第18章 ホワイトデイズ⑤

 エレベーターに乗るなり、不満が噴き出す。


「もう、いきなり歌詞を考えろなんて、何を考えているのかしら、あの構成作家!」


 稀莉ちゃんが怒るのも仕方がない、と思いながらも、「まあまあ落ち着いて」と彼女を宥める。


「でも、ごもっともでもあるよね。私たちの曲なら私たち自身で作りたい。自分たちでつくるから愛着がより湧くというかさ」


 私たちが曲をつくることはさすがにできない。だから、せめて歌詞だけでも考えてつくらせたい、という植島さんの気持ちもわかる。


「ちゃんとしたのをつくるなんて、私には無理」

「ふふふ、ついに私、よしおかんの才能を発揮する時が来たか」

「文才あるっけ?」

「これでも文系だったからね」

「文学部ならともかく、文系だからって書けないからね!?」

「これでも読書感想文で賞を取ったことがある」

「しょぼい!」

「小学2年生の時だけど」

「古いっ!」


 彼女の気持ちも収まらないまま、1階にエレベーターが着く。

 扉が開く前に私は告げる。

 

「別に売れなくてもいいんだから」


 売れた方がずっといい。植島さんが言ったようにCDの売り上げがグッズのお金や、イベント、番組の企画に反映されるかもしれない。

 でも、それでも売れる必要など、ない。


 昨今、CDを出してもまず売れないのだ。


 私自身、気に入った曲はダウンロード販売で買うこともあるが、ほとんどは音楽聞き放題の有料アプリ、サービスで聞いている。お店に行って、CDを手にして買ったのはいつだったか思い出せない。

 断捨離が話題になる時代だ。グッズや、イベント抽選券、特典でもなければ、ファンの人でもわざわざ実物を手にして買う人は少ないだろう。CDは一種のファンからのお布施で、特典目当てや収集目当てのコアファンのためのものでしかない。

 もしかしたら私たちの曲もダウンロード販売をするかもしれないが、それはそれで利益はあまり見込めない。


「私たちの曲はあくまでラジオのPRで、今までのご褒美で、オマケだよ」


 CDは番組のプロモーションの一環で、番組に彩りを与える飾りだ。

 少々割り切りすぎだが、これはあくまでプロモーション費用、広告料ぐらいの気概でいい。


「だからね、あんまり構えずにいこうよ」

「……そうね」


 素直に頷くのを見て、扉から出る。


「じゃあ軽い気持ちで歌詞づくりといこうか」


 この後は彼女とお茶する予定だ。収録後ではあるが、まだお昼過ぎであり、時間はたっぷりある。


「違う、この後はホワイトデーデート」

 

 すぐに否定される。

 さっきの言葉には素直に頷いたが、こちらは譲れないらしい。先にバレンタインデーのお返しを交換はしていたが、まだホワイトデーは終わらせてくれない。さすが稀莉ちゃんだ……、することはきっと変わりがないのに、名称にこだわる。そこが可愛いのだけどね。


「はいはい、行こうか稀莉ちゃん」


 彼女の小さな手を取り、歩き出す。

 放送局を出たばかりでこの行動は軽率かもしれないが、構うものか。今さら炎上することもないし、炎上も怖くもない。


「うん、奏絵」


 ……ただ最近、別に怖いこともある。稀莉ちゃんの事務所のマネジャー、眼鏡女子の長田さんが空気読みすぎなことである。

 稀莉ちゃんと一緒に現場に入るのに、必ず番組の途中でいなくなる。一緒に帰りやすいように、遊びやすいように気を遣っているのだろうが、何だか申し訳ない。稀莉ちゃんが何も言わないので、私も気づいていないフリをしているが、露骨すぎだ。

 なお、うちのマネージャーはここ3カ月顔を見ていない。これはこれで問題だ。


 × × ×

 お昼も兼ねて、小洒落た喫茶店に入る。

 店内が混んでいたので、テラス席に座る。春の陽気で、日差しもあり、過ごしやすい。


「もう春だね」

 

 寒かった季節は過ぎ、新しい季節がやってくる。

 彼女との、2年目。

 もう喫茶店のメニューで迷う彼女はいなく、ブラックコーヒーを頼んで強がる彼女はいない。それはそれで少し寂しいと思ってしまうのは、親心か?可笑しな話だ。


「どうしたの奏絵?」

「ううん、何でもないよ。ひとまず考えようか、歌詞」


 サンドイッチ、パンを食べつつ、ノートを机に広げる。作戦会議開始だ。


「歌詞ね……」

「どうすればいいのかしらね」


 初っ端から躓く。


「そうだ、お互いのことを思って手紙を書いてくるのはどうかしら」

「絶対、重いのくるよね!?」

「え、枚数は100枚ぐらい?」

「物理的にも重い!」


 重い想いから抜粋して、歌詞にするのは恥ずかしすぎる。それをノリノリで歌うとは、どういう罰ゲームだ。


「じゃあ、ラジオで募集するのはどう?」

「確かに楽だけど、それじゃ私達でつくっている感じはしないかな」


 リスナーの皆で作る曲、という趣旨ならいいが、今回はあくまで私たちで作る曲だ。


「うーん」

「ぐぬぬ」


 またもや行き詰る。


「スマホで調べてみる」


 さすが現代っ子と思いつつも、私も取り出し、調べる。『歌詞 作り方』と。

 検索結果がずらーっと表示され、良さそうなページを開く。


「なるほど、まずはテーマを決めるといいのか」

「私と奏絵の恋物語」

「恥ずかしすぎる!」

「テーマね……、応援ソングとか、元気が出る曲とか、辛い気持ちも笑顔になるとか」

「そうだね、これっきりラジオらしく、楽しい曲にしたいよね」


 確かに、バラードや、じーんとくる感動曲は似合わない。


「じゃあ、こういうのはどうかしら」

「うん?」

「時空(とき)ハ来タレリ 永遠ノ狭間デ彷徨ウ 暗闇(あくむ)カラ君ヲ救ウタメノ 右手ニ宿リシ女神(ひかり)」

「なんて熱いリリックなんだ……!」


 歌ってみると楽しいかもしれないが、中二病ソングは番組に絶望的に合わない。これっきりラジオはそういうラジオじゃないから!

 

「そんなすぐに思いついたら苦労しないわよね」

「そうだね、まだ時間は……あまりないけど、お互い考えてこようか」


 カフェオレを口にし、一息つく。


「この1年、本当に色々なことがあったね」

「そうね。そして、これからも色々なことがあるわよ」


 CD発売に、お渡し会に、2回目の番組イベント。稀莉ちゃんは4月から『空飛びの少女』のアフレコも始まるし、私たちの共演作も、すでに1回目の収録は終わっている。休む暇がない忙しさだ。


「この後、お渡し回用の衣装を買いましょう。あとイベント用と」

「稀莉ちゃん、気が早くないかな?」

「まずは形から入るのよ。そしたら歌詞も浮かぶ」

「浮かぶといいけどな~」


 ……こんなに忙しくていいのだろうか。


「稀莉ちゃんは」

「うん?」

「大学に行くんだよね」

「そうね。最初の頃に奏絵も行った方がいいって言っていたし」

 

 あの時も喫茶店だった。確かに言った記憶はある。


「成績は?」

「問題あると思う?」

「さすが負けず嫌い」

「そもそも、大学の系列の高校だから、相当成績が悪くない限り、エスカレーターなのよね」

「え、そうなの?それはいいね」

「学部を選ぶ権利は、成績が良い順らしいけど、私はどうしてもここに行きたい!って学部ないし、何とかなると思うわ」

「そうなんだ~。そのまま大学に進学できるなら、受験は無しで気が楽だね」

「でもね、何の目的もなく、大学に行く必要があるのかしら」


 稀莉ちゃんの夢はすでに決まっている。いや、叶えているし、現在進行中といってもいい。ならば、無理に大学に行く必要もない。仕事で色々な活動を、演技を学んだ方が、声優としてずっと成長できるかもしれない。


 けど、もし仮にだ。

 彼女が声優を辞めた時に何が残る?声優以外のことをしたくなった時に大学に行かなかったことを後悔しないのか?

 なんて、思うのは杞憂だろうか。


「あのさ、稀莉ちゃん」


 そう話しかけた時、彼女の電話が鳴った。

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