第17章 ふつおたでもいいと思う⑥

稀莉「稀莉と」

奏絵「奏絵の」


奏絵・稀莉「これっきりラジオ~!!」


稀莉「ハッピーニューイヤー!」

奏絵「あけましておめでとうございます!」


稀莉「って、まだ12月なんだけどね」

奏絵「時空の歪みは言うなし!」

稀莉「来てもいない新年のあいさつをするなんて滑稽ね」

奏絵「そういうもんだから!さすがに正月から生放送はできないからね」

稀莉「時期的にまだメリークリスマスよ!」

奏絵「み、皆さん、今年もこれっきりラジオを宜しくね!」

稀莉「今年はあと1週間ぐらいだから気楽ね」

奏絵「ああ、もうめんどい!今年も来年も、再来年も、末永くお願いします!!」

稀莉「ええ、末永く宜しくね、よしおかん」

奏絵「あれ?言葉が重い?」


稀莉「さて、クリスマス前ということは」

奏絵「ええ、そうそう、マウンテン放送合同イベントが終わった直後ですよ」

稀莉「3日前なのよね」

奏絵「収録日バレちゃうけど、うん、そうなんだよ」

稀莉「まだ疲労が……」


奏絵「イベント終わる度に言っていると思うんだけど」

稀莉「うん、その通りだと思うわ」

奏絵「前の単独イベントは稀莉ちゃんのせいだからね!?」

稀莉「まぁ、ともかくね」

奏絵「うん」


稀莉・奏絵「ひどいイベントだった」


奏絵「正直やりすぎました」

稀莉「よしおかんもノリノリだったくせに」

奏絵「イベントの空気っていうのあるじゃん?それにお客さんの反応が良いと調子のっちゃうというか。だからね、しょうがないんだよ」

稀莉「そのおかげもあり、何とお昼の部は私たち『これっきりラジオ』が優勝!」

奏絵「優勝しちゃいましたね」

稀莉「お昼の優勝賞品は5万円分の商品券!」

奏絵「やった!クリスマスに美味しいものが食べられる!」

稀莉「え、クリスマスって今日使っちゃうの?」

奏絵「もう予約してあるから!」

稀莉「え、聞いていないわよ」

奏絵「じゃあ、私一人悲しく食べるから……」

稀莉「誰も行かないとは言ってないじゃない!」


奏絵「何、植島さん?いちゃらぶラジオ乙って……もう否定しませんよ!いちゃらぶで何が悪い!」

稀莉「ふふふ」

奏絵「そこも喜ばない!はいはい、仲良しですよ。この後一緒にご飯行きますよ」


稀莉「けど、合同イベント第二部は散々だったわね」

奏絵「うん。というか夕方の部は明らかに判定が厳しかったんだよ」

稀莉「お昼、優勝したからってひどくない?」

奏絵「王者は辛いんだよ。第二部の優勝はまさかの梢ちゃんだったね」

稀莉「皆で潰し合いしすぎて、攻撃的じゃない子が残った結果になったわね」

奏絵「ただ梢ちゃんなら優勝許す。めちゃくちゃ嬉しそうだったよね。食事券5万円であれだけ喜べるって、本当あの子は……」

稀莉「食いしん坊なんだから」

奏絵「うむ、アラサーになったらその食事量はきついぞー」


稀莉「じゃあ、お便りを読むわね。ラジオネーム『アルミ缶の上にあるぽんかん』さん、あぁ、あるぽんね」

奏絵「いつものあるぽん」


稀莉「『クリスマス前にもちろん予定がないので、第1部、第2部とも合同イベント参加しました。1番新参であるはずの『これっきりラジオ』の2人の存在感が圧倒的で、古参リスナーとしては、まだ1年も経っていないですが、誇らしい気持ちでした。普段は音声だけなのですが、二人の動き、絡み(笑)が見られるとさらに面白いです。いつか動画配信してくれませんか?もちろん過去の放送が収録されたCDも買いましたよ。オマケは年越しの際に聞きたいと思います。最高に楽しいクリスマス、プレゼントをありがとうございました。寒い日が続きますが、お体に気をつけて、お正月は食べすぎないように気を付けてください』」


奏絵「まとも!いいことだらけ」

稀莉「ふつうすぎない?」

奏絵「ふつうだからって破っちゃ……って破らない?」

稀莉「破らないわよ」

奏絵「あれ、今日は破らない日なの?」

稀莉「どういう日よ!?なんだかね、嬉しいの」

奏絵「お便りは嬉しいけど」

稀莉「ちょっと違うわ。私たちがどう変わっても、こうして『あるぽん』さんはお便りをくれるの。最初期からよ。きっと途中で辞めた人も、途中から聞き始めた人もいると思うわ。もちろんどのリスナーさんもありがたいのだけど、変化していく番組、変わっていく私たちを、そのまま好きでいてくれるって嬉しくない?」

奏絵「うん、そうだね。最初は本当罵倒し合いの不仲なラジオだったけど、徐々に仲良し度を……、いやあまりに急すぎたけど。今は自分で言うのも嫌だけど、いちゃらぶなわけじゃん。そのまま聞き続けて、お便り送ってくれるって凄いことだね。感謝感激です」

稀莉「だから、どんなにつまらなくてもいいの。送ってくれるだけでも嬉しいわ。うん、ふつおたでもいいと思う」

奏絵「デレ期なの?え、このラジオ終わる?」

稀莉「終わらないわ!終わらせない!たとえお金が尽きても個人スポンサーとして頑張るから!!」

奏絵「個人スポンサーって!?このラジオがそんなに好きでいてくれるなんて、お母さん嬉しいわ」

稀莉「だってね」

奏絵「うん?」

稀莉「約束の日があるから」

奏絵「うっ……忘れてくれない?」


稀莉「何よ、いいところなのよ!止めないでスタッフ!あのー、二人でしかわからない話はやめてもらいますか、ですって、植島ぁ!」

奏絵「待って、この人構成作家さんだから、落ち着いて」

稀莉「台本真っ白なくせにー!」

奏絵「あっ、私もそれは初回からずっと言いたかったけど、落ち着いて稀莉ちゃん!」


稀莉「はい、次のお便り読むよ」

奏絵「急に落ち着いた!?」

稀莉「もううるさいわね。ラジオネーム『前前前菜』さんから。『お二人はサンタさんをいつまで信じでいましたか?』。はいはい、ふつおたはいりません。びりっ」

奏絵「おいーーー!気分が変わるの早すぎるよ!さっきのいい話どこいった!?」

***


 1年が終わる。ラジオ番組が始まって9カ月。

 私のいる世界は一変した。忘れられない1年。そして、また新しい年がやってくる。

 次の1年で私はどう変わるのか。役を貰えるのか、声優としてやっていけるのか。予定は未定だ。でも決めたのだ。私はここで生きていく。声優として生きていく。

 もう戻らない。もう戻れない。戻るつもりもない。


 そして、私たちはどう変わっていくのか。それもまた未知数だ。

 もう戻らないし、きっと戻してくれないし、私も元に戻るつもりはない。

 ただ今は、来年のことではなく、約束が果たされる時ではなく、目の前のことだけを考える。

 今日はクリスマス。

 ラジオの収録も終わり、いったん解散して、再集合することになった。

 

 早く着きすぎた。

 楽しみにしすぎだろ、私。

 駅前には大きなクリスマスツリーに、輝くイルミネーションが目に入る。

 例年なら鬱陶しく感じる光も今年は温かい気持ちで見ることができる。

 寒空の下で彼女を待つ。

 吐く息は白い。でも、ちっとも寒くはなかった。

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