第19章 薄紅色のサイリウム⑤
「今までお世話になりました」
私も前を向くために、決意をした。
「吉岡さんがいなくなるなんて寂しいですねー」
コンビニの制服を着たおじいちゃん、ここの店長だ、に寂しがられる。
バイトを辞める、という決断。
「本当に今までありがとうございました」
といっても、ラジオが始まり、アニメのレギュラーが増え、バイトの頻度が週1行けるか、行けないかぐらいになっていたので、辞めるのは今更感もある。今まで、よくクビにならなかったものだ。
「何年ですかね、長くやりましたね」
バイトはすぐ辞めてしまう人が多い。私みたいに4,5年も働く人はめったにいない。仕事が合わないということもあるが、大学1,2年の暇な時だけ稼ぐなど、期間限定なことがほとんどだ。なので、この店のバイトの中で、気づけば私が最長記録となっていたのであった。
「そろそろ私も本業だけで生きていく決意をしようと思いまして」
決意はとっくにしていたはずだったのだが、決断できなかった。保険をかけていた。次のクールは仕事無し、無収入な時は貯金がほとんどない私は、バイトするしか食っていく方法がない。それに、辞めて、次のバイト先を探すのが億劫だった。シフトの融通がかなりきく職場だったので、甘えていた。
けど、学生の稀莉ちゃんが決断したのだ。
私だけ置いていかれるわけにはいかない。
私だって、覚悟を決めるんだ。
声優として生き抜く覚悟を。
「そうですか、吉岡さんは役者さんの道に生きるんですね」
「ああ、えーっとそうです!」
突然、『役者』と言われ、戸惑う。店長には声優であることを告げず、劇団で役者をしていると誤魔化していたのだ。声優も役者のカテゴリーなので嘘ではないが、正しくはない。
「楽しみですね。吉岡さんがいつか朝ドラに出るの」
「……はは、そうですねー。出られるといいですね」
絶対出ることはないだろう。
誤魔化しは飛躍し、明後日の方向に行くが、辞める際に否定することではない。
「吉岡さんはどういう役者さんなんですか?」
「私は……」
どういう声優なんだろうか。
一言では表現できない。声優は色々な人間になれる。役者だってそうだ。得意不得意はあるが、やろうと思えば何だってできる。
では、私は何が得意なのか?『空音』のようにかっこよくて、可愛い女の子をやったこともあれば、お姉さん、年上の役をやったこともある。でも色気のあるキャラは苦手だ。自分では精一杯やっているつもりだが、あまり評判が良くない。あざとい系も苦手。基本的に萌えるキャラ、キャピキャピした女の子が得意ではない。そのため正統派の可愛いキャラが少なく、クールだったり、男勝りだったり、影のあるキャラに選ばれることが多い。だからメインヒロインになることが圧倒的に少ない。だいたいかませ役か、途中出場、途中退場だ。
また、ロボットに乗って戦ったり、バイクに乗ってアクションしたりする演技は好きだ。叫び声、アクションには定評があると思っている。けど、戦う男の子の声とは若干ずれる。少年役が私にまわってきたことはない。
『アイドル声優!で私、可愛い声出せます!』というよりは、『実力派で、かっこいい演技、迫力ある演技できます!』という声優だろうか。けど、自分で実力派です!というのはどうだろうか。『空音』以降、干されていた。実績が圧倒的に少ない。
あとは、ラジオを始めてからはツッコミキャラ、ギャグキャラが増えている。『よしおかん』というキャラ付けのせいだろう。それでこそ主役になれないが、レギュラーキャラとして主人公に連れ添う役として頻繁に出演できている。これはこれで美味しい気がする。
結果として、
「実力派、お笑い役者ですかね?」
「実は漫才でも組んでいるんですか?」
『これっきりラジオ』は漫才ラジオ。そんな気もしてくるが、これでも声優だった。揺らぐな、信念!
最後のバイトを終え、お店から出た後も悶々と考える。
稀莉ちゃんは、アーティストとして、声優アイドルとしても頑張る。では、私は何を頑張ればいいのだろう。声優として演技を磨く!といっても、家でずっと練習してうまくなるわけではない。
刺激。唯奈ちゃんのライブが稀莉ちゃんに影響を与えたように、私にも刺激が必要だ。
「よし」
ちょうど今日はオフなので、寄り道をしていく。
まずは、これだ。演劇。
下北沢に行き、当日でも見れそうな劇を探し、入る。
私も声優だけでなく、舞台で輝く役者になるのだ!
――(1時間後)――
う、うーん、私にできるのだろうか?声優の収録には台本があるが、役者は台詞を覚えなければいけない。暗記に自信が無い。それに私、すぐ表情に出るし、第一私は舞台に立つほど整った容姿をしているのだろうか……?
う、うーん。
電車に乗っていると、事務所から案内が来た。
朗読劇。
事務所の声優さんが開催するのだが、少しチケットが余っているので、サクラで来てくださいというお誘いだ。
こ、これだ!と思った。
朗読劇なら、声優の私にピッタリだ。そうだ、わざわざ舞台の上に立つ必要はない。私は、私の声だけで勝負すればいいのだ!
――(1時間後)――
軽く見ていた。
朗読劇って難しい。
動きがない分、本当に声の抑揚、魅力だけで、観客の集中力を途切れさせないように工夫しないといけない。
さらに私がやったら、ついつい体が動いてしまうだろう。アフレコの時もそうだ、身振り手振りを自然としている。
それにギャグ、エンタメ寄りならいいが、観客をうるうるさせる感動系が私では無理だろう。私には、向かない。単独は特に無理だ。う、うーん。
そして、たどり着いたのがお笑い劇場。
そう、お笑いなら、ラジオで賞もとった私にもできるはずだ!
――(1時間後)――
あはは、最高だ。笑うっていいことだ。
私もこの道に!……って違う。お笑いの勉強にはいいが、私は声優だ。芸人になりたいわけではない。
完全なる迷走だった。
「ま、まぁ焦る必要ないよね」
駅からの帰り道、そう呟いて、自分を納得させる。
下手に幅を広げて、声優の仕事、ラジオの仕事が疎かになったら駄目だ。
まずは目先の仕事、そう、テーマソングの歌詞を考えることが先決だ。……せっかくのオフだったのに、何で今頃思い出すのだろうか。
彼女に「歌詞をつくるの、あんまり構えずにいこうよ」といった手前、何も成果を出せないのは恥ずかしい。稀莉ちゃんの栄光への道の第一歩なのだ。私も彼女のために、自分のために尽くしたい。
「けど、スイッチが入らないのも事実だ」
輝いていた女の子。負けじと決断した女の子。
一方で、圧倒された私。
ここが私の限界なのだろうか。限界、というにはアニメのレギュラーを持ち、ラジオの仕事もあるので、1年前の私と比べたら豪華な限界なのであるが、それでもあの日を頂点と思っていた私にとって、今の私の境遇はある種のゴールな気もする。このままラジオを続けて、アニメの仕事も継続的に得て、稀莉ちゃんと一緒に歩むのだ。そんな未来に満足してしまう自分がいる。
私は何がしたいのだろうか。
私は何が好きなんだろうか。
……稀莉ちゃんが大好きなのは置いといて。
サイリウムみたいに色がすぐ変わればいいのになーと思ったが、電池が入っていなければ意味が無かった。
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