第18章 ホワイトデイズ⑥

 プルル。

 彼女が震える電話を手に取り、画面を見る。 


「唯奈からだわ。電話なんて珍しい」

「何かあったのかな?いいよ、出て」


 テラス席で、ちょうど周りに人もいない。


「わかった、出るね」


 耳に電話をあてて、話し出す。飲み物を口にしながら、彼女の電話している様子を眺める。ふふふ、ははは。……楽しそうだな。許可した私が思うのも何だけど。

 

「え、ライブ?」


 気になる単語が耳に入った。

 稀莉ちゃんが私を見る。


「ちょっといい?」


 そう言い、携帯電話を操作し、机に置く。


『どうしたの稀莉ー?』


 置いた電話から音が発せられ、耳に届く。どうやら電話をスピーカーモードに切り替えたらしい。


「私も聞いていいの?」

「うん、大丈夫よ」

『げ、あの女もいるの』


 嫌がる女の子の声。電話の先には橘唯奈ちゃん、私たちと同じ声優の女の子がいる。稀莉ちゃんの1つ上の18歳で高校3年生。つい先日、高校を卒業し、大学には行かず、3月半ばから、全国ライブツアーを開催している、圧倒的歌唱力を持つ、「新時代の歌姫」と称されるアイドル声優だ。


『何で、あんたたち2人でいるのよ!?』


 そして、稀莉ちゃんのことをえらく気に入っている女の子である。


「ラジオの収録後、時間があったからお茶しているんだよ」

「ホワイトデーデート」

『あ゛あ!?』


 稀莉ちゃん!火に油を注ぐでない。


『くっ、仙台にいなかったら今すぐ邪魔しにいくのに!』

「あっ、ライブツアー中なんだね、唯奈ちゃん。お疲れさま」

『え、ええ、ありがとう。って、話を逸らすな』

「単独だもんね、唯奈すごい」

『えへへ、稀莉。それほどでも、えへへへ』


 唯奈ちゃんの機嫌を取り、誤魔化している間に、私に本題を告げる。唯奈ちゃんの扱い手慣れているな……。


「唯奈が来週ライブツアーを横浜で開催するんだって。そこに招待してくれるっていうの」

「仙台にいて、来週は横浜なんだ~。大変だね」

「じゃあ、奏絵も一緒に行くってことでいいよね?関係者チケット2枚貰いましょう」

「え、私も行くの?」


 稀莉ちゃんと一緒にライブ。

 私は保護者か!というツッコミは置いとく。でも、門限の厳しい彼女だ。夜まで行うライブにおいて、文字通り私は保護者になるだろう。


『あんたは誘っていないわよ』


 私たちの会話が聞こえていたのか、電話越しに反対の声が聞こえる。

 どうやら、私はお呼びでないようで……。


「じゃあ、私も遠慮するわ」

『え、ちょっと待って、稀莉。え、それは、その』

「なら、2枚よろしくね、唯奈。絶対よ」

『稀莉、怒っている?』

「怒っていないよ。優しい唯奈に怒ることないわ」

『電話からでも圧力を感じる……』


 声は優しく、笑顔のままでいるのが、また怖い。

 稀莉ちゃんの圧に屈し、関係者席2席を手配するということで、唯奈ちゃんとの電話は終了した。


「というわけで、一緒にライブに行ってもらうから」


 どうやら私に拒否権はないようだ。

 でも、好都合だった。実際にライブに行き、唯奈ちゃんから歌詞づくりのインスピレーションを受けるのだ。歌詞で悩んでいるこの状況を変えるきっかけになるだろう。家で机と睨めっこするよりはるかに有意義なはずだ。


「わかったよ、行くよ。私も唯奈さんのライブは気になるし、私たちの曲をつくる勉強になるよね」

「ええ、きっといい勉強になるわ」


 こうしてホワイトデーデートの次は、ライブデートが決まったのであった。

 私のカレンダーの白がどんどん塗られていく。去年では考えられないことだった。


 その後は、ショッピングをして服を選び合うも決まらないまま、時間が過ぎ、帰路に着くことになった。


「いやはや。次のデートも、決定か……」


 1人、今日の思い出に浸りながらも、足取りは重い。けして歩き疲れたわけではなく、靴が合わないわけでもない。


「……」


 こういう時どうすればいいのだろうか。

 唯奈ちゃんが電話してきたことを思い出し、そうだ、私も電話しようと思い立つ。

 壁にもたれ、携帯電話を操作し、電話帳を見る。こういう時に、相談できる相手。誰がいる?誰が聞いてくれる?

 思いついたのは、同期の西山瑞羽だった。


「もしもし、瑞羽。今いい?」

『どうしたの、奏絵?奏絵から電話してくるなんて珍しいじゃん!』


 特徴ある声が電話から聞こえてくる。養成所時代の同期の女の子。一緒に声優になれた、生き残った戦友。


「聞いてほしいことがある」

『仕事の悩み?』

「仕事、といえば仕事」


 彼女に話すのはどうかと思った。でも、家族に話すわけにはいかないし、事務所に相談するわけにはいかない。合同ラジオの面々に話したら茶化され、絶対ネタにされる。そして、稀莉ちゃんには絶対話せない問題。


『うーん、よくわからない。直接、会って話を聞いた方がいい?』

「いや、直接話すには恥ずかしい話題で……」

『恥ずかしい?』


 息を大きく吸い、私は悩みをぶちまける。


「どう付き合ったらいいか、わからない」

『学生か、お前は!』


 大きな声を受けるも、一度出た言葉は止まらず、あふれ出す。


「いつも平然を装っているけど、いるんだけど、すっごい可愛いんだよ。稀莉ちゃん可愛すぎる。どんどん可愛くなって、なって……。あんないい子が、女子高生が、私を大好きなんて可笑しくない!?」

『はいはい、惚気乙』

「こないだ賞をとって、雑誌の撮影をすることになったんだけど、本当に天使だった。天使が降臨していた。彼女の姿を見て、思わず息を呑んだもん」

『そうですか、そうですか』

「どんなに私が我慢しているか、わかる?わからないでしょ?今すぐ、抱きしめて、」

『はいはい、わかるよ、わかる』

「今日ホワイトデーのお返しをくれた時は、すごっい照れて渡してくれてね。可愛かった、可愛かったなー。一生懸命選んでくれたんだろうな。幸せ者か私は!で、私からお返しをあげた時は、両手を上げて喜んでくれてね。嬉しさがこみ上げ、感動が押し寄せ、その場で泣かなかった私を褒めて欲しい。あーほんとう可愛かったな」

『この惚気はいつまで続くのか』

「手を繋ぐとね、稀莉ちゃんは少しだけ上ずった声になるの」

『ねえ、もう切ってもいい?』


 荒ぶる心を押さえつけ、呼吸を整える。


「ごめん、喋りすぎた」

『スッキリした?』

「ありがとう、スッキリした」

『奏絵も大変だね~。感情を押し殺しすぎなんじゃない』


 まっすぐにタックルしてくる彼女に、私がまっすぐ対応できるわけがない。収拾がつかなくなる。大人の私を保っていられなくなる。


『16は超えていて、もう結婚もできる年齢だ。同性ではできないけどさ。もうバレバレなんだし、何を遠慮する必要があるの』

「あるよ、ある。まだ学生で、いちお受験期なわけで、高校卒業まであと1年で、色々な未来が待っている」


 大学に行くのか、行かないのか。まだ10代で、子供で、でも大人だ。

 

『でも、彼女にはあんたしか見えていないんでしょ』

「……嬉しい言葉だけど、そうなんだよね」


 私にとっては良いけど、良いのだけど、良くも悪くも彼女は私しか見えていない。


「私のせいで、彼女の可能性をつぶしていないか」

『あんたのせいで、声優になったんでしょ?』

「そう言われると、すっごく責任があるんだけど」

『責任をとればいいじゃない』

「どうやって?」

『さぁ、結婚でもすれば?』

「できないっていったじゃん」

『形はそれぞれだよ』

「なんだそれ」


 答えなどでない。瑞羽が答えを教えてくれるわけではない。

 でも、それでいい。

 答えを出すのは私で、今は聞いてくれるだけで嬉しい。


「ありがとう、聞いてくれて」

『良かったね、奏絵』


 何に対する言葉かは、わからない。

 まだ声優をやれている同期からの言葉だ。仕事のことなのか、彼女のことなのか。両方のことなのか。うん、素直に受け取るとしよう。


「うん、良かったよ」


 私は、何かで、何者かで、いられている。ブレブレで、素直になれなくて、大人なフリをして、子供っぽい考えで、悩みながら、抑えながら、好きの感情を認めてあげられている。

 

『今度は私の愚痴を聞いてね?』

「瑞羽が愚痴を言うの?」

『言うよ、言う。ストレスたまりまくりだから。今度、お酒でも入れて話そうよ』

「うん、わかった。あとで空いている日連絡するね」

『あーでも、酒飲んでこれ以上に喋る奏絵の相手をするのは疲れるかも』

「ひどい!」


 また1つ白が埋まっていく。彼女だけじゃない。様々な色が私を変えていく。

 この日々はきっと永遠じゃない。ここで留まることも、止まることもできる。

 けど、留まらせてくれないし、止まろうともしない。


「さぁ、帰ろう」


 誰に言うでもなく、台詞が宙を舞う。

 電話を切り、軽くなった足はただ前へ進む。

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