第17章 ふつおたでもいいと思う⑦

 携帯電話が震えた。

 稀莉ちゃんに何かあったのかと思い、ポケットから慌てて取り出すも杞憂だった。電話は事務所からだった。


「はい、吉岡です」

『あっ、吉岡さん。こんばんはーっす。今、大丈夫っすか?』


 電話を出るとマネージャーの片山君からだった。


「大丈夫ですよ。待ち合わせ中なんで、来るまでは大丈夫です」

『えっ、待ち合わせっすか。クリスマスに待ち合わせ……男っすか?』

「男、ではないです」

『じゃあオッケーっす』


 オッケーなのか。知ってはいるが緩いなうちの事務所。


「あの急に連絡って、また何かやらかしました、私?」

『いや、トラブルは特にないっすよ』

「じゃあラジオの仕事ですか?明日、いきなり現場に行ってとか」

『前日連絡とかしないっすよー』


 これっきりラジオの初回収録は前日連絡だったのだが、うちのマネージャーはすっかり忘れているらしい。けど、それも今となっては遠い昔のことのように感じられる。


『何で本業から離れたことばっか聞いてくるんっすか。吉岡さんは自分を何だと思っているんっすか』

「えーっと、芸人」

『いつから俺は芸人さんのマネージャーになっていたんすか……。声優っすよ、声優』

「すみません、ボケました。そうですね、私は声優ですよね」

『ですよ。だからマネージャーから連絡することといえば、わかるっしょ』


 マネージャーからすぐに声優に伝えたいこと。それはオーディションの結果。そして、急いで伝えるということは。


『役受かったすよ。主役っす』

「本当ですか!?」

『だからわざわざ電話したんじゃないっすか。あの魔女ものアニメっす』

「……やった」

『やりましたね。また詳しいことはメールするんで宜しくっす』

「ありがとう片山君。クリスマスにわざわざ連絡くれて」

『そういう仕事っすからね。おめでとうございますっす』

「ありがとうございます」


 電話が切れ、街のざわめきが戻ってくる。

 主役、か。

 久しぶりの主役だった。主役は『空音』以来、つまり声優1年目以来だ。

 思わぬクリスマスプレゼント。

 いや、プレゼントではなく、頑張った成果で、めぐり合わせなわけだが、それでもサンタのおじさんに感謝をしたくなる。

 強く握る手が震える。表情を必死に隠そうとするも、喜びは飛び出てくる。

 嬉しい。

 そして、どこか運命も感じていた。

 選ばれた役は魔女の女の子。かつて天才と呼ばれていた、今は空を飛べなくなった女の子が必死に頑張る話。


「ごめん、奏絵。お待たせ」

「稀莉ちゃん!ううん、全然待っていないよ」

「マネージャーから急に電話があって遅れたの。……何だか嬉しそうね?」

「聞いて、稀莉ちゃん!役に受かったんだ!」

「えっ、私も」

「私も?」

「私もさっき受かったって連絡きた」

「えっ、もしかして魔女の?」

「そう、そうよ!ライバル役の女の子!」

「え、本当!?私、主役に受かったんだよ!」

「ほ、本当なの!?それって」

「共演!」

「共演じゃない!」


 二人で顔を見て、笑い合う。

 主役の女の子と、ライバルの女の子。メイン役の初めての共演だ。


「ライバルの女の子、ちょっと稀莉ちゃんに似ているなーっと思っていたんだ」

「私も主役は奏絵にぴったりだと思っていたわ」

「本当?」

「本当よ!奏絵の声を脳内再生していたわ!」

「ちょっと怖い!でも共演かー」

「嬉しいわね」

「うん、すっごく嬉しい!サンタさんも粋な計らいだね。クリスマスプレゼントかな?」

「嫌だ、クリスマスプレゼントはこれからよ」


 頬を膨らませ、抗議する彼女。愛らしい仕草に、好きの感情がますます積もっていく。


「はいはい、わがまななお姫様」

「わがままで悪かったわね。そんなお姫様を好きになったのは誰よ」

「私だよ」


 すっと手を差し出す。

 彼女は迷うことなく、私の手を握り、優しく微笑む。


「たくさん食べようね」

「どんなお店に連れていってくれるのかしら」


 二人で歩幅を合わせながら、お店へと向かう。

 彼女は喜んでくれるだろうか。これから行くお店に、渡すクリスマスプレゼントに。


「あー楽しみだー!」

「連れていくあんたが何でワクワクしているのよ!」


 やがてクリスマスが終わり、年が明ける。

 冬が終われば、春はもうすぐだ。彼女は高校3年生になり、私はアラサーにさらに近づく。


「稀莉ちゃん、春には花見をしようか」

「気が早いわね」

「花見の様子をラジオ収録したら面白そうじゃない?」

「仕事の話!?2人で行くんじゃないの?」

「え、2人でもいいけど。それだと収録大変じゃない?」

「もうこのラジオ馬鹿は……」

「えっ、え?」

「2人で色々なことしたいの!たくさんデートするの!」

「だって稀莉ちゃん、いちお来年は受験生でしょ?控えた方が……」

「控えないからね!卒業するまで待つとか悠長なことさせないから」

「来年も大変になりそうだね」

「そうよ、大変にしてやるわ!」


 言い合いをしながらも、笑い合う。

 楽しい。彼女と話しているだけで、愉快で、心が温まる。彼女と出会い、私はこんな自分もあったのだと気づいたのだ。

 それは役だって同じことだ。

 翼が折れても、光を見失っても、空が飛べなくなっても、たくさん泣いても、私が前を向く限り、また新しい自分に出会うことができる。

 

「奏絵?どうしたのぼーっとして?」

「ラジオネーム、よしおかんさんからです」

「はい?」

「『何だか幸せすぎです。クリスマスに大好きな女の子と一緒に過ごすって幸せすぎじゃないでしょうか。どう思いますか、稀莉さん?』」

「……何よ、私も幸せよ」

「だそうです。良かったですね、よしおかんさん。これからも幸せを満喫してください」

「何よ、この茶番」

「……面と向かっていうと恥ずかしいじゃん」

「好きよ、奏絵」

「ああ、そういうのがズルいんだよ!若いって、勢いってズルい!」

「全然簡単じゃないんだからね!すっごくドキドキしているんだから」

「そうなんだ……嬉しいな」

「言うことはそれだけ?」

「うっ、わかったよ」

「ちょっと待って、携帯で録音するから」

「待てい!録音するなって!それに街中だよ?」

「リアルな感じがあっていいじゃない?」

「もう、言うからね。ふつおたはいりませっ」

「違う!私の決め台詞じゃない!」

「好きだよ、稀莉」

「ああ、ちょっと待って!今、録音できていないんだから!!」

「やーなこった。早くお店に行くよ」

「待ちなさいー!」

 

 でもこんなに大好きな女の子に出会うのは、最初で最後。

 そう、私は思うんだ。


 ……後日、プレゼントしたピンキーリングをつけたまま稀莉ちゃんがイベントに出演し、「プレゼントをくれたのはよしおかん」と発言、再び炎上したのはまた別の話。

                              <第3部 完>

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