第19章 薄紅色のサイリウム③

 会場に流れていたBGMが止まり、照明がゆっくりと落ち、「おおお!」と観客が湧く。

 スクリーンに映像が流れ、また歓声があがる。今か今かとお客さんたちはペンライトを次々と点灯させ、登場を待ちわびる。

 そして、唯奈ちゃんが登場すると、会場の空気がガラリと変わった。

 

「さぁ、私についてきなさい!」


 轟く声。反響する声。会場の温度がぐっと上がる。

 彼女にスポットライトが当たり、イントロが流れ始める。

 最初から会場は最高潮である。2階にいながら、観客の熱意を痛いほど感じる。

 そして、その熱をさらに高める、唯奈ちゃんの歌声。


「凄い……」


 つい感想が零れる。これが10代の女の子か?こないだまで高校生だった女の子か?ライトに照らされ、踊り、観客を鼓舞する姿が眩しい。

 圧倒的だ。

 手に持つペンライトを振ることを忘れたまま、1曲目が終わっていた。2曲目になり、やっとペンライトに光を灯す。

 2曲目に入っても、3曲目に入っても彼女の勢いは、会場の盛り上がりは留まることを知らない。

 やっとひと息つけたのは、3曲目が終わり、MCが始まってからだった。


「声優、歌手の橘唯奈です!今日は来てくれてありがとー!!」

「「おおおおお」」


 拍手と、呼応する声が混ざる。

 ラジオでも思っていたが、唯奈ちゃんは客を盛り上げるのが上手い。テンポの良い軽快なトークに、観客ウケの良い言葉。


「はい、1階の人ー!!」

「「わああああ」」

「2階ーーー!」

「「わあああ」」

「3階以上ーーー!!」

「「わあああああああああ」」


 彼女の言葉通り、会場は満席だ。普通にチケットを取ろうとしたら、なかなか取れないほど大盛況。


「ふふ、いい反応ね。満員御礼ありがとう。では、次はこれを聞いちゃおうかな。いくわよー」

「「おおお!?」」

「男子ーーー!」

「「うおおおおおおおお」」

「女子―?」

「「きゃあああああ」」

「う~ん、女子可愛い~!エネルギーになるわ。男子もありがとうね」


 女子の反応も多い。女性声優でありながら、男性ファンだけでなく、女性ファンも多く獲得しているのは、唯奈ちゃんの強みだろう。同性の人気を得るのはなかなかに難しい。

 彼女の可愛さに魅了されたのか、圧倒的な歌声に惚れたのか。友達が好きだったから、好きなアニメに出ていたから、ラジオが面白いから、たまたま友達に誘われたから。色々な要因があり、色々な想いがあるだろう。いかなる理由にせよ、これだけの女性に支持されるのはめったにないことだ。それも10代の子がだ。


「最初から飛ばしました。ちょっとお水飲むわね」


 ライブは観客との対話だ。アーティスト側の一方的な押し付けではない。

 

「「お水おいしいー?」」

「うん、美味しい♪」


 と答え、観客を沸かせる。一方通行ではない。観客の反応もあって、唯奈ちゃんの可愛さがさらに際立つのだ。

 衣装を紹介する際に起きた、「まわってー」の声には、3回もまわり、「かわいいー」の称賛の嵐を受けるなど、ファンサービスも旺盛だ。


 ついつい考えてしまう。

 私だったら、どうか。私だったら、どう振る舞えるか。

 もしあの場に私が立っていたら、自分が歌うことで精一杯だろう。間のMCでは、ぼけーっとしてあまり喋れないだろう。「さっき歌詞を間違えたな」、「次の曲はあの位置から始まって」、「あー喉がカラカラだ」。双方向のコミュニケーションなどできやしないだろう。ラジオのイベントとは違うのだ。ファンサービスをうまくする自信がない。

 唯奈ちゃんはオンオフの切り替えがうまい。そして、オフでも脱力するのではなく、熱量は下がらず、唯奈ちゃんの魅力がどんどん伝わってくる。

 私には、きっとできない。

 

 

「じゃあ、次の曲いくわよ。恋する女の子の気持ちを歌った、可愛いあの曲。皆はわかるわよね?」


 「わかるー」、「もちろん!」と反応する声や、ペンライトを振ってアピールする人々に、満面の笑みで返す唯奈ちゃん。

 そして、彼女の口から、彼女の代表曲が告げられる。


「ダイスキ×スキップ!」

 

 割れんばかりの歓声。

 続いて、「ハイ!ハイ!ハイ!ハイ!ハイ!」とコールが沸きあがり、熱量が増す。

 ふと横を見ると、隣の女の子もステージに立つ彼女に釘付けになっていた。

 サビでは、さらにテンションが跳ね上がる。気づくと、ペンライトを振り、リズムをとってしまう。会場に飲まれ、彼女の存在に魅了される。

 凄い。

 これが、橘唯奈。

 これが、新時代の歌姫。


 圧巻だ。

 これ程の実力とは思っていなかった。

 歌声だけではない。踊り、パフォーマンス、ステージ演出。それは彼女の力だけじゃない。彼女の才に応えようとするスタッフ、楽器を演奏するバンドメンバー、ダンサー、照明。

 彼女は見つかった。彼女は見つけた。彼女は自身の才能を輝かせる場所に立ち、思う存分に力を発揮する。

 これが彼女、橘唯奈だ。

 これが、新時代の歌姫と言わしめる、努力と熱意の結晶。


「まだまだ行くわよー、次、Lucky Trigger!」


 違う。私とは違う。彼女にはなれっこない。

 いや、なる必要はない。彼女を目指すべきではない。同じ声優と思ってはいけない。

 ステージ上の姿は眩しすぎる。あまりに圧倒的だった。

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