第20章 一等の光
第20章 一等の光①
都内収録ブース。
3つ置かれたマイクの前に、代わる代わる人が立つ。
私も映像と台本をめくりながら、自分の出番に備える。黄色のマーカーで塗られた台詞が目に入る。私の出番だ。音を立てないように注意しながらも、素早い動きでマイクの前まで移動する。
台本を片目に、映像を見る。映像にセリフボールドが現れる。
『やっぱり君か』
何度も家で練習したので、自然と言葉が出た。
隣のマイクの前に立つ、稀莉ちゃんがキャラの声で反応する。
『電車代を要求してもいいかしら?』
『空を飛んできたくせに』
『ええ、私はあなたと違って飛べるから』
『で、私をどうする気だい?』
絵に合わせて、隣の女の子が息を飲む演技をする。自然な会話を心がけながらも、舞台に立つ役者のように仰々しく、言葉を繰り出す。
『私は、君を裏切るよ。世界を壊す。それでも君は隣にいてくれるのかい?』
映像が流れ、台本をめくる。
『ええ、わかっていたわ。あなたは私の1番の理解者だけど、同時に1番の敵でもあると』
『なら、私を倒すのかい?君は』
映像が暗転し、エンディング映像になる。
「はい、オッケーです。では、次は別録りと予告いきますんでお待ちくださーい』
合図と共に、一息つく。本編は一通り終わりで、あとは直しやガヤと、予告のみ。10分もかからず、終わるだろう。
アニメの収録も10話まで終わり、物語もいよいよ佳境だ。1クールものなので、残りはあと2話数。
最初は久しぶりの主役ということで、慣れなかったが、キャラを掴めてからはすんなりと1発OKでいくことが多い。いかにキャラに入り込むか、それが演出とズレていないか。自分では納得のいく演技ができている、悪くない。
何より、隣に彼女がいるのが大きい。
「続きが気になる終わりね」
「次の台本貰ってはいるけどさ、やっぱり少しでも絵がつくと、違うよね」
ラジオの相方の稀莉ちゃんが、アニメでも共演。慣れた人が近くにいるのは安心感に繋がり、緊張もかなり緩和される。まぁ、知っている人の前で演技するのは別の緊張感もあるが、それでも居心地の良さはこちらの現場でも健在だ。
「はい、ではガヤを皆でやったあと、吉岡さんと、佐久間さんの掛け合いで予告行きましょうか」
「「はい!」」
何処にいたって、彼女の隣は居心地が良い。
× × ×
「吉岡パイセン、稀莉ちゃん、この後皆でご飯にいきましょうよー」
予告も無事録り終え、ブースを出たところ、事務所の後輩の女の子に声をかけられる。同じ事務所ではあったが、今まであまり面識はなかった。けれども10話まで共演し、一緒に走りぬけると、自然と仲良くなるもので、収録後に皆でご飯に行くのがいつの間にか恒例となっていた。
けど、今日は駄目だった。
「お誘い、ありがとう!でも」
「この後、歌詞作りがあって」
稀莉ちゃんと共に答える。
「あー、ラジオの曲を出すってやつですか?」
「そうそう、それ。締切がヤバくてね」
メロディはできたのだ。歌詞作りをこれ以上引っ張るわけにはいかない。
「うへー、大変そうですね。わかりました!次回の収録後は二人ともいきましょうね」
「ええ」
「ぜひ!」
皆とお別れし、二人で近くのファミレスに入る。ちょうどお昼の時間だったので、一通り料理を注文し、ノートを開く。
「稀莉ちゃんから連絡貰ったのも書いたんだ」
「ありがとう。こう見るとけっこうあるわね」
「だいたい100ぐらいのフレーズがあるかな」
今までのラジオの言葉、思い出を文字にし、ノートにまとめたのだ。
『心はホットに、SNSは大炎上』、『コーヒーもラジオも甘い方がいい』、『あなたにもきっと咲くよサクラ』、『イベントでの言動は気を付けて』、『ふつおたはいりませんー』、『お便り破るのは禁止ー』、『良いことはどんどん言っていこう』、『きっと飛べるよ』、『ラジオを聞けば、どこでもパレード』、『これっきりだけど、これっきりじゃない』、『きちんとしたことは契約書を』、『あなたを笑顔にしちゃいます』、『言葉にすれば願いは叶うから』、『勢いに流されるな』、『誰がオカンだ、よしおかん』、『不仲?恋仲?美味しいのは最中』、『もっと近づきたい、もっと喋りたい』、『笑顔になれば何してもいいよね?』などなど。
……色々とツッコミどころもあるが、あくまで候補だ。
「じゃあこの中から微妙だと思うものは印をつけて減らしていこう。また何か思いついたら書いていくという感じで」
「わかったわ」
ご飯を食べながらも、あーだこーだ言い合い、歌詞をチョイスしていく。気づけば2時間ほど経っていた。
「うん、これだけあれば大丈夫かな。家に帰ったらメールで植島さんに送っておくね」
「ええ、よろしく頼むわ」
とりあえずは歌詞づくりも終わりだ。曲に合わせて、提出した言葉から歌詞に当てはめてくれるとのことだったので、あとは素案を待ち、修正を入れていくだけとなる。
ぐてーん、と机に上半身を倒す。料理はずいぶん前に片付けられ、机にはドリンクしか残っていない。
「終わったー」
「疲れたー」
稀莉ちゃんも同じように机に倒れる。
「ふふ」
「はは」
机の上で見つめ合い、思わず笑みがこぼれる。
「甘いものでも注文しようか?」
「パフェを所望するわ」
姿勢を戻し、メニュー表を二人で見る。
「まだ終わりじゃないけど、歌詞作り楽しかったわね」
「そう?私はもうやりたくないけどな」
「感情を言葉にし、記録するのは大事なことだと思うの」
それは歌詞だけの話ではない。ふわふわなものを言語化し、記録して、記憶する。
「でも年度替わりに、課題は辛いね。私はいいけどさ、学生の稀莉ちゃんは色々と大変でしょ?」
「そうね、クラス替えもあったし。文系と理系に分かれるの。といっても8話近くは文系だけど。あとは、特進クラスがあったりもするわ」
「へー、青森の高校じゃ考えられないな」
「青森に高校はあるの?」
「あるやい!」
100はないけど、50以上はある……はずだ。
「友達の結愛ちゃん?だっけ。その子とは同じクラスになったの?」
「ええ、同じよ。よかったわー」
結愛ちゃんは声優の稀莉ちゃんを特別視しないで、自然に接してくれる、良き友達とのことだ。
「結愛は大学はそのままエスカレーターじゃなく、別の大学に行くつもりなの。外国語学部って言っていたわ。世界中を渡り歩きたい子なの」
「すごい、グローバルな子なんだね」
「大人しく見えて、アグレッシブなのよね」
「そうなんだ。でも離れ離れになっちゃうんだね」
「そうね、それは寂しいわ。でも会えないわけじゃないし、連絡はとれるわ」
「そうだね。便利な時代だからねー」
「皆受験やら、進路やらで悩む人が多いけど、私は私で、高校生活をそれなりに過ごして、仕事に集中するわ。この1年が勝負よ」
CDや、イベント、音楽活動もあるし、アニメの声優の仕事も頑張らないといけない。頑張ることはいいけど、いいことだけどさ。
「私が言うことじゃないかもしれないけど」
「うん、いいわよ?」
「どこかさ、危ういかな」
きょとんとした顔をする、目の前の女の子。
「危うい?」
「お年寄りの説教みたいで嫌だけどさ、根詰めすぎは良くない、と思うんだ。私は一度落ちたから、落ちたなりの経験で、ね。いや、稀莉ちゃんは違うよ、私とは全然違う。でも、同じ風になってほしくない」
仕事は大事、学校も大事、
「でも、何よりも稀莉ちゃんが大事だから」
言いたいことが自分でもよくわからない。
「だから、18歳になった稀莉ちゃんも楽しんでほしいんだ。笑顔でいて欲しい。この時間は今だけだから」
もちろん頑張ってほしい。頑張って夢を達成してほしい。でも、それ以上に壊れないでほしい。
「それもそうね。奏絵の言う通りだわ。適度に息抜きしないとね。私はついついまっすぐ突っ走っちゃうから」
「うん、うん」
「そこは深く頷かなくていいわ、奏絵」
真面目な話をしつつも、ツッコミがすぐに入る。これもラジオの成果かな?
「じゃあ、息抜きには付き合ってくれるんだよね」
「うん、夏に何処かに行こうよ、二人で」
「旅行?」
「旅行」
彼女は嬉しそうな笑顔を浮かべ、質問してくる。
「奏絵はどこ行きたい?」
「うーん、沖縄?」
「さすがに遠いわね」
「関東ぐらいがちょうどいいかな」
「そうね、私も考えておくわ」
お店を出て、駅に向かうまでも話を続ける。
「目標だけじゃなく、約束もいいわね。よし、ちゃんと契約書に記載しっ」
「それはしないでいい!」
それが口約束だとしても、心に安心と潤いを与える。
目標は1人だけのもの。でも、約束はきっと二人の目標だ。
「ねえ、稀莉ちゃん」
だから、私は変わらぬ約束をする。
「もうひとつ約束」
彼女がどこかに飛んでいってしまわないように、私とずっといるように。
彼女の隣は私、と証明するために。
「高校を卒業したら、一緒に住もうか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます