責任者は甘えも心配も許さない。
「歌うためにやってもらうよ。まだ歌詞が決まっていないけど、来週から歌のレッスン開始だ」
そう、私の心の準備などお構いなしに、『挑戦』は向こうからやってくるのだ。
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