第四部

第18章 ホワイトデイズ

第18章 ホワイトデイズ①

 パシャパシャ。

 連続するフラッシュが眩しい。


「もっとこっちに目線をください~。そう、いいですね」

 

 背には真っ白な壁。ポーズをとる私たちに、カメラを構える女性が声をかける。


「吉岡さん、もっと自然に笑ってください~」

「はい!」


 名指しで呼ばれ、「こうか、それともこうか?」と笑みの種類を変える。うん、合っているかはわからない。


「佐久間さんはちょっと表情が固いですねー」


 私の隣にいる女の子の名前が呼ばれる。

 佐久間 稀莉。今をときめく女子高生声優だ。


「そ、そうかしら」

「ずっと怖い顔しているよ、稀莉ちゃん。リラックス、リラックス」


 そう言って、私は彼女の頬を引っ張る。


「ふへ、ふへなえー」

「はは、何言っているかよくわからない」


 ぷにぷにで柔らかく、よく伸びる。これが10代の瑞々しさ。17の女の子の肌は素晴らしい。


「もう吉岡さん、化粧落ちちゃいますから」

「す、すみません」


 カメラマンさんに言われ、慌てて手を離すのは、アラサーの私だ。

 吉岡 奏絵。

 楽器を奏でることはなく、絵を描くことはたまにイベントであるが、上手ではない。私は声を発し、キャラに命を吹き込む仕事、声優である。


「いきなり何するのよ、奏絵!」

「緊張ほぐれたでしょ?」

「写真なんて撮られ慣れているわよ!」

「じゃあ、何で緊張しているの?」


 突っかかっていた彼女が、急にしおらしくなる。

 

「……だって、一生残る思い出じゃない」

「確かにこんな機会めったにないけど」

「そうでしょ!きっと私たちの結婚式のスライドショーで流れるわ!」

「飛躍しすぎ!!」


 パシャパシャ。

 突然のシャッター音に、言い合いが止まる。


「佐久間さん、ばっちりいい笑顔ですね」

「ふへへ」

「さすが吉岡さん。佐久間さんとのいちゃつきっぷりには定評がありますね」

「ははは……」


 カメラマンさんにまで、こう言われる始末だ。

 でも、悪い気はしない。

 だって彼女は私の文字通りの意味で『彼女』なのだから。……未来の予定ではあるけどね。


 

 都内某所。私たちは、雑誌の取材で撮影スタジオに訪れていた。

 写真撮影では、貸衣装も選べたが、ラジオの雰囲気を出したいとのことで、衣装は持ち込みとなった。「普段はジャージでの収録が多いです」とは言えず、少し小奇麗な格好をしてきたのも仕方がないことだ。

 プロのカメラマンによる、『雑誌』の撮影。

 彼女は慣れているといったが、私は慣れない場所で、慣れない催しだった。

 アイドルなら慣れているかもしれないが、残念ながら私は単なる声優で、『アイドル声優です!』と名乗るのは身の程知らずだった。

 隣の女の子、そう、まだ10代の、目が大きく、整った顔の、可愛い声を発する、可愛い、可愛い子、……大事なので何回も言わせてもらう、可愛い稀莉ちゃんならアイドルといっても過言ではない。いつか一眼レフを買い、一日中彼女を撮っていたいと密かな願望を抱くほど、彼女は写真映えする女の子だ、と私は自慢させてもらう。

 そんな17歳の美少女と、27歳の冴えないアラサー声優がどうして一緒にいるのかというと、それは一緒にラジオ番組を担当しているからだった。


 『吉岡奏絵と佐久間稀莉のこれっきりラジオ』。


 去年の4月から始まり、3月の今、もうすぐで1年を迎えようとする番組。パーソナリティを私たち二人が務めている。

 そして、私たちはあるご褒美、栄誉を手にしたのだ。


「はい、写真撮影も終わりましたので、次はインタビューに移りますね」


 雑誌の担当者さんが先導し、部屋を移動する。

 

「インタビューか、緊張するね」

「頬っぺた引っ張ろうか?」

「薄化粧の稀莉ちゃんと違って、私は本気で化粧落ちるからやめてね」

「さすがよしおかん」

「その、さすがは違う!」


 文句を言いながらも扉を開け、中に入る。


「どうぞ、どうぞ座ってください」


 促され、ソファーに座る。柔らかく、身体が沈み込み、「おおっ!」とつい声を上げてしまう。隣の彼女は無反応だった。お嬢様め……。

 目の前に雑誌の担当者さんが座り、挨拶され、本題に入る。


「フレッシュ賞の受賞おめでとうございます」

「「ありがとうございます」」

 

 そう、私たちの番組は、『コエラジ・グランプリ』の年間新人賞、通称『フレッシュ賞』を受賞したのだ。

 声優が担当するラジオ番組を対象に、ファンの投票、関係者の投票でグランプリを決定する企画。それが『コエラジ・グランプリ』である。

 1番票を集めたラジオ番組が、最優秀賞、グランプリを受賞する企画であるが、それ以外に4つの賞が存在する。


 抱腹絶倒の、大笑いしてしまう番組に送られる、『スマイル賞』。

 ともかく癒される、安らぐ番組に送られる、『オアシス賞』。

 面白い企画や、工夫がされている番組に送られる、『クリエイティブ賞』。

 この1年で始まった、注目を集めた新人ラジオ番組に送られる、『フレッシュ賞』。

 

 私たちは、この『フレッシュ賞』、いわゆる新人賞を受賞し、さらに各賞の記念で発行される雑誌『コエラジ・マガジン』に特集されることとなった。だから、こうやって写真を撮られ、インタビューされているというわけだ。


「それでは受賞の感想をお聞かせください、では吉岡さんから。素直な感想でお願いします」

「そうですね……私たちでいいの?というのが正直な感想です」

「ほう」

「本当に好き勝手やっているラジオ番組なんです。だから、これで本当面白いのかな?と疑問に思いながら、これでいいんだ!と思い込んで頑張っています。だから、こうやって賞を受賞するのは嬉しく、これで良かったんだ……と安堵しますね」


 レコーダーで音声は記録されているが、女性はふむふむと必死にメモをとる。


「佐久間さんはいかがですか」

「たくさんの声優ラジオ番組があります。アニメの宣伝番組もあるし、私たちみたいに作品に紐づいていない番組、色々な形態があります。その中で、私たちの番組をわざわざ聞いてくれる、面白いと思って聞いてくれる。こんなに嬉しいことはありません。私を、私たちを、この番組を見つけてくれてありがとう。私は、そう言いたいと思います」


 今年始まっただけでもたくさんのラジオ番組がある。その中で、『これっきりラジオ』を見つけ、選んでくれた。

 「この番組を見つけてくれてありがとう」。その通りだ。稀莉ちゃんがそう想ってくれているのが何より嬉しい。


「次に吉岡さんに、質問です。ちょっと意地悪な質問になってしまいますが」

「いえいえ、いいですよ」

「ありがとうございます。吉岡さんは、今の自分に満足していますか」


 今の自分に満足している、か。


 私は、デビューしてすぐに主役を掴み、輝き、さらなる夢を抱き、

 落ちていった。

 主演以降、落ち続けた6年だった。声優を辞めようとも思った。夢を捨てようとも思った。

 そんな時、『これっきりラジオ』に選ばれ、稀莉ちゃんに出会った。

 この1年、必ずしも順風満帆だったわけではない。

 けど、今までの人生の中で、1番充実していた1年だった。


 それに、だ。

 私に憧れて声優になった女の子。

 私のことを大好きな女の子。

 私も、大好きな女の子。

 そんな子が今、私の隣にいる。


「もちろん満足しています。私は今の自分が大好きです!」


 答えは1つしかなかった。

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