第19章 薄紅色のサイリウム④

 アンコールも終わり、ライブ終了を告げるアナウンスが流れる。

 私が歌ったわけでもないのに放心していた。

 凄い。凄すぎた。濃すぎる2時間だった。

 

「凄かったねー」


 後ろの席から声が聞こえ、顔を上げる。ひかりんだ。


「あの合同イベントにいた人とは思えなかったね」

「本当だよ。同じ人とは思えない」


 彼女の言葉に同意する。

 彼女のライブから歌詞づくりのインスピレーションを受けるなんて烏滸がましかった。次元が違う。ラジオで作る曲とは、ご褒美で作る曲とは違う。

 あまりに完璧で、完成されている。

 これが10代。

 同じ人ではあったが、一部分しか見ていなかった。


「かっこよかったね」

「うん、ファンの熱気も今まで見たらライブの中で1番かもしれない」


 恐ろしい。私たちは感心を超え、憧憬の念を抱くぐらいだ。


「ねえ、奏絵」


 でも、彼女は違った。

 隣に座っていた稀莉ちゃんが私の肩を軽く叩き、私を呼ぶ。


「どうしたの、稀莉ちゃん?」


 ライブ中、彼女は表情も変えず、真剣な目をしてステージを見ていた。最後唯奈ちゃんが舞台から去る時は拍手をしていたが、それ以外はただじっと見ているだけで、普段の稀莉ちゃんとは違う様子だった。

 それはただ圧倒されていた私とは、違う表情。


「私は……」


 彼女の言葉を待つも、言葉は続かない。

 ざわざわと観客が帰る中、私だけ嫌な汗が流れる。


「じゃあ、かなかな、きりのすけ、私はお先に失礼するよ!」


 空気を読んでくれたのか、ひかりんが「あははー」と手を振って帰っていく。去る彼女に挨拶をし、再び稀莉ちゃんに向き直り、提案する。


「少し場所を変えようか」


 ここではお客さんに注目され、言いづらいこともあるだろう。それに長話だとしたら会場が閉まってしまう。

 彼女が「うん」と小さく頷き、興奮冷めやらぬ会場を私たちは後にしたのだった。



 デートをするかもということで、前もって下調べをしていたのが役に立った。

 3月の後半。そう、春を迎える時期だ。

 今年は春が遅刻せずにやってきたので、すでに桜が満開となっている場所も多い。

 そして、この近未来都市でも桜を迎え入れていた。

 名前の通り、桜が咲き誇る場所。「さくら通り」を歩きながら、春を堪能する。


「綺麗ね」


 今日はあくまで仕事ということで、稀莉ちゃんのお母さんとメイドさんに「家まできちんと送ります!」ということで夜の外出許可をもらっている。まだ多少の時間はある。


「本当の桜だね」


 ビルの明かり、遊園地の光と混ざる薄紅色は、あの時とは違った趣がある。彼女も同じ気持ちだったのか、私に言葉を返す。


「ええ、約束したものね。春になったら桜を観に行こうって」


 綺麗な景色と、その中を歩く可憐な女の子で、夢見心地だ。けど、一方で彼女から何を告げられるのか、心が落ち着かないのも事実だ。

 こないだの冬、時期にしてまだ3カ月ちょっと。青森のライトアップされた雪の桜の中で、私は彼女に想いを告げた。『好き』を言葉にした。彼女との未来を約束した。

 そして、今日は本物の桜の中、彼女は私に告げる。


「ねえ、聞いてくれる奏絵」

「う、うん」


 承諾しつつも、まだライブ帰りのお客さんが多いので、すぐそこの汽車道まで移動することを提案した。

 海に面したプロムナード。手すりを持ちながら、横並びになって景色を眺める。観覧車や、さっきまでいたライブ会場が見える。

 彼女の横顔を見ながら、言葉を待つ。まだ春というには涼しげな風が吹く。


「今日事務所でね、これからの進路の話をしたの」

「うん」

「大学に行くかと、これから声優としてどうしていきたいか」


 前に私も質問した。これからどうするのか。進路は当然事務所も気になることだ。


「だから、ライブ前に事務所に行ったんだね」

「そう、せっかくデートしようとプラン考えていたのに」

「ははは、めちゃくちゃ考えていそう」

「そうなの。30通り考えてきたのにパーだわ」


 考えすぎだ。でも、稀莉ちゃんのことだ。いつか実現することになるだろう。私の体力持つかな。


「話の腰を折ってごめんね、続けて」

「ううん、いいわ。でね、事務所は4月になる前に私と話したかったんだって。それで急遽行ったの」


 新年度になると何かと忙しい。学校もクラスが変わるだろうし、私たちのテーマソングづくりの課題も残っている。


「正直言って、迷っていた」


 当たり前だ。迷うのも当然だ。


「今は学校がある中で、アニメの仕事もそれなりに貰えている。それにあなたとのラジオの仕事がすっごく楽しい。充実しているんだ。今のこの生活に、仕事に凄く満足している私もいる」

「うん」

「でも、もっと色々なことに挑戦したい私もいるの」


 ただ静かに彼女の言葉を聞く。


「ありがたいことに、アーティストデビューの話がきているの。『空飛びの少女』の劇場版の主題歌をキャラ、『空音』名義ではなく、私名義で歌わないかって。それに今度の秋に配信されるアプリゲームの、アイドルグループの話も来ているの。歌って、ダンスもしなきゃいけないから、ハードルは高い。東京以外の主要都市でのライブも見据えているらしいわ」


 ユニットデビューに、ソロデビュー。良い話だ。


「私は両方やりたい。声優としてもっと挑戦したい。大学に行く選択もあるかもだけど、それでも私はこの舞台で輝きたい」


 声優として輝く。


「それが今日、唯奈のステージを見て、確信に変わったわ」


 輝くために、その道以外の選択を捨てる。


「私も歌いたい」


 私とは違う答え。

 

「ステージに立って、歌いたい」


 前向きな考え。


「唯奈に負けたくない」


 他の色は選ばない。


「私だってできる」


 声優として、生き抜く決意。


「でもラジオは手を抜かないわ。これっきりラジオは、奏絵とのラジオは、私のオアシスだもの」

「ありがとう」

「けど、歌うこと、踊ることで、今でさえ少ないのに、もっともっと会いたいのに、たくさん話したいのに、奏絵との時間が減ってしまう」

「そうだね、そうなるね」


 学校に通いながら、全部やるのだ。私に費やす時間は、とてもないだろう。


「それでも私は前に進みたい。大学には行かず、声優だけになったら、もう少し時間はできると思う。この1年。この1年が終わったら、声優として輝く私と、奏絵の彼女としての私、両方の私を実現させる」


 無茶苦茶だ。


「そういうことを言いたかったの」


 栄光も、私も、両方手に入れるらしい。実に稀莉ちゃんらしい決断。本当に前しか、まっすぐしか見えていない子で、私は安心させられてしまう。

 そんな彼女を、ひたすらまっすぐ走る彼女を、私は後押しするだけだ。


「飛べるよ、稀莉ちゃんなら」

「うん」

「どこまでも飛んでいける」


 彼女なら私を置いていき、どんどん飛んでいけるだろう。

 私だって負けるつもりはない。

 けど、彼女はもっともっと高みへ目指す。私が無理だと思うゴールも彼女なら達成できるかもしれない。

 それでも、私は隣にいる。稀莉ちゃんは私の手を離さない。


「じゃあ稀莉ちゃん。まずは私たちの曲をしっかりと作らないとね」

「そうね」

「アーティストとしての第一歩だよ。まずはここを成功させよう」

「うん、テーマソングが私の夢への第一歩よ」


 手すりにかけた彼女の手に、私の手を重ねる。

 会う時間は減る。色々と遊びに行きたいし、たくさん話したいし、思い出を増やしたい。

 でも、全く会えないわけじゃない。ラジオ番組は続くし、一緒のアニメの現場もあるだろう。

 プラスしかないんだ。今は我慢になるけど、1年経てば、彼女が高校を卒業すればもう少し時間に余裕が持てるようになるはずだ。

 彼女は選んだ。覚悟を決めたのだ。事務所にしっかりと告げ、自分で考え、自分で決断し、私に話してくれた。

 そんな彼女を私は尊敬する。


「大好きだよ、稀莉ちゃん」


 祈るかのような、小さな呟きは、街の喧騒に消える。彼女の頬は薄く朱に染まり、「私もよ」と微笑んだ。

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