第19章 薄紅色のサイリウム⑥

 調子は悪くないけど、落ち着かない。

 そんな心とは裏腹に、外の空気は温かく、過ごしやすい。ピンクに近い、ベージュのゆるカットソーに、ハイウエストのニュアンスグリーンのパンツ。服装もどことなく春を意識してしまう。

 意識するのは春だけではなく、彼女もなのだが。

 感情を告げられてからは、少しでも自分をよく見せようと思う感情が芽生えた。収録後にそのままデートに行くことが多いから、それもおおいに影響しているのだが、それでも鏡の前で悩む時間は増えた。

 恋は人を綺麗にする、というのは間違いではないかもしれない。少しでも綺麗に見せたいし、可愛い彼女の隣に立つ相応しい『彼女』でありたい。ジャージ姿や、ラフな格好で収録に来ていたあの頃の自分を罵りたい。


 警備員さんに挨拶し、エレベーターを上がっていく。

 そして、今日も私は可愛い、綺麗と褒められるために、彼女に会いに行くのだ。……いい年して乙女だなーというツッコミは受け付けない。


「おはようございます!」


 3月の最後の収録日だ。


***

奏絵「すっかり春ですね」

稀莉「温かくなったわね。そして、いち早く桜を見たわね」

奏絵「そうそう、こないだ唯奈ちゃんのライブに二人で行ってきまして、その帰りにプチお花見しました」

稀莉「都会の桜もいいものね」

奏絵「ねー。綺麗だったな~。みなとみらいの都会の中で、咲き誇る薄紅色。幻想的だった」

稀莉「夢の世界みたいだったわ。時間が許すならずっと見ていたかった」

奏絵「心が洗われたなー。あとはお花に合う、日本酒があれば最高だったけど」

稀莉「出た、酒トーク」

奏絵「久しぶりでしょ?なるべく飲まないようにしていたからさ」

稀莉「確かに、意外と私の前で酔ったのを見たことない」

奏絵「未成年の前では気をつかっているのさ」

稀莉「……それはそれでちょっと寂しいかも」

奏絵「え?」


稀莉「それはそうと、ライブよ」

奏絵「唯奈ちゃんの全国ライブツアーの横浜公演にご招待いただいたのです」

稀莉「ライブ会場付近でのよしおかん目撃情報がSNSで盛り上がっていたみたいね」

奏絵「やめてー、グッズフル装備の姿を見られるとは思っていなかったよ」

稀莉「ライブTに、タオルに、サイリウム装備」

奏絵「いやー、せっかくだからね。グッズをしっかりと買ったわけですよ」

稀莉「それをライブ前から装備しちゃう?」

奏絵「一体感というか、仲間意識というかさ」

稀莉「……招待されなくても、今後個人的にライブ参戦しそうで怖いわ」

奏絵「それにしても皆、街中でよく私ってわかるね」

稀莉「変装も無しに、目立つ格好で行くからよ。現に、私の目撃情報はほぼ無かったみたいだわ」

奏絵「うー、次回からはひっそりと行きます……」

稀莉「意外とあんた目立つのよ。背もそれなりに高いし、顔も整っているし、動きがオーバーアクションだし、感情が顔にすぐ出るし」

奏絵「褒められている……のか?」


稀莉「で、ライブに行ったことがバレているため、こちらのラジオに唯奈のライブの感想が多数届いているわ……」

奏絵「間違えている!唯奈ちゃんのラジオに送ってあげて!」

稀莉「私たちも見たから、わかる、わかる!っていう感想が多いのだけど、やっぱり唯奈に送ってあげて!唯奈に送った方がずっと嬉しいはずだから、『これっきり』に送った人は、『唯奈独尊ラジオ』にも送ること!」

奏絵「私たちからの約束だよー」

稀莉「でもでも、何も触れないのも勿体ないので、私たちも少しだけ感想述べるわね。ともかく凄かった。唯奈が努力家なのは知っているけど、それだけじゃないほどオーラがあった」

奏絵「カッコいいし、可愛い。ラジオやイベントで共演した人だっけ?と思うほど、輝きに満ち溢れていたね」

稀莉「そして、ファンの一体感にも驚かされたわ」

奏絵「コールに、ライトの色の統一感。初見殺しだったわ……」

稀莉「気になる人は、これからも全国ツアー続くので、ぜひ参戦して下さい!」


奏絵「ではでは、こちらのコーナー」


奏絵「よしおかんに報告だー!」

稀莉「こちらのコーナーでは、よしおかんに相談したいことをリスナーが送り、よしおかんに聞いてもらうコーナーです。まあ、ふつおたのコーナーよ」


奏絵「なんだか久しぶりな気がする」

稀莉「発表続きで、まともにおたより読めなかったからね」

奏絵「では、いきます。ラジオネーム、『来世はうどん』さんからです。稀莉ちゃん、よしおかん、こんちゃー」

稀莉「はい、こんちゃー」

奏絵「何、その挨拶!?つ、続けるよ?3月で大学を卒業し、4月から新社会人で億劫です。働かないで、稼ぎたい(切実)。不安な気持ちもありますが、これっきりラジオの番組CDや、イベント遠征費のためにしっかりと働いて、お金を貯めたいと思います。稀莉ちゃんは高校3年生、よしおかんはアラサーへのタイムリミットが迫る、新年度だと思いますが、お二人が新たに挑戦したいとことはありますか?良かったら教えてください」


稀莉「タイムリミット(笑)」

奏絵「おい、そこの10代笑うな」

稀莉「まぁ、私が貰うから問題ないわ」

奏絵「問題ある発言だよ!?」

稀莉「番組公認でしょ?」

奏絵「え、認められちゃっているの!?」


稀莉「もう少しで18歳で、高校3年生なのね」

奏絵「私は、うん……」

稀莉「28歳になるわね」

奏絵「言わんでいい!あー、28歳、28歳は何だか最後の猶予期間な気がする!」

稀莉「30になる前に、もう1年29歳があるじゃない」

奏絵「違う、違うんだ。29歳は本気で終わりなんだ。1日1日が地獄へのカウントダウンなんだ。28歳はまだちょっと余裕持てる。ま、まだ1年あると心に余裕があるんだっ!」

稀莉「必死ね」

奏絵「必死だよ!いつまでも若くいたい!」

稀莉「よくわからない感覚ね。見た目はけっこう若いわよ、よしおかん。大学生でも通じるわ」

奏絵「え、本当?嬉しいこと言ってくれるじゃん~。でも嬉しいけど、よしおかんって呼ばれると相殺される感!」

稀莉「めんどくさいわね」

奏絵「稀莉ちゃんも10年後きっとわかるよ」

稀莉「30歳の誕生日は番組をあげて盛大に祝いましょうね」

奏絵「絶対に辞めて!フ、フリじゃないから!」


稀莉「で、話を戻すわよ。新たに挑戦したいことはありますか?って」

奏絵「なかなかにタイムリーな話題だね」

稀莉「私は、こないだ唯奈のライブに言って、さらに実感したのだけど、歌の仕事をやってみたいと思っているわ」

奏絵「おー」

稀莉「私はラジオではよしおかんと一緒だから、ついつい饒舌になるけど、基本的にトークは苦手なの。だからってわけじゃないけど、歌で私の気持ちを伝えたい。そう思っているわ」

奏絵「実現するといいね。稀莉ちゃんの歌声なら色々な想いを伝えることができるよ」

稀莉「まだまだわからないし、言えないこともあるけど、良い発表ができるように頑張るわ」

奏絵「楽しみだなー。稀莉ちゃんの歌声をライブ会場で聞いたら、感動でぼろぼろに泣いちゃうと思う。バスタオル持っていかなくちゃ」

稀莉「大きすぎて迷惑だから!それにね、歌の力って凄いと思うの。アニメのキャラに声を吹き込んで、命を与えるのとはまた別の力がある。そう思ったのは、初めて見たイベントのライブだったわ。歌って凄いなとすっごく感動したの。私も彼女みたいに誰かの心を動かしたい、そう思ったわ」

奏絵「へー、稀莉ちゃんの心を動かす歌声って、凄いねその人」

稀莉「そうね、凄いわね。あまりに鈍感で」

奏絵「へ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る